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厳しく

ブックマークありがとうございます!

 ちゅんちゅんと何かの鳥の鳴く声が、今は朝だと実感させる。

 次に、侍女によって開けられたカーテンと窓からの爽やかな陽光と風で脳が覚醒する。


(今日は一人で起きるつもりだったのに……)


 いつもどおり侍女に起こされた。

 最初の一歩を挫かれた気分だ。


(まぁ、これからだし?)


 今日は「王子に溺愛され、愛に溺れてしまいそうで困ってます」の主要キャラ、ルルーシェの義弟が屋敷に来る日。

 前世を思い出した次の日に主要キャラと会う自分は運が良いのか悪いのか。

 とても悩む。




 それは置いておいて。


 原作ヒロインは両親を馬車の転落事故で亡くした義弟を可哀想だと哀れみ、それはそれは可愛がる。

 そして義弟は両親を亡くした悲しみを新たな家族、原作ヒロインによって癒されることで懐き、次第に親愛ではなく恋情で愛するようになっていく。

 ルルーシェはこの話を読んだ時、全く納得出来ず首を傾げたものだ。


(同情で可愛がられて、なんでそれで懐けるのかがめっちゃ不思議なんですけど)


 そもそもそんな愛に縋るなと義弟に言いたい。

 そんな愛に囚われるしかなかった、なんてことはないだろうから。

 だってラカーシェが父なのだ。

 絶対ルルーシェと同様可愛がられたはず。

 


 そもそも、原作ヒロインの愛は家族に対する愛だったのだろうかと疑問に思う。

 ルルーシェにはペットに対する愛と変わりないように思えるのだ。


 可愛がるだけも、厳しくするだけも、される当人のためにはならない。

 その人を真に思うなら時に厳しく接することも必要だというのに、原作ヒロインは義弟が何をしても赦すだけ。


(それは絶対、違う)


 ぐっと拳を握る。


 前世ではぼんやりとした考えだったものが、今ははっきりと輪郭を持つ。

 ルルーシェがラカーシェから本当の親の愛をもらっているからだろう。

 本当の愛を知った今、ルルーシェは愛についてはっきりと語れるようになったのだ。



 確かに、両親を亡くしたばかりの義弟には甘やかすだけの愛も必要なのかもしれない。

 しかし、今後のためにも、愛を持って厳しく接する。


(うん、これこそ美しい、芯の通った悪役令嬢!)


 自分の最高な考えに日の丸扇で心の中、自画自賛の嵐を贈る。


 別にルルーシェは完成なる悪役令嬢なんて目指していないので。

 ルルーシェは悪役令嬢の凛とした意志の通った姿に憧れているのであって、誰でも彼でもに嫌われたいのではない。

 己の意志を貫いて嫌われるのならともかく、そうでないのなら穏便な方がいいに決まっている。




 中央階段を降りた所でラカーシェに抱き上げられた。


 ラカーシェは絹のような銀髪に、切長なアメジストの瞳を持っている。

 さらに言うとシャープな頬に、薄い唇は潤っていて。

 日の光を浴びて最早神々しい。


「おや、ハーフアップにしたんだね」

「ええ。ただ下ろしているよりは幼くないでしょう?」

「ああ!いつもより上品で、素敵なお姉様だよ!!」

「きゃはは」


 賛辞と共に頬へと激しいキスの嵐をされ、ルルーシェは嬉しくなって笑い声を上げる。

 そしてお返しにルルーシェからもちゅうとラカーシェの頬へとキスを贈る。

 そしてラカーシェがにやけた、決して他所様ではお見せできない表現になるまでがワンセット。


 慣れ親しんだいつもの愛情表現。

 照れることはないけれど、以前よりも嬉しく感じる。


 

 原作ルルーシェがこれで調子に乗って我儘にならなかったのは、原作ルルーシェの唯一の美点だと思っている。


「私の弟はどんな子なの?」

「とても可愛らしかったよ。赤ん坊の頃に抱っこさせてもらったことがあるんだけど、泣かなくてとてもおとなしい子だと思ったんだ」

「……へぇ…………」


 義弟はラカーシェのことを知らないと発覚した。

 いや、情報としてならある程度聞かされているのかもしれないが、流石に会ったことは覚えていないだろう。


(気が休まらないだろうなぁ。私はそこまで優しくしてあげるつもりもないし)



