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5話 止まっていた時は今、動き出す。


「マジかよ…」


 ルノアは地面に這いつくばり絶望していた。彼女は部下のミスにより異世界の転送に巻き込まれた。自力で元の世界に戻る方法など知らない。戻ることはできないのだ。


(…いやー滑稽だな。この生意気な女が地面に這いつくばっているのを見るのは)


 ユウキはルノアの様子を見てそう思った。というか、考えていることが結構最低だ。ルノアはしばらく地面に這いつくばっていたが、気が済んだのか立ち上がる。


「ま…別にいっか」


 そして開き直る。


「帰れなくても別にいいですね。はい」


 ルノアはくるりと振り返り、ユウキに向かって言う。


「私、この世界で生きることにします」

「…思い切りよすぎだろ」

「だって~あそこにいてもどうせ仕事仕事、さらに仕事ばっかりでつまらないんですもの。私は自由に生きたいんですよ」

「家族には会いたくないのか?」

「…別にいいです。どうせ母上は私のことなんて気にしてません」

「ロリアムは?」

「彼女は母上に命じられて私といるだけです。私の世話係兼補佐役だからいるだけです。それ以上でもそれ以下でもありません。ただ、私の仕事を手伝うだけです」


 ルノアは少し寂しそうな顔をして言う。

(こいつ…こんな顔するんだな)

 ユウキは意外だと思った。さっきからふざけてばかりいるが、こんな顔もするのか。そして、ユウキは重ねてしまった。母親に捨てられた自分を。


「…誰にも相手にされないのはつらいもんだ」

「え?」

「お前の気持ちにつらかったな、などと安易な言葉をかけるつもりはない。…だが、これだけは言おう。よく耐えたな。ここまでよく孤独に耐え頑張ったな」


 ユウキは優しく微笑む。ルノアは驚きの表情を浮かべた。彼が自分にこんな言葉をかけるなんて。ただ口が悪い年上の男だと思っていたが、優しいところもあるんだ。そう思う。目元が熱くなるのを感じ、ルノアは笑ってごまかす。


「何ですか。私を誘惑してるんですか?口説こうとしてるんですか?異世界だから美少女を侍らせようとか思ってるんですか?」

「馬鹿か。お前を侍らせることに何の意味がある。俺はロリコンじゃないんだ。ぺったんこ」

「ぺったんこ言うな!あとロリも!顔はそれほど童顔じゃないでしょうが!」

「へいへい」

「くー‼」


 ルノアはしばらく顔を真っ赤にして怒っていたが一息つくと笑顔で言う。


「では…これからお願いしますね。ユウキ。一緒に頑張りましょうね」

「何言ってんだ?」

「へ?」


 ルノアの表情が凍り付く。


「お前を連れて行く気なんてねえよ。面倒くさい。わざわざ、他人の面倒を見るほど俺は優しくない」

「そんな!いいじゃないですか‼私とユウキの仲じゃないですかぁ‼」


 ルノアはユウキに泣きつく。その様子にユウキは顔をしかめ、掴みかかってくるルノアを引きはがす。


「お願いしますよ!一人とか無理無理!魔物に襲われて死んじゃいます。ここ天界じゃないから!」

「おう、そうか。じゃ、一人で頑張れ!」

「鬼畜!何明るい顔で言ってるんですか!…ああ!そうだ!私の方がこの世界については詳しいので役に立ちますよ!多分!」


 しばらく掴みかかってくるルノアの相手をしてたユウキだが、やがてため息をついて言う。


「…まあ、これも何かの縁と思うことにしよう。いいだろう。ついてこい。ただし面倒は起こすな。俺は面倒事に関わらない主義なんだ」

「あ、ありがとうございます!ユウキ!」


 ルノアが子供のように喜ぶ。そして、ユウキに向かって手を差し出す。


「…これから…よろしくお願いしますね。ユウキ」

「ああ。…よろしく頼む。…ルノア」


 ユウキはその手を掴む。


「そういえば…私、今までユウキがフードを脱いだ姿を見たことがないんですけど」

「え?」

「見せてください。なんか見てみたいです。天界でもずっとフード被ってましたし」

「いや…これは…」


——まだ…立ち上がれない?——

 不意に思い出す。親友の墓参り前日にミナが言った言葉を。

(そうだ。俺は決めたはずだ。もう…乗り越えるって。俺は乗り越えなければならない。自分の過去を)


 ユウキは一息つく。そして、ゆっくりと手をフードに伸ばし脱ぐ。苦悩で白髪になった自らの後悔の象徴をさらした。この瞬間、止まっていた時間が動き出した。乗り越える。自らの過去を。他者が自分にとって大事な人となり、失うのを恐れるあまり人と関わることを避けていた少年の時が動き出す。少年は変わろうと決意する。もう、失わないために。もう、いないのだ。過去におびえていた少年は。


「…素敵なお顔ですね」

「え?」

「今まで…どこか暗い表情をしていたのに今はきれいさっぱり…どこか振り切ったって顔をしています」


 ルノアはそう言い微笑む。その表情はとても優しいものだった。その表情を見てユウキは笑顔を浮かべる。


「まあな。なんか…いろいろ吹っ切れた感じだよ」

「そうですか」


(また…俺は絶望しそうになるのかもしれない。失いそうになるのかもしれない。だけど…俺はもう二度と屈しない。もう、失わない。失わせない。必ず…守って見せる。だから…)


「待ってててくれ、ミナ」


 ユウキは新たな誓いを胸にこの世界のどこかにいる愛しい人の名をつぶやいた。




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