第十話~護衛~
結局あの後の飲み会は、悪酔いしたエレーナさんが酔いつぶれるまで続きました。
同時にヨアンナさんも時間切れだったようで、外で待っていた護衛の方が呼びに来てお開きに。
いつもどおりヨアンナさんにお酒を渡し帰り際
「あぁ、そうだテツジよ。今回の件恐らく王国の諜報部も動いてお主に開錠の依頼が行ったことは奴らにも知れる。直接的な行動に移るとは思えぬが用心の為に護衛を付けることにした。強硬的な手段に出るとは思えぬが用心のためだ。仕事の邪魔にはならぬ様十分言い含めておく故許せ」
そんなことを言っていかれました。
どうやら万が一の時のための配慮までしてもらって申し訳ないなぁと思う反面、自分が予想するよりもしかしたら大事になってきているのではないだろうかと不安になってきます。
ただまぁ、どれだけ不安になっても自分ではどうしようもないですからなるようになる。
それにヨアンナさんなら何とかしてくれるでしょう、きっと。
そのあとはロバートさんも明日の仕事に備えて家に帰り、残されたのは俺と酔いつぶれて眠るエレーナさん。
テーブルに突っ伏して眠るエレーナさんを、とりあえずキャンプで使うハンモックを店に張りそちらへ移動させます。
流石に俺の部屋に運ぶわけにはいかないので・・・。
そのあとは汚れた食器やグラスを流し台へ移動し、洗い物を済ませてしまいます。
洗い物が終わると、流石に限界だったのか強烈な眠気に襲われ、フラフラになりながら部屋に戻り、鍵を閉めてそのままベットへ倒れ込みます。
(テーブルやらなにやらの片付けは・・・明日でいいか・・・・)
既に限界だったのでしょうね。俺はそのまま意識を手放しました。
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しかし悲しいかな、歳を重ねるとあまり朝寝坊というのが出来なくなります。
どんなに早く寝ても習慣とは恐ろしいもので、同じ時間に起きてしまいました。
眠い目を擦りながら、連続で二日酔いになっているので疲れの抜けない体を起こします。
目を覚ます為にシャワーを浴び、冷蔵庫から栄養ドリンクを一本。
この栄養ドリンクも異界化の影響で凄まじい回復力と即効性を手に入れており、一本飲むだけで24時間処か72時間ぐらい戦える効能を持っているんですよね。
エレーナさん曰く「伝説の神薬・・・」とのことです。
コンビニで販売している150円のでそれなら、冷蔵庫で眠っている3000円クラスのロイヤルな奴はどうなるんでしょうね・・・。
そんなことを考え、栄養ドリンクで二日酔いも疲れもすっかり吹っ飛んだところで散らかる店先へ。
流石にあれだけ飲んだからでしょういつもは俺よりも早起きのエレーナさんもまだ寝息が聞こえます。
最近薬屋も忙しいと言っていましたし、疲れているでしょうからそのまま寝かせておきます。
音を極力立てないように椅子や開いた酒瓶等を片付け、店の隅に追いやっていた応接セットを設置します。
ケーブルドラムのテーブルは邪魔ですが・・・・まぁこれは後々でいいでしょう。
いつも通り開店準備が整ったら、朝食を作ります。
このままならエレーナさんと一緒に食べるので二人前、恐らく二日酔いですから肉吸いでも作りますかね・・・。
ちなみに食材は元の世界の物も使いますが、今回は勉強の為にこちらの世界のを使います。
ジェイクさんからのお裾分けで貰った牛のモンスターのお肉を使っています。
モンスターなので動き回ってるせいなのか、脂肪は少な目で赤みが多いので焼いてもおいしそうですね。
ちょっと大目に作って肉うどんにでもしようかなぁ、と考えていると勝手口がノックされました。
はて?まだ朝早いのに誰だろうと思って扉を開けるとそこには見慣れたピッチリタイツの糸目美女が。
「なんだレベッカか・・・」
「何だとはなにさー。僕のような美女を早朝から拝めるんだから、ちょっとは感謝してよねー」
相変わらずニコニコとしながら自信満々に胸を張るレベッカ。
「朝早すぎるだろ・・・そもそも寝てたらどうするんだよ?」
「その時は鍵開けて入るよ?テツジほどじゃないけど僕も鍵開け得意だしねー」
ふふふ、と笑いながらとんでもないことをいうなぁ・・・・。
