25話 いつか、もう一度
血が地面に零れ落ちる。その体が血に染まる。
「…がはっ…!」
——ウィーブスの腹部が血に染まっていた。ユウキが後ろに飛び下がる。
「どう…いう…ことだ…」
「おいおい、ウィーブス。俺が攻撃手段を失った時のための備えをしてないとでも?」
ユウキの左手には一丁の拳銃が握られていた。
「卑怯な人間のことだぜ?敵を出し抜こうとあらゆる手段を考えているに決まってんだろうが」
ユウキが小馬鹿にしたような表情を浮かべる。
「…ユウキー。完全に悪人顔だよー」
崖の上でミナが言う。言葉とは逆に安堵したような表情を浮かべている。
「…感謝するぜ。キース」
ユウキがふっと笑い、つぶやく。
——おい、ユウキ!戦闘訓練だ!パーティー登録が完了するまでの間、お前を鍛えてやる!
——は?やだよ。面倒事はお断りだぞ
——え……でも……あ!そうだ!お前の彼女!この先、何があるかわからんしな!守るためにも力が必要になることもあるかもしれんぞ?
——……そう言われると一理あるが……
——だろ?
——だが、条件を付けさせてもらう。俺の武器を作れ。一つは刀。もう一つは拳銃だ。
——は?拳銃?
——そうだ……知らないか?
——いや、知ってる。でもな……銃自体、珍しい武器だしその上、もっと珍しい拳銃?さすがにそれを作るのはちょっときび——
——作れ。いいな
——……ええ……マジかよ……
——で、例のやつは?
——ほ、ほら。出来たぞ!
——弾は一発しか入ってないようだが?
——時間がなかったからな。大目に見ろ。だから、とりあえずはここぞというとき以外には使うな。いいな?
ユウキは拳銃を眺める。
「最高の武器だったぞ。キース」
ユウキはそうつぶやき、拳銃をポケットにしまう。
「……おのれえ」
ウィーブスがうめく。いつの間にか再生して、傷も癒えていた。
(……さて。次こそ本当に最後だ。これで駄目ならもう打つ手がない)
ユウキは静かに目を閉じる。
(ミナのおかげで外部のマナを感じ取ることが出来た。なら、それを思い出して奴のマナを感じ取れ)
ユウキは集中する。
(わずかなマナの集まり。村人やミナのもの。違う。もっと大きなもの。……これは大きい。
だけど、違う。これはウィーブスだ…もっと深く感じ取れ)
しばらくし、突如ユウキは見えない誰かに見られているような感覚を覚える。
(……これだ‼)
ユウキはゆっくりと目を開け、その手をウィーブスに向けてかざす。ウィーブスが呻きながらもこちらに突進しようとしている。
「……これにマナをすべてつぎ込む。これが最後だ。”雷炎”‼」
稲妻がほとばしり、ウィーブスを襲う。だが、ウィーブスはその場にしっかりと立っていた。
「……無駄だ。人間」
だが、ユウキは憮然とした表情をウィーブスに向ける。
「……ウィーブス。教えてやるよ。最初に出てくる魔王の幹部はな…一番弱いんだぜ?」
「ほざけえぇぇぇぇ‼」
ウィーブスが怒りに燃える。その時。地面が大きく揺れる。
「……チェックメイトだ」
ユウキがパチンと指を鳴らす。怒ったウィーブスが突進してくる。すると、地面がぱっくりと割れ、そこから何かが這い出して来る。タロスだ。いきなり地面から這い出してきた衝撃でウィーブスは真上に飛び、宙を舞う。ウィーブスが真下を見るとタロスが大きな口を開け、ウィーブスを待ち構えていた。
「…な…!」
ウィーブスは体を動かそうとするが、動かない。おそらく先程の衝撃が原因だろう。
(クソ…!…俺はこんな所で死ぬのか…!?)
——クソ!…魔王になれば、俺を馬鹿にする奴ら、全員…殺してやれるのに!
(…走馬灯ってやつか…?最悪だ…まだ魔王になってねえのに。あの人間を殺してねえんだぞ!キースの野郎をこの手で!殺してないんだぞ!なのにこのまま終わっちまうっていうのかよ!)
「…何故だ!」
(クソ、クソ、クソぉ!何故だ何故!どうしてこうなる!どうして!)
