6話 迫りくる悪意
「で、これからどうするんですか?」
「まず、情報が必要だ。となると、どこか人のいるところ…町とかだな。ここの近くにあるのか?」
「えーと…」
ルノアはあたりを見渡しそしてある方向をじっと見つめる。
「うーん…ここから行って大体一日かかりますね。それにここは町の外ですし魔物も出るでしょう」
「…お前、そんなとこに俺を移動させたのか。俺を殺す気だったのか?」
「ち、違いますよ。もともと町に転移する予定でした。でも、ロリアムがミスしちゃってここに転移されたんです」
ユウキはため息をつく。
「なるほど…。しっかし…お前のとこの天使、あんなにできますオーラ出してたのになあ。まさかのドジっ子ミスとは」
「あはは…。まあ、誰にでもミスはありますよ。多分、このことについて言及すればロリアムは顔を真っ赤にするでしょうね。母に辞表でも出しそうです。ああ見えてプライド高いですし。しかし、まさかあんなしょうもないミスを仕出かすとは…めちゃくちゃ笑えます」
「まあ、そう言うな。…俺も間違うことはあるしな。それより行くぞ。いつまでもこんなところにいるわけにはいかない。ここはもう異世界だろ?いつ魔物が現れるかわからない」
ユウキはそう言い、目的地の方へと体を向ける。
「グギャ」
ユウキの目と鼻の先に緑色の生物がいた。ユウキが驚くと同時にその生物は手に持っていた剣でユウキを襲う。
「っ!」
ユウキはそれを何とかかわし間合いを取る。
「こいつは…」
「ゴブリンです!」
ルノアが叫ぶ。
「だろうな」
(緑色の耳がとがった子供くらいの大きさ…。ゲームとかで見るゴブリンの姿そのままだな)
ゴブリンが追撃を始める。ユウキはそれをかわし、ゴブリンの腹に蹴りを食らわせる。
「グギャ!」
ゴブリンは倒れこむ。
「一体いつの間にいたんだよ。さっきまでいなかったはずだぞ」
「…もしかしてスポーンしたのでしょうか?」
「スポーン?」
ユウキが聞き返す。
「ええ。モンスターが突然生まれる現象です。それはもう、唐突にですよ。…けど、珍しいですね。モンスターのスポーン現象なんて。ものすごくレアですよ。大抵のモンスターの増殖は生殖によるものですから」
「しかも目と鼻の先でスポーンするとか…どんだけ運が悪いんだよ。人によっちゃショック死してもおかしくねえぞ。…っと」
ユウキはゴブリンの方に意識を向けた。ゴブリンは少しふらつきながらも立ち上がる。
「まあ、あれだけじゃ無理だろうな」
「グギャギャ!」
ゴブリンが雄叫びを上げて、ユウキを殺そうと一気に間合いを詰め、刃を振り下ろす。しかし、ユウキは難なくそれをかわし、ゴブリンを背負い投げる。
「グギャアア‼」
ゴブリンが悲鳴を上げる。もがき苦しむも絶命には至らないようで、ふらつきながらも立ち上がろうとする。
「ちっ…。しぶといな。武器もねえから始末するのは面倒だな…」
ユウキは舌打ちをする。もはやゴブリンに勝機はないが、ユウキもまたゴブリンにとどめをさすことはできない。
「彼の者に我が恵みを与えよ。力を授けよ。"授けられし力"‼」
先程まで空気の存在だったルノアが呪文のようなものを唱える。すると、ユウキの足元に魔法陣が現れ、淡い光がユウキを包む。
「これは…?」
「ユウキ!今ならゴブリンを倒せます!」
「…ああ。了解!」
ユウキはゴブリンを真正面から見据える。それを見てゴブリンは怒り狂いながら突撃する。
「グギャギャアアアア‼」
ユウキは大きく振りかぶり突進してくるゴブリンを蹴り飛ばす。ゴブリンはそのまま吹っ飛び、地面に叩きつけられる。ゴブリンは声を上げなかった。ユウキはゴブリンにゆっくりと近づいていき、その躯を見下ろす。ゴブリンの表情は分からなかった。顔が潰れていたからだ。
「ゆ、ユウキ!大丈夫ですか!?」
ルノアが小走りでやってくる。
「ああ。…それよりさっきのは?」
