8話 馬鹿か。お前は
呆然とするユウキをルノアが何とか慰め、二人は酒屋を後にする。酒屋を出た後、本屋へと立ち寄った。ユウキが欲しい本があるといったためだ。ユウキが複数購入した本の内の一冊にルノアは不思議そうな顔をしていたが、ユウキは無視した。その後、二人は宿を探し、日も暮れていたので、休むことにした。宿屋を見つけたユウキはすぐに手続きを済ませ、ユウキとルノアはそれぞれ自分の部屋へ向かった。
「……意外とすぐにできたな」
ユウキは読んでいた本を閉じ、先ほど書き込んでいた用紙を手に取る。
「全部あってる……と。よし」
コンコン。
「ユウキ、今いいですか?」
ルノアがユウキの部屋をノックする。
「ああ、いいぞ」
ユウキの部屋にルノアが入る。ルノアは、ユウキが持っている本を見る。本のタイトルが目に入る。
「ユウキ。その本、読んだんですか?」
「ああ。しかし都合のいいもんが売ってるもんだよなあ。まあ、もう読まないとは思うが。全部マスターしたし」
ユウキはそう言い、本を軽く叩く。その本には「異世界人に贈る言語習得書!日本語版~これさえあれば、どんな異世界人でもマスターできる~」という長ったらしいタイトルがついていた。
「え、マスターって。本当に?まだ三時間しかたってないですよ?」
「ああ、二時間くらいで読み終えたからな。ここまで丁寧に解説している本があるなんてな。感心する」
「いやいや。二時間で読み終えたからって……読み終えるスピードもすごいですが、普通そんな短時間で言語習得できませんよ!そんなすぐ覚えれないし」
「俺、一度目にしたものや聞いたことはほとんど覚えているから」
「は?」
「言葉の通りだ。試してやろうか? そうだな……円周率とかどうだ?この場でスラスラ言ってやろう。一時間以上はかかるが」
「そ、そうですか。遠慮しときます。ホントに言いそうですし。でも、何でこの世界の言語なんて勉強してるんですか?言語習得のスキルがあるから必要ないじゃないですか」
「ま、念のためにな。スキルが使えなくなった場合に備えてな。まあ、ちょっと暇つぶしにでもやるかなっていうの理由の方が大きいが」
「ひ、暇つぶし……」
ルノアは苦笑いする。
「そ、そうですか。ところでユウキ、明日はどうするんですか?特に何も聞いてませんが」
「明日は……そうだな。オフだ」
「オフ?」
「ああ、そうだ。お前は事故で異世界にやってきて、その上、野宿までしただろう? 相当疲れてると思う。神とはいえ、14の少女だ。少しは休まないと体に悪いと思うんだが」
ルノアは驚いた。あり得ないほど、自分をないがしろにしているような男が自分のことを考えてくれるなんて。
「ゆ、ユウキ。大丈夫ですか!? どこか異常が? 待っててください! 今、回復魔法をかけるので!」
ユウキが優しい。異常を疑うべきだ。ルノアはそう考えた。
「お前が俺のことをどう思っているのか話し合う必要があるみたいだ」
ユウキが不気味な笑顔を浮かべ、ルノアに言う。あ、やばい。ルノア、オワタ。
「は、話し合う必要があるだけですよね? なんかボコボコにしてやると言われているようなのは気のせいですよね?え、ちょ……いやああああ!!!!」
しばらくお待ちください。
「うう……」
ルノアは涙目をしていた。どうやら、こっぴどくやられたようだ。
「とにかく、明日は自由にしていいぞ。以上」
「はい、わかりました……」
頭を押さえながらルノアは言う。とびっきりの拳骨をもらったルノアの頭にはたんこぶが出来ている。
「ユウキはどうするんですか?」
「俺は、旅の準備をする。後はミナの目撃情報があるかどうかと例の魔界とやらについて調べる」
「そうですか。じゃあ、一緒に行きましょうよ」
「いいけど、お前は何すんだ?」
