18話 死して再び。
「ここは…?」
目を覚ますと知らない場所にいた。古臭そうな家だ。照明は点いていない。どこからか水が流れような音が聞こえてくる。ユウキはここがどこだか分からないが、とりあえず一言言わなければいけないことがあると思い、口を開く。
「知らない天井だ…」
「そりゃ、初めてここに来たんだろうから知ってるわけなかろうて」
声が聞こえ、ユウキはガバッと体を起こす。そこには禿げた男がいた。男はユウキが起きたのを見ると人の良さそうな笑顔を見せる。
「おお、起きたか。あんた、結構な怪我をしてたんやで。しかも崖から落ちてきて。サトミちゃんがおらんかったら今頃、生きてないで。ほれ、これあんたのやろ?」
男はそう言い、ユウキに刀を差し出す。
「どうも…」
ユウキは戸惑いながらも刀を受け取る。
「サトミって?」
「半年くらい前にあんたと同じように崖から落ちてきた子や。あん時もあんたにやったように魔法で崖から落ちるスピードを消しとったなあ。ま、あんたの命の恩人や。こん家から滝みたいなん見えるやろ?そこに進んでみればいると思うで。そろそろ、村の手伝いも終わるはずや」
「…いや、滝の水が流れる音ってのは聞こえるけど、流石に滝は見えないんだけど」
「…出てみればええ」
(敵意は無さそうだ。サトミか…。どう見ても日本人の名前だ。もしかしたらミナのことも知ってるかもしれないな。だが、それより…ここは何だ?崖の底ってのはわかるが…。落ちたことは覚えてるし。鳥の鳴き声も窓の外から聞こえてくる。しかも、この男の話だと村がある。つまり、人間がいるということだが…)
「なあ、ここは何なんだ…?村ってことはあんたとサトミって奴以外にも人がいるのか?」
ユウキは情報を得ようと男に尋ねる。
「ん?そやな。ここは”ミレウス”。かつて、恐怖の魔王から支配を逃れるために魔導士たちを中心としてここにやってきて村を作り、今現在に至る…。まあ、わしには難しいことはわからんけぇ。村長かサトミちゃんにでも聞くとええ」
(…まあ、いい。今はサトミとやらに会ってミナについての情報を確かめる方が先だ)
「ありがとうございます。とりあえず、俺は恩人のサトミさんに会ってきます」
「おお、わかった。起きたばっかや、無理はしないようにな」
「はい」
ユウキはそう言い、家の外に出る。日が沈みかけている。ユウキはどうやら夕方まで寝ていたようだ。
「俺、夕方まで寝ていたのか。というか、崖の底なのに日の光が当たってるってどういうことだ?…仮にも異世界。気にしたら負けか。現実にありそうなシステムばっか見てきたせいで忘れかけてたけど」
ユウキはそう呟き、辺りを見渡す。男が言ったように遠くに滝のようなものがあるのを確認する。ユウキはそこに向かい歩き出す。
「本当に人がいる…」
道中、ユウキは何人か村人とすれ違い、家や田んぼなどを目にする。しばらく進んだところで足を止める。
「んー!終わったー。早く戻らないと」
それは聞き覚えのある声だった。見覚えのある淡い綺麗な黒髪。ユウキは身じろぎひとつしなかった。声の主が振り返る。綺麗な黒い瞳。何度も何度も見てきた顔。何度も何度も会いたいと願い、そのために覚悟を決めた。いつだって自分のそばにいてくれた。——ユウキの目の前にいたのはミナだった。
「ユウ…キ…」
ミナがぽつりと呟く。ユウキは無意識のうちに走りだし、ミナを力強く抱きしめた。
「ミナ…!ミナ…!ミナ!会いたかった。ずっと!お前に会いたかった!」
ユウキは声が張り裂けんばかりに言った。ミナは涙を浮かべながら、けれども笑顔でユウキを抱きしめ返す。
「私も…私もだよ…!ユウキ!ずっと会いたかったよ!ずっとずっと…待ってたの!ユウキを。ありがとう…また、私を見つけてくれて…!」
「ああ……当たり前だろ。だって俺は」