「強化魔法です。身体能力を向上させる魔法ですよ。しばらく効果は続きますよ」
「そうか」
ユウキはそう言い、もう一度ゴブリンに視線を向ける。
「消えないんだな。ゲームみたいに」
「…ええ。生物ですから。普通の生物より遥かに腐るスピードは速いですが」
「そうか」
ユウキはしばらく黙り込む。やがて、ゴブリンの死体に向かって小さく合掌する。
「え?」
ユウキの合掌にルノアが驚いた表情をする。
「…俺が今、殺したのは命ある生物だ。魔物とはいえ、紛うことなき生物だ。思うところはある。だけど——」
ユウキはそこで言葉を切り顔を上げる。
「邪魔をするなら、何度でも屠ってやる。俺は、ミナと会わなければいけないのだから。もう、失うわけにはいかない。そのためなら俺は無慈悲に敵を屠ろう」
力強い表情でそう言い切る。ルノアは少し驚きの表情でユウキを見ていた。ルノアの視線にユウキは気づき、少し不愉快そうに目を細める。
「…なんだ」
「いえ、少し意外だと思いまして…。ユウキは意外と優しいなって」
「は?」
「この世界の人たちはこういう魔物に対してそんな感情を抱きません。むしろ死ねと思ってるくらいですから。大抵の魔物は人間を襲いますしね」
「…まあ、そういうもんだろうなあ」
少しだけ困惑気味な表情をするユウキを見てルノアはクスリと笑う。
「ええ…だから、ユウキは優しいと思います」
「殴り殺されるのと、蹴り殺される。どっちがいい?」
「今の会話のどこにあなたの逆鱗に触れる要素がありましたかねえ!?」
ユウキの強烈な問いに対して甲高い声を上げて言うルノア。まったくその通りである。
「俺を優しいなんて言うからだよ。それがお前の死ぬ原因だ。仮に優しいなんて言っても、それを言っていいのはミナだけだ。ほかの女から優しいなんて…殺意しか湧かないだろう?」
「いや、湧かねえよ!?何で私は殺害予告されて、その上惚気られてるんですか!?…やばい。どうしましょう。ツッコみ切れません」
ルノア、哀れすぎる。その一言以外、言うことがない。
「まあ、いいや。早くいくぞ。先を急ぎたい」
「私は釈然としないですが…まあ、そうですね。あ、ちょっと待ってください」
ルノアはゴブリンに近づき何かを探してるのだろうか、ゴブリンの身の回りを調べ始めた。目的のものが見つかったのか、一瞬表情を明るくするがすぐに表情を暗くする。
「…ゴブリンの持っていた剣か」
「…はい、そうです…」
ルノアが探していたのはゴブリンの武器だった。だが、それはユウキの先程の蹴りで粉々になっていた。
「…まあ、それほど強度が強そうな物じゃなかったし、仕方ないだろ」
「うう…そうですね。攻撃手段がないのは惜しいですが…仕方ないです。先を急ぎましょう。ここら辺は魔物は少ないらしいので、そう出くわすことはないでしょう」
ルノアは立ち上がり、前向きな発言をする。
「…おまえ、さらりとフラグ立てたな…」
ユウキはそうつぶやいた。
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「クソがあああああああああああ!!!!」
ユウキの予感は当たった。ちゃんと、回収しちゃったのである。フラグ。しばらく進んでいたところで突然、何かが大きな音を立てて目の前に迫ってきた。その正体は大量の魔物だった。魔物は全てゴブリンだったのだが、さすがに全て素手で対処するのは不可能だ。そして、すぐさまユウキたちは背を向けて逃走し、今に至る。
「な、なんだよ‼あの大量の魔物の群れは!?」
「あ、あれは"魔物の行進"です‼魔物の大量発生のことをそう言います。めったに起こらない現象なので——」
「んな用語の説明は今はいいんだよ‼…どうする…?いや、待てよ。…この方法があったか!」
「何か思いついたんですか!?」
ルノアは期待の目でユウキに問う。
「ああ、そうだ」