「新しい服を調達しようかと。あとは適当にいろんなものを見て回ろうかと」
「なんか女子みたいだな。神なのに」
「あははは……私、こういうのに憧れてたんです。こういう人間の女の子たちがやるようなお出かけやショッピング。そういうのがうらやましかった」
「…………」
「たまに人間の世界を調べて…彼ら彼女らの生活がうらやましかった。ユウキ。私はあなたのこともうらやましく思っていたんです」
「俺のことが?」
「ええ……。あなたには大切に思う人がいる。あなたが何を犠牲にしてでも守りたい……そう思えるほどの大切な人があなたにはいる。私には……大切に思える人も……大切に思ってくれる人もいないから」
ルノアは寂しそうにうつむき、笑う。悲しい笑顔だった。それを見てユウキは。
「ルノア」
「……?はい」
「馬鹿か。お前は」
ゴツン‼ユウキは思いっ切りルノアに拳骨を食らわせる。
「痛っ‼な、何するんですか!?」
「お前は頭も残念なのか?」
「は、はいぃ!?」
突然のユウキの暴力にルノアは動揺する。
「お前は、俺の大切な仲間だ」
「ゆ、ユウキ……」
「お前は俺の大切なおとりであり、俺の大切なストレス発散に協力してくれる大切な仲間だ」
「それは仲間というんですかねえ!?」
ルノアは思わずツッコむ。いつも通りに。さっきのような寂しい表情はもうない。
「ふん」
ユウキが鼻で笑う。いつもと同じように相手を馬鹿にするかのような態度だったが、その目は優しかった。
「ったく。……あなたって人は……」
「ルノア。もし、また孤独に苛まされたなら、今のことを思い出せ」
「え?」
「俺がいる限り、お前を一人にはしない。孤独にはさせない。こうやって馬鹿みたいにやって……お前にはお前を思ってくれる誰かがいる。お前の側には誰かがいてくれる。俺がそのことを思い出させてやる」
「あ、あなたって人は……。馬鹿じゃないですか……。そういうことを言って……こんなの……私じゃなかったら、落ちてますよ……とんだ女たらしですよ」
「俺はミナ一筋だ。そんな奴がいたら容赦なく玉砕してやる」
「最低じゃないですか……」
ルノアは目に涙を浮かべていたが、その涙をぬぐい、顔を上げる。そして笑顔を浮かべる。ユウキも笑顔を浮かべた。いつもの嘲笑の笑みではない。優しい笑みだった。
「ユウキ…わたしを仲間にしてくれてありがとうございます」
「おうよ」
「そして……これからも……よろしくお願いします」
「ああ、頼んだぜ。女神様よ」
「それじゃ……おやすみなさい」
ルノアはそう言い残しユウキの部屋を退室する。
「……あんなこと言うつもりじゃなかったんだがな」
ユウキはルノアの足音が聞こえなくなると、そうつぶやいた。ユウキはルノアに対して大切な仲間だというつもりはなかった。もちろん、ユウキは声には出さないが彼女のことを大切に思っている。しかし、それを言うとルノアは調子に乗るに違いない。だから、言うつもりはなかった。だが、孤独に苦しむルノアを見て、思わず言ってしまった。
——私の側には誰もいてくれないの。誰も私のことなんて……——
ユウキは記憶の中で泣いている少女を思い出す。いつも孤独に泣いていた少女を。ユウキはため息をつき、目を軽く閉じる。
「……俺は、俺の思うようにやるだけだ」
「んーどれがいいでしょう?」
翌日、ルノアは町で新しい服を買いに来ていた。ユウキはミナや魔界のことについて調べてくると言い、どこかに行ってしまった。
「……このTシャツにしましょう。店員さーん。これくださーい」
ルノアは店から出ると袋を取り出しその中身を覗き込む。
「……もう、すっからかんですね……意外に高かったなあ……」
ルノアはため息をつく。
「まあ、いいです。欲しい服は買えたので。けど、意外でしたね。まさか、ユウキがお金まで渡してくれるとは。てっきり、自分で稼いで来いと言ってくるかと思ってました」