ユウキはそこで一旦抱きしめるのをやめ、かすかに距離を取りミナを見つめる。目の端には涙が浮かんでいた。
「…お前の、彼氏…だからな」
ユウキは屈託のない笑顔でそう言った。
「うん…そうだね…!」
ミナはそう言い、勢いよくユウキに抱きつく。あまりに勢いが強かったため、ユウキは押し倒される形となる。そして、そのまま二人の唇が重なり合う。お互いの会えなかった時間を取り戻そうとするかのように二人はずっとそのまま唇を重ね合わせていた。死して再び、二人は巡り合った。言葉を発さずとも互いの想いは同じだろう。もう、離さない。それが二人の想い。
「——で、ミナは何でこんな所にいたんだよ?」
しばらくし、隣り合うようにユウキとミナはその場に座り込み、ユウキはミナに事情を問う。
「"魔物の行進"に襲われてね、逃げ惑っていたら落ちてしまって…。で、魔法で速度を消して何とか死なずに済んだの。ユウキが落ちてきた時もこの魔法を使ったから、助かったんだよ。たまたまあの時、私があそこにいたからよかったけど…もしそうじゃなかったら…」
ミナは最悪の結果を想像したのか、身震いした。
「お前のおかげで無事、生きてた。ありがとな」
ユウキは微笑み、ミナの頭をなでる。ミナは驚いた表情をするが、すぐに幸せそうな表情を浮かべる。
「えへへへ…。ユウキったら…。ユウキ…少し変わったよね」
「そうか?」
「そうだよ。だって——」
ミナはユウキの顔をじっと見る。
「な、何だよ…」
「…いい顔になった」
「いい顔?」
ユウキが戸惑ったように言う。
「そう。いい顔。相変わらず、仏頂面で人殺してそうな目つきの悪さなのは変わってないけど」
「ほっとけ」
「でも、変わったよ。それは分かる。何より、フードで自分を隠そうとしていない。立ち直ったってことでしょ?」
「あっ…」
ユウキはミナの指摘に思わず頭を触る。ミナはそれを見てふっと笑う。そして、頬をついて言った。
「今、考えるとバカだよねー。自分の白髪見ると過去を思い出すから晒したくないとかさ。アニメとかでの白髪や銀髪キャラは普通に見れてるのにさ」
「…うっせ。なんか、今思い出すと恥ずかしくなる」
ユウキはかすかに頬を染め、頭を掻く。そんな彼をミナは優しい笑みで見つめていた。
「今までのこと、ユウキは悪くない。お母さんがいなくなったり、お父さんや叔母さん…ユウイチが亡くなったのも全部ユウキは悪くない。今ならはっきりそう言えるでしょ?」
「ああ…そうだな。今なら、俺を疫病神扱いしてたババアにうっせ、老害が。一生口閉じてろって言ってやれるぜ」
「もう…口が悪いんだから」
ミナはユウキの言葉にたしなめながらも笑顔で言う。
「そういえば、ユウキは今までここに来るまでどうしてたの?」
「そうだな。俺は…あ」
ユウキはしまったというような顔をする。
「どうしたの?」
「…今の仲間に連絡するの忘れてた」
「仲間…。ふふっ。それは早く連絡しなくちゃね。ユウキ、二日くらい寝ていたんだよ。心配していると思うよ」
ミナは驚いた表情をするが、すぐに笑顔になる。ユウキはそれを見て苦笑いする。
(まあ、今まで誰ともかかわろうとしてなかったもんな…)
そして、ユウキはクエストフォンを取り出し、ルノアに電話する。すぐにつながった。
「お、ルノア?俺だけ——」
『ユウキぃいいいいいい!生きてたんでずか?てっきり、死んでじまっだのがど…でも生きでで良がっだああ‼』
電話に出るなり、大音量でルノアの涙声が聞こえ、思わず耳を離す。
『本当に…本当に…本当に生きてて良かったあ…!』
ルノアが電話越しに泣きじゃくる。ずっと泣いていて話が全く進まない。
(…電話、切ったろうかな)
ずっと泣きじゃくっているルノアにユウキはイラっとする。…せっかく心配してくれていた仲間に失礼では?