ユウキは足を止めた。ルノアも少し遅れて立ち止まり、ユウキのもとに近づく。だが、いつまで経ってもユウキは動こうとしない。魔物はもうすぐそこまで迫ってきている。
「ユウキ…?」
不審に思ったルノアがユウキに呼びかける。その呼びかけにユウキは顔を上げる。
「ルノア」
「な、何でしょうか…?」
そして、悪魔が満面の笑みで命じる。
「逝ってこい」
「え?まさか…あっ!」
気付いた時には遅かった。ルノアはユウキに蹴飛ばされる。身体強化の効果もあり、遠くまで飛んだ。
「行けぇ‼おとり専用女神‼」
「このやろおおおおおおおお!!!!」
もちろん、着地地点は魔物の大群だ。標的が飛んできたことに一瞬魔物は唖然としたが、次の瞬間。
「グギャアアアアアアア!!!!」
「いやあああああああああ!!!!」
魔物の怒号とルノアの悲鳴が響き渡る。
「仕方ない。仕方ないんだ…ルノア。俺は、ミナと会わなければならない。死ぬわけにはいかないんだ!」
ユウキは拳を握り、凛とした表情で言う。ユウキは何があってもミナと再会すると決めた。だから、何があっても死ぬわけにはいかない。どんな手段を使っても。ルノアのことは仲間と認めたが、優先順位はミナの方が上。万が一にも自分は死ぬわけにはいかない。
その考えのもと、このような行動をとったのだが…あまりにも鬼畜である。かの有名なクズマさんと呼ばれる彼でも、きっとドン引きするに違いない行動だ。
「そんな凛々しい顔をしてないで助けろおおお‼」
ルノアが叫ぶ。なんとか魔物の攻撃をかわしつつ、逃げ回っている。
「ええ…危ないじゃん。死ぬかもしれないじゃん」
ユウキは耳を掻きながら面倒くさそうな表情で言う。ユウキさん。マジ、鬼畜。
「私もこのままだと死ぬかもしれないんですが!?」
「ルノア、お前の死は決して無駄にしない!お前の屍を越えて、俺は進む‼」
「まだ死んでませんよ!?助けられる命ですよ!?」
「えー…無理。武器もないのに戦えないって」
ユウキはそう言いながらルノアを置いていこうと歩き出す。ユウキさん。マジ、サイコ。
「ちょ!?喋りながら先に進もうとしないでくださいよおおお‼…ん?」
その時だ。ゴブリンが他の個体の足に引っかかってしまい転倒する。それと同時に持っていた剣を落としてしまう。剣はルノアの目の前に落ち、すかさずルノアはその剣を拾った。そして、ユウキに向かって思い切り投げる。
「ほら、武器です!助けてくださああああい‼」
ルノアは思い切り叫ぶ。
「グギャッ!」
「ひ!?」
ルノアが振り向くとそこにはその剣を振り下ろそうとするゴブリンがいた。
(だめだ…間に合わない…!)
思わずルノアは目を閉じる。
(私、死んじゃうのか。碌でもない神生だったな)
ルノアの頭に走馬灯がよぎる。碌でもないもんだとルノアは思った。
——何もできなかった。小さい頃から母には会えず、ただ勉強をする毎日。二年前、母に呼び出された時は嬉しかった。一緒にいてくれるのだと思った。だけど、違った。
神の役目を私は降りる。代わりにお前がやれ。そう言われた。その時、思った。ああ、私は子供と見られていないんだ。ただの道具としか見られていないんだ。そして、神になった。救えなかった。誰も救えず、ただ死者の行き先を決めて見送った。絶望した顔のまま死者を送ることも少なくなかった。希望なんてなかった。
そんな神の仕事に嫌気がさして、やる気もなくして適当な仕事をした。深く死者のことを考えて自分が傷つくのが嫌だったから。けど、その頃からたまに死者の笑顔を見ることが出来るようになった。私が馬鹿なこと言ったりして、死後の世界を決めると笑ってくれた。面白いなと。もう一度頑張ってみようと。
だけど…やがて気付いた。これはただの自己満足だと。死者は一時的に希望を見出したつもりになっているだけだ。どの死者も転生したり、あの世に行こうとする直前——暗い瞳を見せる。