 娘のイマイチな反応にあれ、と思ったらしい。

 首を傾げる姿さえラカーシェは、娘のよく目ではなく格好いい。


「せめて夜くらい安心できるようにリラックスできる香油とかポプリとかプレゼントするわ!」

「……うん。ルルーシェは優しいねぇ」


 どうしてルルーシェがこんな発言をしたのか理解してから子ども相手に話してくれるラカーシェの方が優しいと思う。





 親子団欒をしつつ待ち始めてしばらく。

 かぽかぽと、馬の蹄の音がした。


「来た!?」

「うん。そうだろうね」


 音が聞こえ始めてもしばらくは音が止まなかった。

 玄関までの道がとても長いから当たり前なのだが馬の蹄の音が聞こえ始めたのは早く、ルルーシェは随分と焦ったい気持ちわ味わう。



 待ち侘びた両開きの扉から光が洩れる。


 そして、ルルーシェが脳内で描いた通りの容姿をした、しかし表情は想定以上に死んでいる義弟が恐る恐る此方へと歩いてくる。


(表情筋あります?)


 そう言いたいほどには表情がない。

 



「ようこそ、アページェント家へ」


 ラカーシェは柔らかく微笑み、義弟へと手を差し出す。

 ルルーシェを抱いた状態であっても絵で残したいくらいには美しい場面だ。


 ルルーシェは父と義弟に挟まれて気づいた。


(あれ、私よりも二人の方が親子に見える)


 色は何一つ似ておらず、表情さえも違うのに、ルルーシェは何故かそう感じた。

 理由は自分の中でさえ形成されていないのだから、わけがわからずこてんと首を傾げるしかない。



「お父様の手を取って?」


 伸ばされない義弟の腕を催促する。

 それなのに伸ばされない腕に、ルルーシェは眉を顰める。


「どうしたの?今までは他人でも、これからは家族なのよ。手くらい受け入れなさい」

「…………。はい」


 淡々とラカーシェの手を取る義弟とそれを当たり前とするように接するラカーシェに、これから始まるのだという明るい希望感が見当たらない。


 いや、希望感はなくてもいい。

 ただもう少し和やかな雰囲気がほしい。


(なんだろう、このハリボテ感)



 しかも二人は手を繋いでから無言で、ルルーシェがなんとか家族の仲を取り持たなくては間が繋がらない。


「私はルルーシェ。あなたの名前は?」

「僕はトワイです、ルルーシェ様」


 ルルーシェは思わずラカーシェを振り向く。

 振り向いた先のラカーシェは何故か軽く頷いており、意味不明だ。



「なんで」

「どうしました?」


 無機質な問いかけをするトワイ。

 どうしたのかとルルーシェを覗き込む、新たな子であるはずのトワイに興味を示さないラカーシェ。


「……なんで」

「ルルーシェ?」


 心配そうに名前を呼ぶラカーシェ。

 首を傾げて此方を見るトワイ。



「なんで?家族になったんじゃないの。何故、そんなに冷たいの。なんでお父様はトワイを気にしてあげないの。トワイはなんで歩み寄ろうとしないの」


 沸々と湧き上がる激情に身を任せる。

 顔が熱い。


「一人楽しみにしてた私が馬鹿みたいじゃない…………」


 溢れそうになる涙を最後の矜持で必死に止めようとするが、それは少ししかもたなかった。

 大粒の涙が頬を伝う。


 ルルーシェは二人の目を見張る姿をぼやける視界で捉える。


(あぁ、本当に私は馬鹿だ。こんなの言うつもりじゃなかったのに。一人で怒って、一人で泣いて、不様だわ)


 ルルーシェの流れ続ける涙をラカーシェが舐め取ろうとするが、間に合っていない。


「ルルーシェ、泣かないでおくれ」

「無理よ。お父様、降ろして」


 腕の中で暴れ、多少乱暴に抜け出したルルーシェは自分の部屋へと駆けていく。







 ルルーシェは知らない。

 現実は、自分が知らない裏が数多にあるのだと。

 

 ルルーシェは分かっていない。

 現実は、出来事が複雑な要因によって成るのだと。


 ルルーシェは理解していない。

 現実は、原作と相違した分だけ乖離しオリジナルになっていくのだと。


 ルルーシェはこの世界で八年生きた。

 原作にとって最大の特異点であるルルーシェが八年間で積み上げた相違はとても膨大であり、既に原作とこの世界は分離されているのだ。






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