第十一話~教会~
「ほら!アンタはアタシと一緒に離れに行って使えるように掃除するよ!」
と言ってレベッカを引きずっていくエレーナさん。いや文字通り引きずっていますね。あの薄手のタイツ穴が開かないのでしょうか・・・。
騒がしい朝の時間が過ぎて、昨日の酒盛りの後始末が終わり、時計を見るとちょうど九時になるところのようです。
遅くなりましたが店のシャッターを開けます。今日もいい天気ですね。
とりあえず今日は仕事が入っていないので、刃物を研いだり、機械に油を刺したり雑務のほうをやろうかなぁと考えているとふいに空が暗くなります。
おや?と思って空を見上げると、そこには首元から大きな羽が生えた女性がその大きな羽を羽ばたかせ、真上を飛んでおります。
普通なら驚く所でしょうが、この光景も一年で見慣れたものです。
空中を優雅に旋回しながらゆっくりとこちらへ降りてくる彼女は帝都にある地母神教の教会の主、名前をハクさんと言います。
獣人族の中でも鳥の特徴を持った彼女は上半身は人間の女性に似ていますが真っ白い髪と大きな翼が首元から生えています。一番の特徴は、下半身が鳥のようになっており足の部分が鉤爪になっており、ひざの関節も人と逆のほうに曲がるようになっています。
「御機嫌よう、テツジ様」
目の前にヘリコプターのようにストン、と着地しそのまま挨拶をするハクさん。どことなく気品の漂う挨拶。流石地母神教のシスターです。
地母神教はこの世界では二番目に信者さんが多い宗教だそうです。
大地の女神、大いなる母「地母神」を崇拝する地母神教は比較的自然が多い共和国に多く
「自然は我らと共にあり、故に我らは自然と共に在らねばならない」という教義で活動しています。
信者の中心は、エルフや獣人族など。主に森に住んでいる種族の方でエレーナさんも地母神教の熱心な信者さんですね。
「おはようございます、ハクさん」
「早くに申し訳ありません。実はテツジ様にお仕事のお願いに参ったのですが・・・」
「あぁ、仕事ですね。立ち話もなんですから中で聞きましょう。どうぞ」
そう言って中に入るように促します。
彼女を応接セットのソファーへ案内し、俺はお茶を出しに流し台へ。
ここ数日お茶出しする事が多かったなぁと思いながら、緑茶を注ぎます。
器用に足を折り曲げ座るハクさんにお茶を出し、俺も正面へ座ります。
「それで、今日はどういった仕事の依頼で?」
「えぇ、実はまた孤児院のほうの壁の補修を頼みたいのですが・・・」
あぁ、と一昨日の冒険者ギルドに行った時のことを思い出します。
確かに冒険者ギルドのほうに「教会の壁の補修」という依頼が出されていましたね。
また、と彼女が言ったように、一応冒険者ギルドへ依頼を出すものの誰も受ける冒険者いないため塩漬けにされ、ギリギリになって俺のところへ持ち込む、というパターンをここ1年で数十回やっています。
地母神教の教会は、孤児院も併設しており主に獣人やエルフの孤児を引き取って育てているのですが、獣人族の子供たちはそれぞれ親が持っていた獣としての特徴を引き継ぐことが多くとにかくやんちゃな子や力の強い子等がいるため、そんな子供たちが教会の中で遊びまわれば必然的に孤児院の内部がぼろぼろになってしまいます。
それで頻繁に補修依頼を出すのですが・・・・これがまぁ、冒険者ギルドへ依頼を出すには大分報酬が低いのです。
冒険者でも手先が器用な方はお小遣い稼ぎにそういった仕事を受ける事もあるそうですが、ハクさんの所の教会は手間に費用が釣り合わない、ということで敬遠されています。
それで、俺のところへ毎度依頼が回ってくる、というわけです。
「壁の補修ですか・・・・親方のところへ行かれましたか?」
親方、というのは帝都の木工ギルドのマスターの事ですね。
木工ギルドは木材の加工・販売のほか、帝都での大工さんの元締めになっています。
実際、教会の補修などは冒険者ギルドへ依頼を出すよりも木工ギルドに頼んだ方が安く済みますし腕前も確かなのですが。
「えぇ、木工ギルドのほうにも相談したのですが、今は雨季に向けて補修依頼が多いらしく手いっぱいだと断られてしまいまして・・・」
「あぁ、なるほど。確かにあとふた月もすれば雨季に入りますらね・・・」
そもそもうちに来る前に木工ギルドへ依頼を出すのは筋ですからね、俺が聞くまでもなくハクさんならその辺は問題なかったでしょう。
だた丁度今時期は冬の間に傷んでしまった家の補修などで木工ギルドも大忙しなのでしょう。
「ただ今回は壁もそうなのですが、冬の間に屋根もやられてしまった様で・・・屋根の補修もお願いしたいのですが、大丈夫でしょうか」
屋根かぁ・・・・と少し考えます。