だから、私は逃げたかった。こんな仕事から。生きたかった。希望にあふれている人たちのように。女の子のようなこともしたかった。おしゃれがしたかった。友達が欲しかった。恋をしてみたかった。愛されたかった。——必要とされたかった。
「——グギャアア‼」
「…え?」
ルノアは死んでいなかった。ルノアの代わりに死んでいたのはゴブリンだった。顔を上げるとそこには剣を持った彼がいた。
「——全く…唯一の攻撃手段を捨てるなよ。さっきまでの俺の態度を見たら、見捨てる確率大だって思うだろ?もっと人を疑えよ」
「ユ…ウキ」
ゴブリンはユウキによって首を切断されていた。
「ここまでされちゃ…さすがに助けるしかねえだろ。ここまで信頼されてしまったら…無下にはできねえ」
「ウガアアアアア‼」
突然現れた男に仲間を殺された魔物たちが怒り狂う。
「さて、と…ルノア。下がってろ」
「は、はい…」
ルノアは急いで魔物の大群から離れる。
「グギャアアアアア‼‼」
「うるせえよ」
「グギャッ!?」
怒り狂う魔物にユウキは鋭く睨みつける。その気迫に魔物は思わず怯えてしまう。
「グギャア!?」
「大量に固まってくれてるから楽にやれる。ゴブリンさん、あんがとよ」
ユウキは一瞬で自分の間合いのうちにいたゴブリン達を斬り殺す。
「ウガア‼」
すぐさま他のゴブリンが襲い掛かるが、そのまま真っ直ぐ剣を振り下ろし絶命させる。その直後に背後から違うゴブリンが叫びながら襲い来るが、そのまま蹴り殺す。
「声出しちゃ、意味ねえだろうが」
続いて、複数のゴブリンがユウキを囲みそのまま突撃してくるが、ユウキは近くの死体を踏み台にして飛び上がり回避する。空中でユウキは一瞬、顔をしかめた。
「ちっ…」
ゴブリン達はそのままお互いを剣で貫き絶命してしまう。
「ウググ…!?」
しばらく経ち、そこに存在していたのは一匹のゴブリンと一人の少年だけだった。
——やばい。こいつは手を出してはいけないものだ。自分たちを殺している間、この男は常に無表情だった。自分達などなんとも思わない。そこら辺の虫と同じようなものだとしか思ってないのだろう。こいつは手を出してはいけないものだったんだ。
最後のゴブリンはそう悟るが、もう遅い。ユウキはゆっくりとゴブリンに近づき、死を告げる。
「じゃあな」
命あるゴブリンはもう、一匹も残っていなかった。
「うえええええん!!!ユウキいいい!!!助けてくれてありがとうございますううう!!」
"魔物の行進"を壊滅させ、ルノアのところに戻るなり、彼女はユウキに泣きついた。
彼女がピンチになったのは、ユウキのせいなのだがすっかり忘れている。
「そうだな。今度から気を付けるように」
気を付けるも何も、ルノアが命の危機にあったのはユウキのせいである。一番の原因は自分自身だとしっかり自覚していながらユウキは悪びれずに言っている。もうなんか…マジ、ユウキさん。パねぇす。その一言に尽きる。
「お、おい…」
ルノアはいまだにユウキに泣きついていた。よほど、怖かったのだろう。困惑していたユウキだがしばらくし、そっとルノアの頭をなでてやる。少しは思うところがあるのだろう。しばらくの間、ユウキはそのまま頭をなでていた。が、いつまでたってもルノアは泣き止まない。
「しつこい」
イラついたのでユウキはルノアの頭に拳骨を食らわせ、強制的に引き剥がす。
「痛い!何するんですか!」
「うるさい。お前の鼻水が服についたんだ。汚い」
「うう…。あ、そうだ。ユウキ!どこか怪我はありませんか?治療しますよ」
ルノアが思い出したように言う。
「大丈夫だ。一回も攻撃を当てられてないからな。それより先へ… って、もう陽も沈みかけてる。これ以上進むのは無理だな」
「そうですね…でも、食事はどうします?さすがに魔物の死体なんて御免ですよ」
「そりゃそうだな…これ」
ユウキは服のポケットから何か取り出し、ルノアに放る。
「これは?」
「乾パンだ。実はロリアムがこっそり渡してくれた。ついでにライター。おそらく、万が一のことを考えて渡して来たんだろう」