「意外で悪かったな」
ルノアがびくりとして後ろを振り向くとそこにはユウキがいた。
「は、早かったですね」
ユウキはルノアの慌てたような様子を無視し、ルノアの肩にかかっている大きな袋を一瞥した。
「……買い物は終わったのか?」
「あ……ええ。服は買いました」
「他にどこか行くのか?」
「いえ。……もう所持金もあまり残ってないので、大丈夫です。行きましょう」
ルノアがそう言い、二人はしばらく歩く。そして、ルノアがふと足を止める。ユウキはルノアが何かに目を向けているのに気付き、ルノアの視線の先に目を向ける。
彼女が見ていたのは髪留めのようだった。ユウキはルノアの髪留めに目を向ける。彼女の二つの髪留めの内、一つは結構ボロボロになっていた。新しいものが欲しいとでも思っているのだろう。ユウキはそれに気付き、ルノアに言う。
「ほしいのか?」
「え、いや、その……はい」
ルノアが慌てて言うも、小さく返事をする。ユウキは黙ってその店に行き、リンドウの花の形をした髪留めを購入しルノアに投げ渡す。
「え。い、いいんですか!? これ、結構高いと思うんですが」
「構わん。お前の髪留めはボロボロだったろう? 少しくらい贅沢しようと支障はない」
「あ、ありがとうございます!!」
「おう。……そろそろ昼だ。飯でも食うか」
「そうですね、行きましょう」
そして、二人は昨日のギルドの酒屋に向かう。酒屋はこの町で唯一の飲食店なのだ。
「ユウキ? どうしたんです?」
先に食事を終え、難しい顔をしてクエストフォンを見ているユウキが気になり、ルノアは尋ねた。
「ああ、この固有スキルが気になってな。……ルノア、口にソースがついてるぞ」
ルノアが慌ててナプキンで口を拭う。ユウキはクエストフォンの画面に目を落とし、固有スキルの隣にある詳細の項目をタッチする。スキルの詳しい内容が表示される。
【"グラトリーム" 異空間を発生させ、近くにある対象を引きずり込んだり、放出することが出来る。また、使用者はその空間へ移動することも可能 〔詳細を閉じる〕】
ユウキはその説明を読み、試してみる。
「"グラトリーム"」
すると、野球ボールくらいの大きさのブラックホールのようなものが出現し、近くのおしぼりを引きずり込む。しかし、ものすごく遅い。一分以上かかり、やっと空間に飲み込まれる。なんともシュールな光景だった。
ユウキは唖然していたが、気を取り直し異空間へ意識を集中する。気が付くとユウキは真っ暗な空間にいた。足元には先ほどのおしぼりがある。ユウキはそれを拾い歩き出そうとした。だが、先へ進むことはできなかった。
「っ!」
見えない壁のようなものがユウキを阻む。
「ってかものすごく狭いな!」
進むどころか後退することもできない。ユウキはため息をつき元の世界へと意識を集中させる。
「あっ、どうでし……た……か……?」
ユウキが異空間から戻ってきたのを目にして、ルノアが聞くがユウキの死んだ目を見て、途端にその問いをやめる。ユウキの目が主張していたからだ。何も聞くなと。
「ま、まあ。あれですよ。まだ、レベル1だし。ユウキの今までの戦闘や初期ステータスを見る限り、使えないっていうのはあまり考えられません。レベルが上がれば、使えるようになるんじゃないでしょうか」
「そうだといいんだがな」
ユウキはため息をつく。
「ところで……どうでした? ミナさんや魔界のことは何かわかりましたか?」
ルノアが話題を変える。その問いにユウキは少し険しい顔をする。
「ああ。ミナに関しては、この町で冒険者登録をして、この町を拠点に周辺を行き来してたようだ。だが、ある日、音沙汰もなくなり ……。ただ、死んだという線はかなり少ないだろう。もし、死んでいたならお前が知ってるはずだ」