壁ならば問題ないのですが、屋根となると高所作業になります。
特にこちらの世界はまだガルバリウム鋼板やトタン屋根のような屋根ではなく、瓦屋根が殆どです。
冬場は雪も多く、屋根に雪が積もらないようにかなり傾斜を付けた設計になっているので屋根に上って作業するのはかなり危険です。
怪我や最悪死ぬ恐れもある作業なので二つ返事で受けるのは難しいですね・・・。
「屋根となると難しいですね。お返事の前に一度現場の下見をさせていただいても?」
「それは構いません。いつ頃いらっしゃいますか?」
どのぐらいの範囲で雨漏りしているのか、壁の修理の見積もりも出さなきゃいけないだろうし出来る出来ないの判断も早い方がいいだろうなぁ・・・。
「んー・・・これからお伺いさせて頂いてもいいですか?」
「今日は来客の予定もなかったはず、大丈夫だと思います」
「では準備をしてから伺いますので、よろしくお願いします」
その後、彼女も俺が教会に来るということで準備をするために一度帰宅。俺も直ぐに向かうため道具の準備を始めます。
といっても、使うのはメジャーとメモ帳ぐらいですけどね。
有難いことにこちらの世界でも元の世界の単位、グラムやメートル、リットルなど殆どの単位が共通して使えます。
お金の単位は使えませんでしたが、この辺の事を新たに覚える必要がないというのは大変助かりますね。
バックに必要なものを詰めて、よし行くぞと思ったとき今朝のことを思い出します。
「あー、一応レベッカに知らせた方がいいか」
護衛を付けてもらえたというのに癖で一人で街へ出かけるところでした。危ない。
薬屋の離れは、この店の東側に少し歩いたところにあります。
元々は薬の研究用に立てたそうですが、最近もっぱらポーションの貯蔵庫として使っているそうです。
俺のお陰で仕事が増え、店が転移して来たせいでポーションを置くはずの倉庫が使えなくなったからなんですけどね・・・。
離れのドアをノックすると「はーい」という声が聞こえ、レベッカが出迎えてくれます。
普段見ている戦闘服のような服ではなく、着替えたのか異世界らしいパンツスタイルの平服を着ています。
いつもと違う格好にちょっと驚き、ワンテンポ遅れてしまいましたが要件を伝えます。
「ちょっと仕事で平民街まで行かなきゃいけなくなったから、声かけたほうがいいかな、と思って」
「ホント?じゃぁ僕も準備してついていくよ、ちょっと待っててね」
と言って部屋に戻るレベッカ。建物の外で待ちます。
ぼーっと空を眺めていると「お待たせー」といって離れの扉が開きました。
「ん?その恰好で行くのか?」
「いつもの戦闘服じゃ逆に目立っちゃうからね~街に行くならこの格好のほうが目立たないでしょ?」
といってその場でくるり、と一回転。美人なのでなに着ても似合うんだよなぁ・・・。
・・・・というかあの服装が目立ってるって自覚あったんですね。
「そういえばさっきエレーナさんに引きずられてたけど、あの服破けたりしないのか?」
「いや~?あの服薄く見えるけどヒュドラの皮で作られてるから生半可な剣や魔法、毒なんかも防ぐ優れモノだよ?」
そんなに高性能だったのかあのタイツ。それにしてもヒュドラ皮ですか・・・。
いきなり飛び出した異世界ワードに驚きつつも雑談をしながら帝都へ。
エレーナさんはあの後、調合の為に帰ったとか。レベッカの剣の話とか色々ですね。
普段一人で歩いている道も誰かと歩くと違うものですね。
西門から繁華街へ入り、更に南側の平民街へ。平民街の外れにあるのが、地母神教の教会です。
平民向けの少し広めの住宅を改造した教会兼孤児院は獣人族の腕白な子供たちに何度も壊され修復を重ねた後があり、パッチワークのようになっています。
あまり教会らしくない建物なのですが、入口に掲げられている女神像がここが間違いなく地母神教の教会だと言うことを教えてくれます。
・・・個人的にはそろそろ建物自体が限界で、立て直したほうが早いのではないのかと思うぐらいぼろぼろの建物です。
「地母神教の教会?」
「あぁ、ここの壁と屋根の補修頼まれたんだけど、どのぐらいの補修になるから分からないからとりあえず下見にね」
「ふーん・・・それじゃ僕は邪魔しないように姿が見えないようにするから、僕に話しかけないでね?」
「あぁ、了解」
どうやらちゃんと邪魔をしないように気を使ってくれるようです。
「あ、だけど僕はテツジに一杯話しかけるからね。答えちゃうと一人で話してる悲しい人になっちゃうから気を付けてね?」
といって笑うレベッカ。前言撤回、全力で邪魔するつもりですね。こいつは・・・。
気を取り直して教会の中へと向かう。
壊れかけたボロボロのドアを慎重に開け、こんにちはと挨拶をすると中で遊んでいた子供たちの目線が一気にこっちへと注がれます。