ルノアは驚いた。ロリアムがユウキに非常時に備えていたことではない。ユウキがあの戦いの中、乾パンを潰すことなく戦っていたことに対してだ。
あれだけ激しい動きをしていたのにも関わらず、乾パンは潰れるどころかヒビ一つない。つまり、それは激しい戦闘の中、乾パンを気にするくらいの余裕を持っていたということ。その事実に気づき、ルノアは思わず苦笑いする。
「ユウキは強いですね」
「あ?」
「あの戦いの中、乾パンをつぶすことなく戦っていた。相当、激しく動いていたように見えるのですが。それは乾パンのことを気にするほどの余裕を持ち合わせていたということでしょう?」
「強化魔法の効果もあんじゃねえの?俺がそこまで気を回せる程余裕を持っていたとでも?」
ユウキが真顔で言う。だが、本気でそう思って言っているように思えない。この男、とぼけて言ってるな。ルノアはそう思い、再度、苦笑いする。
「いやいや、最後の方は強化魔法かかってなかったでしょう?…途中で効果切れてましたよね?丁度、ゴブリンを踏み台にして飛び上がったときに。しかし、あなたはその後も何事もないように戦っていました。強化魔法がなくともあなたは攻撃手段があれば勝てた。もしかすると、武器がなくとも時間さえかければ全て倒すこともできたはず。あなたは強いです」
ルノアの言葉にユウキは肩をすくめる。
「まあ、荒事には慣れてるからな。中一の時絶対に絡んではいけないあの人と呼ばれたり、松岡ユウキと関わる人間にも手を出すな。命が惜しくば。なんてヤンキーの間で言われてたらしいからな。」
「あなた、何したんですか!?」
「聞きたいか?」
ユウキがにやりと笑う。完全に悪人顔だ。
「いや、いいです。なんか怖そうです。世の中には知らないことの方がいいものもあるんです」
「はは、そうだな。あのゴブリンたちは楽勝だった。ヤクザを相手にした時よりよっぽど楽だった」
「どういう状況!?」
ちなみに、そのヤクザさんは幹部レベルの男で、後日その組長がユウキのもとにやってきたが、ユウキにフルボッコにされ、なんやかんやあって、とあるヤクザの組を壊滅させちゃったのだが、それは別の話である。
ユウキが大抵、荒事に関わるのはミナに手を出そうとする不届き者がいるときであるがそれも別の話である。ついでにユウキが引きこもりになったとき、壊滅させられたヤクザの組の残党ががここぞとばかりにユウキに復讐しようとたくらんだが、あとが怖くてやっぱり止めたというのも別の話である。ルノアはユウキの武勇伝に苦笑いし、話をやらかしてしまった部下のことに話を戻す。
「はぁ…万が一の状況を作り出したのはロリアム自身なんですよねえ…」
「そうだな…。ものすごい痛恨のミスだったな」
「ホントですね…しかし、いったいいつの間にそんなものを?」
「ミナがこの世界にいるって暴露したろ?そん時だ」
ユウキは落ちていた木の枝にライターで火をつける。ルノアも近くの木の枝を拾い、それを投げ入れる。
「…そういえば、今気づいたんですが私と目の色、同じ赤色ですね」
しばらくして、ルノアが今気づいたかのように言う。
「そうだな」
「ほんとだ!同じ!これは運命?とかなって私に惚れちゃだめですよ~。ユ・ウ・キ?」
ルノアがウインクする。
「あほか。気づいていたが、癪に障るからあえてなんも言わなかったんだ」
「ひど‼確かに冗談で言いましたが、女子に対して失礼です」
「全国の女子に謝ってこい」
「どういう意味ですか!」
ルノアがグルルと犬のように唸り、ユウキはそれを見て嘲笑の笑みを浮かべる。
「うう。これ以上は不毛です。話は戻りますが…日本人で赤い目をしているなんて珍しいですね」
「ああ、母親が外人だったらしくてな。その遺伝で目が赤いんだろう」
ユウキが乾パンを食べながら言う。
「その悪い目つきと目元の隈もですか?何か、あなたを見てたら殺し屋を連想するんですが」
