キャンプ場の少女
その時僕は10歳、小学校5年生だった。
所属するスポーツ少年団の夏のキャンプで、Y高原に来ていた。
前の日にはしゃぎすぎた疲れでみんなまだ眠り込んでいる頃、僕は目を覚ました。
オレンジ色のテントの幕の向こうはすでに明るくなり、外からはカナカナゼミの鳴き声がざわめいていた。
僕は、みんなを起こさないように静かにテントを抜けた。
背の高い針葉樹林の中は白い霧が立ち込めていて、その霧は夜明けの光を乱反射させて輝いていた。
僕は、湿った腐葉土の上に付けられた踏み跡をたどって、林の奥へ歩き出した。
どれくらい歩いただろう。10分も経っていなかったかもしれない。踏み跡の向こうの霧の中に、小さい人影が現れた。
僕は、その人影に向かって、歩みを進めた。向こうの人影も、そのまま歩いてきた。
霧の中から現れたのは、デニム地の半ズボンに白いTシャツを着た、僕と同年代の女の子だった。
互いに互いの姿を認めて、僕と女の子は、はっと歩みを止めた。
色白で、丸っこい顔をして、濡れたみたいにつやつやした髪を赤いリボンでお下げにしていた。
僕は、胸の辺りが急に締め付けられた。そんな僕の様子に気付かないのか、女の子は微笑みながら
「おはよう」
と声をかけてきた。
「・・・おはよう」
僕も、応えた。
けれども、女の子はまた歩き出して、私の側を通り抜け、霧の中に消えていった。僕は、ぼーっとしながら、その後姿が影になり、そして白い霧の中に溶け込んでゆくのを、突っ立ったまま見ていた。
今思えば、それが僕の初恋だった。
それから25年。僕は、所属していたスポーツ少年団のコーチの一人として、夏のキャンプを引率した。
あの時と同じキャンプ場。
僕は、夜明け頃に目を覚ました。前の晩、監督や他のコーチと遅くまで焚き火を囲んで飲んでいたから、猛烈な尿意に襲われたのだ。
テントを出てアンモニア臭いトイレで用を済ませたが、僕はテントに戻らず、あの時の踏み跡をたどっていた。遠く色あせた甘酸っぱい思い出を反芻しながら。
霧の向こうに、人影が現れた。僕はどきりとして立ち止まった。
白い霧の中から現れたのは、10歳くらいの少女だった。驚いたのは、その子はボーイッシュな髪をしていたが、僕の初恋の子の面影そのままだった事だ。
うろたえる僕に、その子は「おはよう」と声をかけて、そのまま通り過ぎ、霧の中に消えていった。(了)
いま思えば、「成長したあの子」との再会にすれば良かったです。