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1話 本当は分かってる


——どうして、母さんは俺と父さんを捨てて行ってしまったんだ?

——きっと理由があるんだよ。大丈夫、父さんはお前の側にいてやる。お前を一人にしない。だから、心配することは無い。

 

——いなくならないって約束したのに。どうして、俺を置いて行ってしまうんだ……

 

——ふん! 誰が、お前のような子を育てるっていうんだい。バカ息子がどこぞの知れない女と作った子を引き取るなんてまっぴらごめんだね‼

——大丈夫。兄さんの代わりに私があなたを守ってあげる。心配しないで。

 

——大丈夫だよ。少し、疲れているだけ。ああ、おばあちゃん達? みんな、まだ動揺してるだけ。あなたを嫌ってるわけじゃないよ。

 

——遅かったね。……もしかして、俺のために無理してるの?

 

——どうして、逝ってしまうんだよ? 全部、俺が悪いのか?

 

——本当、お前はとんだ疫病神だね‼ 二度と私らの目の前に現れるな‼

 

——どうして、みんないなくなるんだ? ……俺が悪いっていうのか……?

 

——全てお前が悪い! お前は薄情な友人だなあ‼ お前のせいであいつは死んだんだよ‼

 

——一人にしないでくれよ……。孤独にしないでくれ……。

 

——あなたが好きです。いつも私を守ってくれたあなたが。私はいつもあなたを想っているよ。あなたの側にいる。孤独じゃない。だから……関わることを……恐れないで。



 ……夢を見ていた。昔の夢だ。懐かしいようにも感じられ、つい最近のことのようにも思えた。ユウキは目を覚まし、壁掛け時計を見る。そろそろ行かないと学校に遅刻する。そう思う。

 そして——二度寝する。


 昼過ぎになり、ユウキはようやく起きると一階のリビングへ降り、昼食を取った。その後、再び自室へ戻りベッドで寝転がり、ゲーム。ただただ怠惰に過ごす。怠惰だった。それでも彼にとって、この時間は至福の時なのだ。しかし、始まりがあるように、何事にも終わりはある。彼の至福の時間はすぐに終わる。


(そろそろ飯食うか)


 辺りも暗くなり、ユウキは夕食を取ろうと、身体を起こす。その時。


「ユウキ、たっだいまー!」


 一人の少女が少年の部屋に入ってきた。そして彼は悟る。至福の時間は終わったのだと。


「ミナ、ここは俺の家だ。お前の家は隣だろう。ここは断じて、お前の家ではない」


 ユウキは呆れながら自分の家に来た幼馴染のミナにそう告げる。艶がかった黒髪。どこかあどけなさを感じさせる色白とした顔立ち。スタイルも非の打ち所がなく、同年代の異性は彼女を見れば、みな振り返るだろう。


「大丈夫! 結婚したら、私たちの家になるよ!」


「お前は何を言っているんだ……」


 無邪気に言うミナにユウキはさらに呆れる。ミナは制服だった。学校から家に帰らず、そのままこの家に来たのだろう。対するユウキの服装はもうすぐ夏だというのに長袖のパーカを着ている上に、部屋の中

にも関わらずフードを被っていた。


(しかし……いつ見ても大きいな。このくらいの大きさはラノベやアニメだけかと思っていたが、現実にいるもんなんだなあ……。ていうか、どうやったらこんな大きさになるんだ? 不思議なもんだな……)


 ユウキはちらりとミナの豊かな胸を見て、そんな感想を抱いた。おそらくユウキだけでなく他の男たちも同じような行動をとるだろう。そのくらいミナはスタイルが良い。おまけに美少女だ。

 ユウキは彼女にばれないよう、すぐに視線を逸らす。


「あれ、ユウキどうしたの? 私の胸なんか見て」


 ……世の女性とは鋭いものだ。男はバレないように女性の胸を見ているつもりだが、結構バレているものである。


(……なぜ、バレた!)