「フ。これは父さんからの遺伝だ」
何故か誇らしそうな表情をするユウキを見てルノアは若干、ひき気味の表情をする。ユウキはそれには気付いていないかのように、ルノアに聞く。
「そういえば、これから行く町はどんな場所なんだ?」
「ええと、確か…スタテリアという町ですね。始まりの町と呼ばれています」
「おお、異世界って感じだな!」
「そうですね。冒険者登録をすればステータスも上がるのでユウキも強くなれます」
「そうか。冒険者か。ギルドもあるんだよな…楽しみだなー!」
子供のようにはしゃぐユウキを見てルノアは少し驚いていた。しばらくして、ユウキは立ち上がる。
「もうそろそろ寝るか。しかし…寝ている最中に魔物に襲われはしねえか?」
「大丈夫ですよ。魔物は基本夜に活動しないので。人間と同じです。中にはあなたのような昼夜逆転の魔物もいますが」
ユウキは無言でルノアの腹に拳を食らわせる。ルノアが痛さに悶絶する。ユウキはルノアが悶絶している間、無表情でその様子を見降ろしていた。
「そんなに心配なら結界を張りますよ」
涙目で腹を抑えるルノアが言う。
「ああ、頼んだ」
ルノアはブツブツと何か唱える。すると、ルノアを中心として魔法陣が浮き、広がっていく。ユウキが上を向くと大きなドーム状の光が辺りを包んでいた。
「これで良し!」
「ああ、サンキュ」
「ユウキ。私がとてもかわいい女の子だからって襲わないでくださいよ?」
「…………………」
「寝込みを襲うなんて駄目ですからね?」
「…………………」
「ちょ、何か言ってくださいよ!…やめてくださいよ!その目!めちゃくちゃ怖いです!」
ユウキは無表情の顔で、しかし、目はゴミを見るようにしてルノアを軽蔑する。
「そんなに俺に襲われるのが怖いなら解決策がある」
「え?」
「ここでお別れすればいい。じゃ、達者で」
「ま、待ってください‼すみませんでした!私が悪かったです‼」
ルノアが慌て、ユウキに泣きつく。ユウキはため息をついた。
「はあ、そもそもお前みたいなペッタンコ女をなぜ襲わないけない。ミナならまだしも」
「なんか、罵倒されつつ惚気られてるんですが!?ひどすぎないですか」
「うっせ。俺はあっちで寝るから」
「わかりました。…はあ、地面で寝るの嫌だなあ」
「上着を枕代わりにして寝ろ。じゃあな」
そう言い、ユウキはさっさと歩きだす。草むらの辺りまで来ると、横になる。完全に無防備だ。以前のユウキなら警戒しただろう。ルノアが結界を張ったとしても、見張りをした。
そもそも、ルノアがいなければユウキは休みを取らなかった。そのまま、徹夜で町まで行こうとしただろう。そうしなかったのはルノアのことを考えてだ。たった14歳の女の子が休息もなしに進むことは不可能だ。
「…何してんだか…。まだ会って間もない奴にどうしてここまでしてんだ…?引きこもりすぎて、鈍ったか」
ユウキは自嘲気味に笑う。もともと、ユウキは冷たい人間だと自分でも思っていた。ミナとユウイチ以外の人間は基本どうでもいいと考えていた。他人のことなど顧みないことが多い。だが、ユウイチの死により精神的に弱った。他人を気にした。関わることを恐れた。自分の大切な人が増えても、いなくなったら?恐れた。逃げた。
しかし、ミナのおかげで立ち上がることができ、ルノアのおかげで後悔の象徴である自分の髪をさらすことが出来た。本来の自分に戻ることが出来たのだ。心のどこかでルノアを仲間と認めているのだ。いつも当たりがきついが。ユウキはしばらく、じっと夜空を眺めていたが、やがて目を閉じた。だが、ユウキは知らなかった。ルノアを信用し、見張りをしなかったために自分を苦しめることになるとは。
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「フフフ。あれがユウキ君ですね」
