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中心

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「死神」「悪魔」「鬼」「災厄」「呪い」「化け物」、アページェント家の者は皆そう呼ばれ、また陰で形容される。

 女のフレアンヌとて例外ではない。


 帝国の闇を担うアページェント家に任される仕事は多岐に渡り様々で、決して暗殺だけではないし、むしろ監視等他の事の方が多い。

 しかし帝国は肥大化し、闇が負う仕事が多いため暗殺もまあまあの量があり、アページェントに属する者は必ず一つは遂行したことがあるだろう。



 フレアンヌは優秀だ。

 故に重要性の高い仕事、即ちしくじることが許されない暗殺等を請け負うことが多かった。


 命の終わる寸前、最後の足掻きか現実逃避か。

 罵られるのは当たり前。

 その最期の言葉さえも自らの悲鳴で掻き消す様。

 フレアンヌは見慣れた。

 聞き飽きた。

 そして耳にこびりつく。


(あぁ、うるさい)


 耳を塞いでしまいたくなり、顔が歪む。

 そうすると無防備になるのでしないが。




 人の最期に何も感じない。


 しかし、血濡れた己の手を、闇で生きるしかない己の姿を、見るのは好きではない。

 ーーーー衝動に駆られるのだ。


 その正体はフレアンヌ自身にもよく、わからない。

 その衝動で何をしたいのかも、わからない。

 何故そんな衝動に駆られるのかさえも、わからない。


 ただ胸が苦しい感覚は感じていたので、胸を押さえてその衝動を耐え忍んでいた。




「フレアンヌ、お前にはルルーシェの侍女になってもらう」

「はい」


 意味がわからなかった。

 何故フレアンヌなのか。


 しかしそれが仕事なのなら、フレアンヌは淡々と受け入れるだけだ。

 フレアンヌは反射で瞬時に返事を返す。


「お前は女の中で優秀な者だからな。これで少しはルルーシェの安全を確保できるだろう」

「はい。ルルーシェ様の優先度は」

「一番だ」

「はい」


 即座に返したが、フレアンヌは無表情の中で困惑していた。


(一番、…………一番なの)


 客観的に言うと、優先度は皇帝、ラカーシェ、その他要人だ。

 しかしラカーシェは、それらは差し置けと言う。



「お前だけは、何がなんでもルルーシェを最優先しろ」

「はい」

「私もルルーシェを一番に守るがな。いつも共にいるわけにもいかない。その点、女のお前は都合がいい」


 この発言でアページェントの頂点であるラカーシェは、ルルーシェを最も大切な存在なのだと世界中に公言したようなものだ。

 なんせ此処はアページェント公爵家の執務室。

 さらに言うと此処は表であり、裏の執務室ではないのだから。


 さらには、そんなラカーシェの言動を止めない家令、アページェントNo.2のシュイトンも加えられ、フレアンヌは困惑を極めた。


 

 そんなフレアンヌの姿をアページェントのNo.1、2が無表情で静かに眺める。


「フレアンヌ、仕事を遂行しろ」

「はい」


 命令を下されたのならば、アページェントの一員である者の返事は肯定であると決まっている。





「これからルルーシェ様の侍女を勤めます、フレアンヌと申します」


 二歳であるルルーシェに、フレアンヌは真面目にお辞儀をして名乗る。

 そんなフレアンヌにルルーシェはきょとんとしていた。


「フレアンヌ?」

「はい」


 躾のされていない子供の相手などしたことがないフレアンヌの、子供への対応に困った末の通常運転。



 ルルーシェはフレアンヌの人差し指をちょんと掴み、すんすんと匂いを嗅ぐ仕草をする。

 そしてにぱっと満面の笑みでフレアンヌを仰ぎ見る。


「いいにおい!」

「はい?」


(何もつけていないけど)