「あー!テツジ兄ちゃんだー!」
「マジか!みんなテツジが来たぞー!」
囲め囲めー!とばかりに子供たちに囲まれます
「ねぇねぇ!何しに来たの?」
「遊んでくれるのー?」
「あれ作って!木を回して飛ばす奴!」
わーわーきゃーきゃーと思い思いの言葉を発する子供たちに気圧され気味になっていると奥のほうからシスターが現れ子供たちを一括。
「こら!あなたたち!テツジ様はお仕事でいらしているのです!邪魔してはいけません!!」
手をパンパンと叩きながら叫ぶと子供たちはわーわー!と声を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「申し訳ございません。テツジ様、子供たちがご迷惑を」
「いえいえ、元気でいいじゃないですか」
子供は元気に遊んでこそです。子供が元気に遊べるということはそれだけこの街が平和でいい所だという証拠ですからね。
「ありがとう御座います。それで補修をお願いしたい場所はこちらなのですが・・・」
シスターに案内してもらい、教会を抜けて併設されている孤児院へ。
子供たちが遊んでいる庭に近い、小さな食堂になっている場所が補修箇所のようですね。
子供一人分ぐらいの穴が開いた壁。レンガに漆喰を塗った壁をぶち抜くんですから獣人族の子供は本当に凄いですね。
「いやー・・・綺麗に穴が開きましたねぇ」
「えぇ、グズリがティガーと遊んでいるときに勢い余ってぶつかってしまいまして・・・」
「なるほど・・・じゃぁちょっと見せてもらいますね」
穴の中を注意深く観察します。
何度も修理しているので把握していますが、この建物はいくつかの木製の枠をくっつけて、その間にレンガを重ねて作っている、少し特殊な構造になっています。その上から内側には漆喰のようなものを塗って固めているようです。
幸い今回穴が開いた場所は木製の枠の間のようで枠が傷ついていないので、レンガを詰んで同じように漆喰を塗れば問題ないでしょう。
穴の大きさを計り、メモ帳に書いていきます。
ここから必要な材料を計算、見積もりを作らないといけません。
思ったよりも簡単に直せそうな気もしますが・・・・。
「う~ん、見た感じであれば俺でも直せますね。とりあえず壁の補修は承ります」
「あぁ!テツジ様。感謝いたします!」
そういって大げさに手を組み祈りの姿勢で感謝を伝えるシスター。ワザとらしいように見えるかもしれないが本当に困っていたのだろう。
まだ寒いこの時期にこの穴が開いていたら隙間風どころの話じゃない。子供たちが風邪でも引こうものなら大変だ。
「一応、作業費は一律ですけど材料費は別になります。これから材料の値段調べて見積もり出しますけど・・・・大体そうですね作業費は銀貨6枚、材料費が金貨1枚位だと思います」
俺が大まかの金額を告げると、安堵するシスター。どうやら何とかなる金額だったようだ。
地母神教の教会は、この教会を見ればわかる通り、言っては悪いが貧乏なのだ。
孤児院を経営しているので国から一律で運営費を貰えているらしいのですが教会の運営費は基本的には信者さんの寄付で行うそうです。
天空神教が殆どの帝都では地母神教の信者さんは本当に少なく、寄付もあまり期待できないそうです。
それでも子供たちが飢えないように必死に切り詰めて生活しているそうで「立派な人よ、あのシスターさんは」とエレーナさんから聞いています。
熱心な地母神教信者のエレーナさんは、売り上げが倍増したことで寄付の金額を増やした、と言っていましたがそれでも厳しいんでしょう。
「それで、そのテツジ様、申し訳ないのですが雨漏りの件なのですが・・・」
「あぁ、屋根の雨漏りでしたね。どこですか?」
「こちらです」と案内されたのは子供たちの寝室のようです。
二段ベッドが並ぶ部屋の天井を見ると、雨漏りの後でしょう天井に水染みが出来ています。
場所が分かったので外に回り、屋根の確認をします。
双眼鏡を取り出して屋根瓦を確認してみると、雪の影響でしょうか。一部の瓦がズレていたり割れている瓦もあるようで、恐らくこれが雨漏りの原因でしょう。
ダメになっている瓦を交換すれば何とかなるような気もしますが・・・。
「んー・・・申し訳ないシスター。屋根のほうは直ぐに返事出来そうにないです」
外側から見ても内側から見ても被害は少ない感じがしますが、これで実際瓦をはがしてみたら実は・・・なんてこともありえます。
瓦をはがすだけ剥がして直せない、なんて事だけは避けないといけませんからね。
俺の返答に不安そうな顔をするシスター。その様子に何とかしてあげたいな、と思いもう少しだけ詳しく調べてみるのでした。