「はぁ・・・まぁいいか、とりあえず中に入れ。朝飯作ってるけど食べるか?」
「わーい、たべるぅー」
無邪気に手を挙げて喜ぶレベッカ。これはこれでどうなんだ?と思いつつ、店のほうに向かうとどうやらエレーナさんも起きてきたようですね。
まるでゾンビのような声を出してフラフラになりながらハンモックから降りていました。
冷蔵庫からスポーツドリンクを出し、コップに注いで渡します。
あの後ビールのほかにもブランデーやジンなどちゃんぽんして飲んでいましたから相当ひどい二日酔いになっているようです。
「大丈夫ですか?」とい聞いても「うぅ~」とか「あぁあ~」といううめき声しか返ってきません。
その様子を後ろから見ていたレベッカは大爆笑。
ここぞとばかりにからかいますが、エレーナさんが余りにも無反応なため直ぐに飽きてしまったようです。
ようやく喉から絞り出すように「風呂」とだけ言うエレーナさん、恐らく入浴したいのでしょう。
水分不足になると不味いのでもう一杯スポーツドリンクを渡して飲んでもらいます。
「え?なに?テツジの家ってお風呂あるの!?」
驚いて大きな声を出すレベッカ、その声が頭に響いたのかエレーナさんの顔が青白く・・・。
「朝方なんだから大きな声出すなって。あるよ、風呂」
「マジで!?僕も入っていい!?」
「いや大丈夫だが・・・・」
使い方を知っていて慣れているエレーナさんと違い、慣れてないレベッカが入るのには大分不安がありますが・・・。
「大丈夫だって、ほら年増エルフもこのまま一人だと危ないでしょ?だから僕が付いていくから、ね?ね?」
確かにレベッカの言う通りこのままエレーナさんを一人で行かせるのも不安があります。かと言って俺が入る訳にはいきません。
どうしようかと悩んでいるとエレーナさんが力なく「一緒でもいいさ」と呟きます。
「ほら!お婆ちゃんもそう言ってるし、いいでしょ?」
「まぁエレーナさんが問題ないなら構わないですけど・・・」
「やったー!」と喜ぶレベッカ。その横で一瞬エレーナさんが一瞬だけ邪悪な笑みをしたような・・・。
嫌な予感がしつつも、タオルを渡し、風呂場まで案内します。
レベッカがバスタオルを見るのは初めてだったようで「うわ!やわらかい!なにこれ!」と驚いていました。
「じゃぁ頼むぞレベッカ」
「おっけー!僕にお任せ!」
扉を閉め、俺はそのまま流し台へ。
作りかけだった肉吸いに材料を足し、おにぎりを作ろうと炊飯器から米をボウルに移していると
「熱ぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
というレベッカの叫び声
あぁ・・・エレーナさん・・・。やったな・・・・。
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「いや~、ありがとうよ、テツ。生き返ったよ!」
先ほどまでのゾンビ顔もなんとやらツヤッツヤテカッテカの顔のエレーナさん。盛大に肉吸いをすすっています。
その横で「僕の柔肌がぁ・・・」と言って凹んでいるレベッカ。
どうやらエレーナさんが昔やった「サーモスタッドの温度を限界まで上げたシャワー」というのをレベッカにやったようです・・・。
正直かなり熱いので悪戯のレベルを越えているので絶対にやってほしくないので、あとでエレーナさんは説教ですね。
幸い軽い火傷のようなので、薬箱から軟膏を持ち出しレベッカに渡します。
再度お風呂場に行かせ、患部に塗って再度出てきたときには上機嫌のレベッカ。
「テツジ、この薬すっごい!!あっという間に火傷が消えて綺麗になったんだけど!」
そりゃぁそうでしょう、異界化した薬なんですから・・・。
容器こそ詰め変えていますが中身は元の世界の薬ですので効能はばっちりです。
とはいえ、レベッカにそのことを言うわけにもいかないので適当に誤魔化しておきます。
「俺がエレーナさんに習って作った特注品の軟膏だよ。薬草園の高級薬草とか使ってるからな、実際高価だからあんまり使いすぎるなよ?」
「まじかー・・・僕も薬や薬草には詳しいつもりだけど、まさかこんな薬を作るとは、テツジもしかして天才?」