 ルルーシェ付きの侍女になったとはいえ、フレアンヌがアページェント家に属することは変わらない。


 闇は潜む。

 そうあるべきであると定義つけられてる。

 だから臭いをさせるなんて言語道断であり、この屋敷には匂いなんて自然からしか感じない。

 紙やインク等、物は別だが、石鹸でさえ無臭が使われている。



 フレアンヌは何とルルーシェに言えば良いのかわからなくて言葉に詰まる。


 ルルーシェはそんなフレアンヌを気にした様子はなく、ルルーシェの中で既に終わった話としているらしく、それ以上言われることはなかった。





 夜、裏のラカーシェの執務室に呼ばれた。

 何故裏なのかと、フレアンヌは人知れず緊張していた。


 ラカーシェは書類仕事をしていて、片手間にフレアンヌへと問う。


「ルルーシェは最初会った時何と言っていた、フレアンヌ」

「はい、ーーーー良い匂いだと」

「そうか」


 ラカーシェはフレアンヌの言葉を予測していたかのように穏やかだった。

 無表情なのに穏やかと表現するのはいささか可笑しいかもしれないが。



「ルルーシェは生きるモノ全てから匂いを感じている」

「…………」


 フレアンヌは言葉が見つからなかった。

 今日は返答に困ることばかりだ。


「私も、お前も、シュイトンも。全員良い匂いらしい。だから匂いの基準を知りたくてな、実験をしたんだ。犯罪者どもの匂いを付着させた布をルルーシェに嗅がせてどんな匂いがするのか教えてもらったんだ」



 ラカーシェは書類仕事を止め、両肘をつき顎を乗せる。


「ルルーシェが良い匂いだと言った者は全員、やむおえず犯罪に手を染めた者、また、そうでなくとも最低、闇に快楽を見出していない者だった」

「………………」


 フレアンヌは言葉が出せなかった。

 言葉を出してしまったら、今此処で泣き出してしまう自信があった。


 ラカーシェも共感してくれているのだろう。

 何も言われない。


「下がれ」


 その冷たいはずの一言が、今はとてもありがたかった。

 フレアンヌは頭を下げるだけにして退出する。





 

 フレアンヌは身体強化を使い、全速力で自室へと戻る。

 ようやくたどり着いた部屋に入ると、扉に背をつけずるずると座り込む。


「っふ、うぅゔ~……」


 次々と涙が溢れるという初めての経験に戸惑いながらも、必死に両手で拭おうとする。

 間に合わなくて床にぽたぽたと溢れていくが布で顔を拭くとか、そんなことまで考えを回す余裕がフレアンヌにはない。



「ふぐっ、…………なんでぇっ!ぁああ……」


 止めようと思っても自分ではどうしようもない。

 そもそも泣いたことなんてなかったのだから、止め方を知らない、というのもある。


 涙だけでなく、鼻水も、なんなら涎も垂らしている。



 

 ずっと闇で生きるしかなかった、闇に染まりきったフレアンヌを「いいにおい!」と無邪気に言ったルルーシェ。


 その匂いは、これまで行ってきた行為ではなく、その人の性格、魂、から漂っているものらしい。


 

 フレアンヌは綺麗だというのか。



 そんなことありえない。

 何人この手にかけてきたというのか、忘れたわけではないだろう、フレアンヌ。


 しかし、ラカーシェの言葉。

 あれが事実なのだとすると。


(私は汚れてない?穢れていない?)


 真っ赤になって、もう汚れが落ちないこの手を、ルルーシェは掴んで「いいにおい!」と宣った。



 信じていいのだろうか。

 自分は綺麗なのだと。


 

 そんなわけないと頭ではわかっている。


 でも、たった一人だけ。


 フレアンヌのことを、ルルーシェだけは綺麗だと思い続けてくれるだろうか。


(だったらいいな)



 フレアンヌはもう、鏡に映る自分から、目を逸らさない。







 フレアンヌは、ルルーシェ中心に生きるこの屋敷が普通ではないと知っている。

 しかしそのことに不満を抱いているわけでもなければ、不審に思っているわけでもない。


 当たり前だろうと思う。



 此処は闇に生きるアページェントが人でいられる唯一の場所なのだから。








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