灰色の目をした男がつぶやく。男が見ているのはユウキ達がいる方向だ。しかし、あまりに離れているため、目視することはできないはずだ。
「お、おい。何が目的だ」
灰色の目の男が振り向く。二人の男女が蛇のような魔物に縛られている。もちろん、彼の仕業だ。彼は縛られている男を無視し呪文を唱える。すると、魔法陣が現れる。異様な魔法陣だった。その魔法陣からは異様なうめき声が聞こえ、おびただしい数の手が出現していた。まるで触手だ。男は呪文を唱え終わると縛られた男女の方を向く。
「さて、そこの男性の方」
「な、なんだ?」
呼ばれた男がびくりとするも、何とか返事をする。
「彼女が大事ですか?」
「ああ、もちろんだ」
「そうですか。ではもう一つ。生き残りたいですか」
「当たり前だ」
それを聞いた灰色の目をした男はにやりと笑い指を鳴らす。すると、男を縛っていた蛇が、拘束を緩め、男の上半身を自由にした。縛られていた男は驚愕の表情をする。
カラン。解放された男は自分の側から物音がしたのを耳にし、地面を見る。先程まではなかったであろうナイフが落ちているのを目にする。
「殺しなさい」
冷酷に灰色の目の男は言う。
「そのナイフで彼女を殺しなさい。そうすれば、あなたを助けてあげましょう」
「ば、馬鹿じゃないの!?彼がそんなことをするわけないでしょう!私たちは愛し合ってるの!」
先程まで黙っていた女が慌てたように言う。しかし、ナイフを渡された男は。
「ほ、本当に助けてくれるんだな?」
「ゲ、ゲイブ?」
血走った目で聞く。灰色の目の男はその問いに満足そうにして、頷いた。
「ええ、そうです。その手で大切な女性を殺せば助けてあげましょう」
「わかった。…わりいな。ケリー。死んでくれ」
男は女へとナイフを向ける。その目に写っていたのは保身、という二文字のみ。
「ちょ、何で!?ゲイブ!?どうし——」
最後まで言うことはできなかった。男はその手で自分が生き残るために彼女を殺したのだから。
「はあ…はあ…。約束通り、これでお——」
彼もまた最後まで言うことはできなかった。蛇の魔物が彼の首を食いちぎる。
「え?何ですか!?聞こえませんよ?死んだから当然ですが」
灰色の目の男は平然と言う。二人を殺したことに何の感情も抱いていない様子だった。彼が指を鳴らすと、蛇の魔物が死んだ男女の遺体を魔法陣に投げ入れた。二人の遺体は魔法陣の中に吸い込まれていく。
「ああ…ああ…‼いいですね!表は他人を守るといわんばかりの滑稽な顔を晒しながら、結局は最後、自分が生き残るために何でもする醜い本性を露わにした裏の顔!!最高です‼」
そう叫びながら狂気の笑みを浮かべる。だが、すぐにその表情を消す。
「出でよ。表裏の残骸よ」
魔法陣から何かの生物を形どったような影が浮かび上がる。
「行け」
短くそう言うとそれはものすごいスピードでユウキ達がいる方向へと飛んでいく。やがて結界へたどり着き、難なく結界をすり抜けた。そして、ユウキの目の前にまで接近すると謎の影は手のようなものへと形を変え、ユウキの顔を触れる。
ユウキの頬から一筋の血が流れる。ユウキは眠ったままだ。全く気付いていない。その得体の知れない何かはユウキの血に吸い込まれるようにして消えた。それと同時に、流れていた血も消える。
「ふふふ。どうやら終わったようですね」
しばらくし、先程の男がつぶやく。まるで、ユウキに起こった光景が見えているかのようだ。
「さて、後は彼次第ですかね。まあ、例えどうなろうと問題はないのですが」
男は淡々と言う。
「ついにだ。ついに始まるのです。長き時にわたってこの世界を支配してきた魔王どもは我らの手によって滅びるのです!!!!」
男は狂気の笑みで言う。
「フ、フフ…ヒャハハハ。ヒャハハハッハハハ!!!!!!」
男の狂ったような笑いが響いたが、それを聞く者は誰もいなかった。
今回のお話は少し長めになっちゃいました…