 ユウキは心の中で叫びつつもポーカーフェイスで反撃を試みる。


「……見てないぞ」

「いやいや、バレバレだよ~。男子はバレてないって思っているかもしれないけど、女子は結構そういうのに鋭いんだよ?」


(くそ! いっそ殺せ!)


 ユウキは女騎士のようなセリフを心の中で叫び、悶え苦しむが、ただただ虚しい叫びになるだけであった。


「別に触ってもいいよ? ……あ、もしかして、ユウキはそれだけじゃ不満? 溜まってるの? 下の処理も手伝おうか?」

「やめろ! そういう品のないことを言うな! そして、脱ぎだそうとするのをやめろ!」


 ミナの爆弾発言にユウキは思わず叫ぶ。


(清楚そうな顔の美少女からこんな下ネタ全開のセリフが出ちゃ駄目だろ!)


「なるほど……これだけじゃ物足りないか……。よし、わかった! ユウキは本番を望んでるのね!」

「違う!」


(ぜんぜんわかってねぇ!)


「大丈夫! ブツはこの部屋にあるから。安心して!」

「安心できねえよ! というか、なんでブツがこの部屋にあること知ってんだよ!」


 ユウキはさらに叫ぶ。だが、これは失言だった。


「え?」

「……ん?」


 ミナが驚いた表情になるが、すぐにニヤついた表情になる。


「私が言ったブツというのは前にこの家に来た時にこっそり隠したものなんだけど……ユウキもちゃんと用意してたんだね~」


(ちくしょおおおおおおおお‼)


 ユウキは最大の口撃を食らった。


「ち……違うんだ……出来心だったんだ……」


 ユウキは崩れ落ち、床に手をついてぶつぶつと言い訳を口にする。もはや哀れだ。そんなユウキに何を思ったか、ミナは屈みこみ、ユウキの肩にポンと手を置く。そして、訝しげな表情でミナの方に顔を上げ

たユウキに向かって


「仕方ないなあ。そんなに文句があるならもうさ、直接ナ——」

「もう、お前黙れ!」


 笑顔でサムズアップして爆弾発言を発しようとする。


(これ以上、こいつがしゃべったら18禁のジャンルになりかねん!)


「……大体、毎度毎度、簡単に男の家に来るもんじゃないぞ。襲われたらどうすんだ? 俺だって男なんだからな」

「この家に来るのは幼馴染の特権だね。襲われるのはむしろ大歓迎! というか、そろそろこっちが襲って、既成事実を作るのもありかなって考えてたよ!」

「頼む。これ以上はやめてくれ……」


 ユウキは頭を抱えて懇願した。その様子を見てミナはケラケラと大笑いする。ひとしきり笑った後、立ち上がって、伸びをする。ナニとは言わないが、ナニが目立っている光景だった。


「ご飯、まだでしょ。カレーでも作ろっか?」

「……ああ、いつも悪いな」

「感謝してよね。学年一の美少女の手料理を食べれる男なんてユウキだけなんだからね」


 ミナが冗談っぽく言う。


「そりゃ、有難いな」

「そして……身体も……ね?」

「だから、やめろ! そして、頬を染めるな!」


(全く……もう少し品のある言動をしてもらいたい。……まあ、そういうところも可愛いのだが)


 ミナはいたずらっぽく笑い、部屋を出ていく。ユウキはその後姿を見てかすかにほほえむ。しかし、ミ

ナがドアを閉めるとすぐに暗い表情を浮かべる。


「あの日から……ずっと……一緒にいてくれる。俺なんかのために。なのに俺は……俺は……!」

 

♦    ♦



「……うん、美味しい。さすがだな」

 ミナのカレーを一口食べ、ユウキはそう微笑む。たかが、カレー。されどカレー。作り手によってその味は変わる。よほど料理が下手でない限りまずいカレーを作ることなどないが、特別美味いカレーを作ることもできない。そういう意味ではミナのカレーの美味さは彼女の料理の腕の良さを現していた。