『本当に…本当に…ああ、待って!切らないでください!』
「よくわかったな」
通話終了ボタンに指を伸ばしていたユウキが驚いて言った。マジで切ろうとしてたよ。この人。
『だって、ユウキですもん。私の涙声なんて鬱陶しいと思って切るなんて簡単に予想できます』
「お前もだいぶ俺のことが分かってきたじゃないか」
『あんまりわかりたくなかったですね…』
「それで?俺が落ちた後、どうなった?」
『はい…キースは魔王の力を使い、回復のためしばらく魔界にて眠っているみたいです』
「なるほど。魔王の力は魔界以外で使えないってそういう事だったのか…。それで?どれくらいで目覚める?」
『はい、セバスさんによるとあと三日はかかると…』
「セバスが?」
『ええ。クエストフォンでキースにかけたらセバスさんが代わりに出て…』
「そういうことか。わかった。ほんでこっちだが…何とミナがいた」
『ミナさんが?』
ルノアが驚いた声で言う。
「ああ。ミナ。俺の仲間のルノアだ。転生の時に会ってると思うが。一度、自己紹介でもしてくれないか?」
ユウキがクエストフォンをミナに渡す。
「えっと…。代わりました。ミナです。ルノア…さん?まずはお礼を言わせて。ユウキと一緒にいてくれて。彼、いろいろ頑固だったりこじらせちゃって迷惑もかけちゃってると思うけど…それでも彼といてくれてありがとう」
(お前は俺の親か)
ユウキはミナの言葉に心の中でそうツッコむ。
『えぐ…ひっく…!』
「え!?どうしたの?」
突如、ルノアのすすり泣きが聞こえ、ミナが驚いた様子になる。
『いえ…!まさか…そんな優しい言葉をかけられるなんて…ユウキの理不尽に耐えた日々が報われた気がします…!』
ルノアの言葉を聞いたミナは振り返り、戸惑った表情でユウキに言う。
「ユウキ…あなたルノアさんに何したの…?」
「別に何も」
…即答だった。ミナはしばらくじっとユウキの顔を見ていたがやがてため息をつき、再びルノアと通話する。
「えっと…ルノアさん?もしかしたら、ユウキは私に会うためなら他人はどうでもいい、とかそんな感じでルノアちゃんに強く当たっていたのかも。彼、極端だから」
ミナの言葉にユウキはピクリと体を動かす。図星だった。実際、ユウキはミナ似合うためなら他はどうでもいいといった考えのもと、これまで行動してきた。だが、こうも簡単に言い当てられるとは…。幼馴染、恐るべし。
「もういいだろ」
ユウキはミナからクエストフォンを取り上げる。
「ルノア。とりあえず、こっちは無事だ。が、ここからどう崖を登ればいいかわからん。とりあえず一旦セバスに連絡してキースはここに来れるか聞いてくれ」
(魔王ならどうにかできたりするかもしれんしな)
『はい。わかりました』
ルノアが言う。もう泣き止んだようだ。
「…ところでお前、どこにいるんだ?」
『あの崖ですよ。あのあと、じっとしてたらどこからともなくあの骸骨馬車がやってきて荷台の中に入ると食料があったんで、それを食べて何とかしのいでます』
「なるほど…。まあ、あと少しの我慢だ。辛抱してくれ」
『…!ユウキが気づかいを…!?もしや、ミナさんと再会したことで優しくなっ——』
ユウキは最後まで聞かずに通話を終了した。ユウキの表情から何か察したか、ミナが苦笑いする。
「もう暗くなってきたことだし、行こうか。食事でもしながらユウキの話でも聞かせてよ」
「別にいいが…どこで?」
「ユウキが寝てた家。あそこが私の家なの。じゃ、行こ」
ミナがユウキの手を取り歩き出す。ユウキはその手に今まで忘れていた温もりを感じた。