「何言ってるんだ・・・・」
そのあとは朝食を済ませ、ゆっくりとします。
エレーナさんも今日は薬草園の管理を休みにするそうです。薬屋のほうも緊急でもない限り開けないようにするとか。
「というか、レベッカはなんで来たんだ?こんな朝早くに」
「ん~?あれ聞いてないの?話はしておいたって昨日言われたんだけど」
はて、何のことだろうかと考えていると「あ~・・・」と声を上げるエレーナさん。
「昨日の夜の来客。何か話していかなかったかい?」
「話・・・ですか?」
回りくどい言い方をしていますが、恐らくはヨアンナさんの事でしょう。名前を出さないのは一応皇帝陛下ですからね、防犯上の事もあるだと思います。
最後に話していったとなると、確か「護衛を付ける」とかなんとか。
「確か、俺に暫く護衛を付けるとかそんなことを言っていたような・・・。」
「あぁ、それだ。その護衛ってのが不本意ながら、こいつだ」
苦虫を噛み潰したような表情で隣にいるレベッカを指差すエレーナさん。
「こいつ性格は害悪だけど腕は立つからね。昨日の夕方こいつを連れて出てったのはその為さ」
「僕も1年ぐらい暇だったし、王国の情報流してくれる上、報酬まで貰えるからねー。組織の方にも相談して許可も貰えたから、今日から僕はテツジの護衛することになったよー」
ドヤ顔で胸を叩くレベッカ。色々言いたいことはあるのですが、まず先に思うことがあります。
「・・・なぁ俺が聞いた話だと「仕事の邪魔にはならない」って事だったんだが、レベッカって今のところ邪魔しかしてないんだが・・・・」
「大丈夫!任せてよ。僕だって玄人だよ?気配どころか姿を消すのだって訳無いよ?」
「ほらこんな感じ」と言って席を立ちあがるレベッカ。なにを思ったのかゆっくりとこちらへ向かって歩いてきます。
なにをしているのかわかりませんが、俺の隣にまで来てなぜか得意げに立っています。
「何やってんだレベッカ」
隣に立つレベッカに話しかけると、驚くレベッカ。なぜか分かりませんがエレーナさんも驚いています。
別に突然立ってただ歩いて俺の横に来ただけの気がするのですが・・・。
「ちょ!・・・テツジ、まさか僕が見えてるの?」
「見えてるって・・・え?見えますよね?ここにいるの」
エレーナさんに尋ねてみるが首を横に振っています。
「アタシには声は聞こえるけど姿は見えてないね。その変態言っちゃ悪いがその魔法に関しては大陸最強クラスだろうね。アタシでも痕跡さえ辿れないほど見事なものだ。正直テツが見破れるのが不思議なぐらいだよ」
なんと・・・・俺の隣で驚いて放心しているレベッカは、今俺にしか見えてないそうです。
まさか俺にも意外な能力が・・・!と思って一瞬喜びましたが、よくよく考えれば使い道があんまりなさそうな気が・・・。
はっとして意識を取り戻すレベッカ。そのあと暫く納得いかないレベッカがあの手この手で姿を消しますが、全部見破ってしまいました。
「なんでー!なんでテツジが見破れるのー!」
「いや~意外な能力があったもんだねぇ、こりゃ面白い」
レベッカが絶句する様子を見てケラケラと笑うエレーナさん。
異界化したのは道具だけだと思っていましたし、こちらに来て一年経ちましたがまさか今更自分に能力があることを知るとは、恐るべし異世界。
「まぁ、思いっきり話が脱線しちまったけど、こんな能力があるからねテツを陰から守るには適任なのさ、腕前も確かだし」
俺の意外な能力はさておき、先ほどからレベッカを護衛として推すエレーナさん。よくよく考えてみれば、あの首輪見た後直ぐに行動し俺に護衛を付ける算段をするということはもしかすると事態は俺が思うよりも深刻なのかもしれません。
恐らくヨアンナさんにレベッカを引き合わせたり、ヨアンナさんもきっと安くない依頼料を払ってまで手配してくれたわけですしここはご厚意に甘えて大陸最強の暗殺者に護衛を頼みましょうか・・・。
「分かりました、俺を思って手配してくれたことですしレベッカに護衛をお願いします」
レベッカには色々秘密にしていますが、この世界では比較的気兼ねなく話せる貴重な・・・友人?です。今更顔も知らない人に護衛に付かれて気を遣わなきゃいけないの大変ですからね・・・。