——私とお前は一緒じゃない。お前のようなゴミと一緒にされるなど反吐が出る
(あの気に食わない魔族、ハーテッドも!気に食わないやつらを殺せてねえのに!)
——あ?俺とお前の何が違う?人間を殺す望みは一緒だろうが
——おめでたい奴だ。本気で隠せてると思ってんならな。あの純粋な魔王、キース様は騙せても私は騙せん
——ああ?意味わかんねえよ
——少なくとも、私とお前の決定的な違いは…人間の醜さをこの目で見たかどうかだ。
(どいつもこいつも馬鹿にしやがって!お前らなんか俺が魔王にさえなれば…魔王にさえ…!)
——ならば、私はお前を守る王となろう
(…あ…)
——お前が私に忠誠を誓い続けるなら私はその忠誠に報いよう。だから、強くなれ。ウィーブス。この魔皇族キースを守ってくれ。魔族が心の底から笑える日が来るまで
(どうして…俺は自分が魔王になろうなんて考えたんだ…。ずっとあの人は俺を信じてくれたのに。どうして、俺はそんな恩知らずだったんだろう。許されるなら、いつか…)
「…いつか…もう一度、あなた様にお仕えしたい。キース様。この愚かな魔族をお許しください。あの約束、今度こそは守りますから…!」
ウィーブスから一筋の涙が流れる。そして、タロスに飲み込まれる。
「…哀れだな。ウィーブス。人間を憎悪すると謳いながら何よりお前が一番人間らしかったのだから」
ユウキはそうつぶやく。
「…さて。ここからが一番の問題だ」
タロスが雄叫びを上げ、ユウキを見下す。
「ユウキ!逃げて!」
ミナが叫ぶ。だが、ユウキはじっとタロスを睨みながら一歩も動こうとしない。タロスがユウキに襲い掛ろうとする。
「ユウキ!」
タロスがユウキを喰らおうと目と鼻の先まで近づき、喰らおうとする。
「動くな。誰の許可を得て我が友人を食そうとしている」
その時、知った声が聞こえてくる。途端にタロスの動きが止まる。ユウキは見上げる。そこには宙に浮いたキースがいた。
「それは我が友人だ。手を出すな。この世界は魔王に支配されている。それは理。それに逆らうつもりか?崖の底の主よ」
タロスが咆哮する。
「それがお前の答えか?崖の底の主?」
キースが睨みつけるとタロスは怯えたように動きが止まる。ユウキはぞくりとする。自分が狙われているわけではない。だが、この場には恐怖とでもいうべき空気が漂っていた。
「…去れ」
キースが言う。しかし、タロスは動こうとしない。
「去れ!」
キースがもう一度言うと、タロスは地面へと潜っていった。キースはしばらくタロスが潜っていった地面を睨みつけていたが、一瞬だけ寂しそうな顔をする。
「…ウィーブス。達者でな。今度会うときは、何のしがらみもない世界で会おう」
そして、キースは下降し地面に足をつけ、ユウキに視線を向ける。先程のような恐ろしさはもうない。
「…おせぇよ」
「これでも、めっちゃ急いだんだぜ?日が昇ると同時にここまでマッハで降りてきたんだぞ?」
「…ふん」
ユウキは先程のミナとの会話を思い出す。
——どうやってあいつを…?
——もうすでに手は考えた。マナをできる限り使いウィーブスにダメージを与え、タロスを目覚めさせ、あいつを喰わせる。腹の中なら、いずれ胃液に溶かされ死ぬだろう…問題はその後だがな
——…え!?でも、それは…!
——ああ。俺にしては珍しく、運頼みだ。それとも、他の作戦でも考えるか?
——…ううん。これ以上の策はないよ。私はユウキを信じるよ
——そうか。なら、頼んだ!