「本当? ありがとう! そう言われるのはうれしいもんだね~」


 ユウキの誉め言葉にミナは無邪気に笑って嬉しそうにする。


「あっ、そう言えば先生が再試験だって言ってたよ。再試験の日は忘れずに行ってよ! あ、あと一応勉強しとけよって先生が言ってた」

「……一応ね」


 ミナの伝言にユウキは失笑する。


「一応だね。だって私たち、学校では表の学年一位ミナ、裏の学年一位ユウキとまで言われてるくらいだからね。私は毎回テストで高得点は出しているもののユウキには敵わないもん。何せ、ユウキは百点以外の点数を出したことがないものね」


 ユウキとミナの通う高校は学力第一主義だ。たとえ、どれだけ学校を欠席しようが、再試験をパスすれば進級できる。

 ユウキは小中含め、今まで百点以外の点数を取ったことは一度もない。それゆえ、学力第一主義を方針とする学校の教師達は、ユウキの不登校に強く言うことはなかった。


「……何せ、中学三年の時に高校の内容、終わらせてしまったからなあ」

「……ユウキって本当に人間?」

「失礼だな、おい」


 そして他愛のない話をしながらも二人は食事を終える。


「……ユウキ」

「なんだ?」


 不意にミナは頬をつき穏やかな表情を浮かべる。よく見ると頬を染めて。


「付き合って」

「…………その話はまた今度」


 ミナのもう何度となるかわからない告白に顔を赤くしつつ答える。


「ユウキのチキン」

「……うっせ」


 顔を赤くしていたユウキを見て微笑んでいたミナだったが、急に真面目な顔をして言う。


「ねえ、ユウキ」

「なんだよ」

「フード……脱いで」

「……っ!」


 ユウキは一瞬ためらったが、すぐに言われた通りにフードを脱いだ。彼の髪の色は変わっていた。フードを被っていた時に見えていた黒い前髪。そしてフードを脱ぐことであらわになる同じような黒い後ろ髪……ではなく、白髪であった。


「まだ……立ち上がれない?」


 ミナは静かに問う。しかし、ユウキはそれには答えなかった。


「何度も言うけど……あれはユウキのせいなんかじゃない。どうしようもなかった。もう……わかってるよね?」

「わかってる。わかってるよ……だけど俺は……それでも俺は、自分のことを許せないんだ……」

「ユウキは悪くないよ。それにこんなことをあいつは、ユウイチは——ごめん。何でもない。そんなこと、一番わかってるのはユウキだよね」


 ミナは言いかけた言葉を飲み込む。しかし、ユウキはミナが何を言おうしていたかわかった。望んでいない。そう言おうとしていた。


 ユウキもわかっている。()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことくらい。


(本当はわかってる。どうしようもないって。仕方がないって。むしろ、このまま俺が塞ぎ込むことはあいつの不器用さを否定することにすらなるって……そんな今の俺の状態を、あいつが好ましく思うわけがない。ミナにも迷惑かけて……だけど……それでも俺は……俺は、自分自身を……!)


「……わかってるんだよ。……だけど、怖いんだ。また失うかもしれない。大事な人がいなくなる。そう考えただけで前へ進めない。過去を受け入れられない。この髪を誰かに見せられない。……乗り越えられないんだ」


 苦しそうに言うユウキをミナは悲しげな表情で見つめる。


「……とりあえず、明日はあいつの命日でしょ。今年も行くでしょ?」

「ああ……ミナは?」

「もちろん行くよ」


 ミナはテレビ台に置いてある写真に視線を移す。そこには三人の少年少女が笑顔で写っていた。ユウキとミナ、そして、今は亡き彼らの友人がそこにはいた。


(あいつが亡くなってからもうずいぶん経つのか……いまだに信じられないな。この時はこうなるなんて私もユウキもユウイチも……誰一人疑っていなかった。ずっと続くと思っていたのに)


 ユウキはミナが見ているものに気づき、ミナと同じように写真に目を向ける。


 

 写真の三人の笑顔が、何故か悲しげに見えた。


ここまで読んでいただき有難うございます!ユウキ達の物語を楽しんで頂けるなら幸いです!

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