ただ、その前に一応言っておかなければならないことがあります。
「ただな、レベッカ。護衛してもらうのにこんなこというのはおかしいとは思うんだが3つほどお願いしたいことがある」
そういうと、拗ねていたレベッカが顔を上げます。
「まず一つ、俺の仕事の邪魔をしないこと」
まぁこれが前提条件ですね。身の危険があったとしても仕事をしなければ生活は出来ません・・・いや出来るのですが、働かないというのはなんというかこう、落ち着かないのでダメです。
仕事として請け負い、料金を貰うのであれば中途半端な事ではいけません。店の評判にも関わりますので遊び半分で邪魔されると困るのです。
レベッカもそんなことは言わなくても分かるとは思うのですが、言葉にするとしないのでは違いますからね。
「二つ目が、俺が持ち出す仕事の道具については一切詮索しないこと。出所や使い方は聞かれても答えないからそのつもりで」
これも大事なことですね。俺も結構うっかり屋なのでふいに聞かれた時に元の世界について話してしまうかもしれません。そういうことが無いように未然に防いでおきます。
「最後、これが一番大事だ。レベッカは絶対に俺の私室や倉庫に入らないこと。入っていいのは店から奥の台所、洗面所までだ。それ以上はなにがあっても入らないでほしい」
「ん・・・分かったけど、最後のはなんで?一応護衛なんだから対象が見えなくなるのは不安なんだけど?」
「レベッカの言いたいことも分かるんだが、とにかく倉庫や私室は俺の私物や仕事上で使う危険物が多いんだ。下手に弄られたりして怪我されても困るんだ」
私室はともかく、倉庫にあるものは異界化しており危険なものが多いです。
チェーンソーやブッシュカッター、ナイフやハサミといった直接的に危険なものももちろん、少量ですがガソリンや灯油、農薬など取り扱いに注意が必要な物もあります。
こちらには石油製品などありませんし扱いが分かるわけがありません。
異界化したガソリンが爆発したときの被害なんて見当もつきませんからね・・・。
「ふ~ん・・・・あ、じゃぁさ、僕からも一つ条件があるんだけどいい?」
「構わないけど・・・あ、やっぱり内容聞いてからにさせてくれ」
構わないけど、で横にいたエレーナさんからわき腹をつつかれ、気が付きます。
いけませんね、内容を聞いてないのに無条件にOKだしそうになりました。
ニコニコ顔のレベッカが一体なにを企んでいるのか・・・
「僕が出す条件・・・・それは」
「それは・・・?」
「僕に・・・・・毎日お風呂を貸すこと!!」
ドドン!と効果音がするぐらい胸を張って突き付けられた条件の余りにも拍子抜け感に思わず椅子からずり落ちそうになりました。
なんかもっと大変な条件だと思ったのですが・・・。
「いや・・・まぁそれぐらいなら構わないけど」
「ホント!?やったー!」
両手を上げて飛び跳ねるレベッカ。
よくよく考えてみれば蛇口が捻るだけでお湯が出てくる我が家が特殊で普通なら毎日水を運び、薪でお湯を沸かすという苦労は相当な物です。レベッカが条件として出して喜ぶ理由も分かる気がしますね。
あとでちゃんと使い方を教えないといけませんね。熱湯事件が二度と起きないように・・・
「ところでさ、テツジ。僕は何処で暮らせばいいのかな?」
「・・・は?」
「だって、護衛だよ?一日中一緒にいるのが当たり前じゃない?だから僕もテツジのお店に一緒に住むのが」
「そこまでだよ。変態暗殺者」
レベッカがそこまで言った所で、ずっと黙っていたエレーナさんが口を開きます。
微かに圧を感じる方に顔を向けると、眉が八の字になり、長い耳がピクピクとしています。
明らかに怒っていますね。
「別に護衛だからって一緒にいる必要はないよ。アンタの寝床はアタシの薬屋の離れを掃除して使えるようにするから、そっちに住みな!」
「え~・・・」
「あと、テツはああいったけど、風呂に入りに来るならアタシと一緒に決まった時間に来ること。テツも暇じゃないんだから、分かったね!」
「え~、ケチー」と抗議するレベッカに、どこ吹く風のエレーナさん。
果たして異世界生活2年目、これからどうなるのかなと思いつつ喧嘩にならなきゃいいなぁと二人を見守るのでした。