「そう……ですね」
「あとは、魔界に関してだが、あれに関しては誰も詳しいことは分かってないようだが……あのふざけた看板あったろ?あそこの指示通りに進むと魔界という場所にたどり着き、その魔界の中には魔王城で住んでる魔王がいるらしい。町の人の話によると以前は頻繁に来ていたが二年くらい町に姿を現してないといってたな」
「二年前から姿を現していない? もしかしてもうこの近くにはいないのでしょうか? あるいはもう死んだとか?」
「いや。おそらく魔王城にいると思う。魔界がある方から何かが飛んでいたという目撃情報をいくつか教えてもらった」
「そうですか。……にしても今更、という感はしますが意外に感じてます」
「何がだ?」
ルノアの言葉にユウキは怪訝な表情を浮かべる。
「いえ、意外と落ち着いてるなと。ミナさんを探しているのにあなたには焦りというものが感じられません。あ、いえ、責めているとかじゃありませんよ」
「そりゃ、簡単な話だ。焦ったところでいいことなんてない。これに尽きる。消息不明でも生きていることがわかってんなら、着実に落ち着いて一つずつ前へ進む。下手に深刻に考えれば見えるものも見えなくなる可能性がある」
「そういうもんですか」
「ああ、そういうもんだ」
(それに……こうして前を向くことが出来たんだ。なら、今やるのは変に塞ぎ込むことじゃない。前を向き、手を伸ばしてくれるやつに真摯に向き合うことだ。……まあ、こいつの場合は話してると何か落ち込んでられないって思わされるんだよな。不思議なやつだ……)
「それでどうするんですか?」
ルノアの問いにユウキは一旦思考を中断する。
(まあ、何にしろまずは手がかりを探さなきゃ始まらない)
そう考えルノアに自分の考えを伝える。
「魔王に会いに行く」
「ええ!?」
ルノアが思わず席を立ちあがる。が、周りからの視線を感じ慌てて座る。
「この世界について知っている情報が少なすぎる。あのふざけた看板からも、町の人の様子からもおそらく敵対はしないと思う。魔王に会ってこの世界の情報をもらう」
「町の人の様子? どういうことです?」
「こんな話を聞いた。魔王は昔、人々の命を多く奪い、恐れられていたが、それを是としない者がその魔王を殺した。そして数年前に先代魔王を殺したものが新しい魔王となり、この町へやってきて土下座し、これまでの魔王の支配をわびたという。そして、魔王はこの町の発展に尽くしこの町の人に慕われているという」
「なるほど……そういうことですか。それで、いつ行くんですか?」
「明日。俺一人で行ってくる」
「今、なんて?」
「俺だけで行ってくる」
ルノアは再び立ち上がる。
「なんで……なんでユウキだけなんですか? 私は?」
「可能性が低いとはいえ魔王と呼ばれるものだ。本当は残虐な性格をしている可能性がある。もしかしたら、戦うことになるかもしれん。その危険を考慮し、お前は今回残ってくれ」
ユウキは淡々と告げる。
「危険ならどうでもいいですよ。私は仲間です。命の危険があろうが行きますよ」
「だが……」
ユウキは困惑の表情を浮かべる。ルノアがここまで頑固になったのが意外だったのだろう。
「いつものように、私を捨て駒のように扱えばいいじゃないですか。ユウキらしくもありませんよ?」
ルノアが不敵な笑みを浮かべる。ユウキはそれを見て驚いたが、いつものように馬鹿にした表情で言う。
「そこまでいうならわかった。いつものようにしてやる。もし、魔王に襲われたらお前を身代わりにして逃げるからな。せいぜい、しんがり役を務めて、安らかに死ね」
「それでこそユウキです」
二人はいつかのように相手を見下すように馬鹿にした表情で互いを見ていた。