(…で、何とかキースが間に合えば、キースに任せるっていう完全な運任せだったが…まさかただの威圧でタロスを撃退するとはな…)
「…助かった」
ユウキが言う。キースは驚いた顔をするがやがて微笑みを見せる。
「…ああ」
「ユウキー!」
ミナが崖から飛び降りてくるのが目に入る。ユウキはミナをお姫様抱っこするようにしてキャッチする。
「…ふへ…!一度、ユウキにこれ、されてみたかったの…!」
ミナがユウキの腕の中でしまらない表情を浮かべる。
「…お前なあ」
ユウキは呆れながらミナを地面に降ろす。
「…その子がミナ?」
キースが聞く。
「ああ。そうだ。ミナ、こいつがキース」
ミナがぺこりとお辞儀をする。
「初めまして。ミナです。先程はユウキや村のみんなを助けていただきありがとうございます」
「いいよ。そんな堅苦しくなくて。これからよろしく」
「…そういえば、ルノアは?」
ユウキが聞く。
「…あ、やべ。忘れてた」
キースがしまったという顔をする。その時。
「いやああああああ!加速魔法使い過ぎましたああ!無理無理!死んじゃいますうう」
見上げると、燃えるような赤い髪色の少女が落ちてくる。ルノアだ。
「落ちる!落ちる!おち——」
ユウキがルノアをキャッチする。
「…あ、ユウキ…」
そして、無言で手を放す。ルノアが盛大にしりもちをつく。
「いったあ!何するんですか!」
「…いや、お前を一秒でも長くお姫様抱っこするなんて御免だからな。だから、落とした」
「相変わらずの鬼畜ですね…あ、キース!騙しましたね!後で回収しに行くから加速魔法で速度上げて落ちてこいって言ってたくせに、あなたを見るより先に地面とご対面だったじゃないですか!」
ルノアがわめく。キースは苦笑する。
「悪かったよ」
「悪かったよ、じゃないです!下手すれば、私、死んでまた天界に行く羽目になって——」
「…あのールノアさん?私、ミナですけど…先日電話した。覚えてますか?」
ルノアがハッとなり自分をフォローしてくれる女神的存在!とでも言いそうに顔を明るくして、ミナの方を振り向く。が、次の瞬間。一気に敵意を含んだ眼をする。
「…ユウキ。この女を仲間にするんですか?」
一気に声のトーンが落ちる。
「…?…そうだが?」
「私は反対ですよ!こんな…こんな…無駄にでかい胸の女なんて!」
ルノアが嫉妬に狂う。そして、そういえば、確かこんな巨乳の女、天界で見たなあー何で忘れてたんだろうと天を仰ぎながらつぶやく。
「…えーと…大丈夫だよ?ルノアちゃんもきっと成長するよ?」
ミナが慰めるように言う。ちゃん呼ばわりに変わったのは無意識的に子ども扱いになってるからだろう。
「うううう!お兄ちゃん、どいて!そいつ殺せない!」
「いつから俺はお前の兄になったんだよ」
喚くルノアにユウキが拳骨を喰らわす。
「…くううううう…!」
ルノアが頭を押さえる。それを見てミナが心配そうに言う。
「…えっと…大丈夫?…ルノアちゃん…?」
「…ルノアでいいです」
「え?」
「…だから!呼び捨てでいいって言ってるんです!私はあなたの下ではないんですから。あなたと対等ですから!なので私もあなたを呼び捨てにします!ミナ!巨乳だからって調子に乗らないでくださいよ!」
ルノアがびしっと指をミナに突きつける。
(どれだけコンプレックスなんだよ…)
ユウキは心の中で呆れる。
「…ちなみにどれくらいのサイズですか?」
ルノアがボソッとつぶやいた。聞かなかったことにしよう。
「…ったく。どいつもこいつも…」
ユウキはため息をつく。
「主ら」
振り向くといつのまにかアルマが立っていた。
「…村に害する魔族も倒したことじゃ。どうじゃミナの送別も兼ねて共に祝杯を上げんか?」
「それはいいな。じゃ、さっそ…く…」
ユウキは最後まで言うことなく、その場に倒れ込んでしまう。
「ユウキ!」
キースがユウキの額に手を当てる。
「…異常なほどの熱。おそらく”成長期”だろう」
「は?成長期?そんなもんとっくに終わってるでしょう」
ルノアが怪訝な顔をする。
「違う。そっちの成長期じゃない」
「わかった!ユウキのあれが成長するんだね!あわわ…!大丈夫私はどれだけ大きくても受け入れられる!」
ミナが顔を紅潮させながら言う。視線はユウキの下半身に向いていた。隣でルノアが何言ってんのこの人、と言いたげな顔でミナを見る。たぶん、卑猥なこと考えてます。
「…話、戻すぞ?俺の言う成長期っていうのは自分より強大な敵と戦った後、ステータスが著しく上がり、それに適応するため、一時的に倒れてしまう現象のことだ」
「…なるほど」
ミナが少し残念そうな顔をする。何でだよ。
「…とにかく、運ぶぞ」




