15話 神がいる
「おらあああああ!」
ルノアの怒号が響く。ルノアは場所の荷台の上に立って襲い掛かってくる魔物を撃退していた。
「たしかに、こんな所にゃ誰も逃げたくねえな」
ユウキが言う。現在、ユウキ達はタロスの崖へと続く森を馬車で駆け抜けている最中だ。
「周りは叢やら大木やらで周りが見えにくい上にいきなり魔物が襲い掛かってくる。いやな所だ」
「おまけに進みすぎたら崖からそのまま落ちちゃうって展開もあるかもしれんしな!」
「そんな展開はごめんだな…。しかし——」
ユウキは馬を見る。それはただの馬ではなかった。骸骨の馬だった。
「アンデッドの馬だったとはな…」
キースがはははと愉快そうに笑う。
「この馬は賢い。御者など必要ないほどだ。おまけに——」
そうキースが言ったとき、茂みから一体のゴブリンが飛び出し、骸骨馬を襲おうとする。だが、骸骨馬はスピードを緩めることなくそのままゴブリンの頭を嚙み千切ってしまう。
「——御覧の通り、ある程度の敵は自分で撃退できる」
「撃退の方法が結構残酷なんだが!?」
ユウキは思わずツッコむ。
「おらああああああ!」
ルノアは容赦なくヨーヨーで敵を叩き潰していた。
「…あいつ、敵に対しては希望ではなく完全に絶望を与えてんな…」
少し前に、不幸な人に希望を教えてあげたいと懸命に主張していた少女には全然見えない戦いっぷりだった。
「…今の内に敵の情報について伝えておく。ルノア、聞こえているか?」
キースが言うと「聞こえてますよおお!」とルノアが叫ぶように答える。
「…よし。敵はウィーブス。分かっていると思うが俺が追っている魔王幹部の内の一人だ。魔族だ」
「少しいいか?」
ユウキが手を上げる。
「何だ?」
「疑問なんだが…お前んとこの魔物の兵士と魔族は別物なのか?」
「そうか…。言ったことなかったな。魔族と魔物は別物だ。魔族とは高い知力や強靭な肉体を持つ…いわば、人間に似た種族だ。もっと言うと、魔王になることのできる種族」
「魔王になることが出来る種族…?」
キースが頷く。
「魔王は全員魔族だ。詳しいことは省略するが、魔王としての力を持つに堪えうる存在が魔族だということ。といっても、全ての魔族が魔王になれるわけじゃない。魔王は莫大なエネルギーをその身に宿す。ただの魔族じゃ、その力に耐えきれん。……大抵の魔族は魔王を殺して、”核”を奪い、魔王になれる。——核っていうのは魔王の膨大な力を貯めることが出来る収納ケースみたいなもんだ。んで…俺の場合は、魔王の血を引く跡取りだから殺さずとも魔王に血を分けてもらえば、核を作り出し、魔王となれた。まあ、殺したけどな!」
キースが少し早口で言う。
「そんな重大なことさらりと言うんじゃねえよ…」
ユウキが嘆いたように言う。
「…!そろそろだ。スピードを緩めろ」
キースがそう言うと骸骨馬はスピードを落とす。
「見えてきたな、出口」
「ああ、降りるぞ。ここから先は徒歩で行こう」
三人は馬車から降りる。すると骸骨馬はどこかへ走り去っていく。
「大丈夫だ。必要な時には姿を現してくれる」
キースが安心させるように言う。
「そうか。行くぞ」
(…結局、ウィーブスの情報は聞けてねえが…今は急いだほうがいいだろう)
ユウキ達は歩き出し森を抜ける。崖だ。崖があった。まだ少し距離があるとはいえ、油断すれば、落ちてしまいそうだった。
「まさか、ここに来るとはな。魔王よ」
聞き覚えのある声がした。ウィーブスだ。少し先の場所にある岩にもたれかかっていた。
「ウィーブス…」
キースはつぶやく。ウィーブスは視線をキースからユウキとルノアに移す。
「…その者達はなんだ?あんたの新しい部下か?」
「違う。仲間だ」
キースの答えにウィーブスは訝しむ。
「仲間?…魔王ではないようだが。無名の魔王か…?」
「違う。彼らは魔族でも魔王でもない。神と…人間だ」
人間、と聞いた瞬間ウィーブスは鬼の形相になる。
「キースぅ‼‼あんたには失望したぜ‼これであんたがいつか正気に戻るというわずかな希望も潰えたわけだ‼人間だと?魔王ともあろう者が‼人間と対等になろうとでもいうのかぁ!」
ウィーブスは怒り狂う。だが、キースは臆することなく、ウィーブスを正面から見据え、諭すように言う。
「…ウィーブス。先代の時代は終わった。もう十分なんだよ。ただ恐怖で支配する世界なんて。支配を続け、ただ虐げるだけの世界なんて虚しいと思わないか?」
「思わねえよ!魔王が世界の人間を恐怖に陥れる!それが本来、あんたが担うべき役割だっただろうが!」
「いずれ、人間が反乱を起こすだろうよ。そんな世界は。勇者と魔王の伝承は知っているだろう?」
「なら、叩き潰すだけだ!圧倒的な力の差を見せつけ、戦意を喪失し、魔族に服従するようになぁ‼」
キースは首を振る。
「そんなことをしても意味がない。人間とは自由を求める生き物なんだよ。ウィーブス。彼らはよりよい未来を生きるために走り続ける。それを脅かすものが現れれば、何度でも立ち上がり、向かっていく。例え、その意思を折ろうともまた誰かが強い意志を持って立ち上がる。わかるか?人間を支配し続ける未来には争いしか見えてこない。ずっと、争いが終わらないみたいなんて…魔族も、魔王も、人間も!誰も救われない!希望のある未来なんて見えないんだよ!」
「…もうよい。あんたは腑抜けきってしまった。せめて、俺の手で葬り去ってくれる!」
ウィーブスが踏み込み、キースのその手で胸を貫こうとする。
「…っ!」
キースの反応が遅れる。いや、違う。動けなかった。
(…何やってんだよ。動けよ、俺。このままじゃ、ウィーブスに心臓を貫かれるぞ?そしたら死んじまうぞ。…何で、動かないんだよ)
——あなたが…魔王の跡取り…"魔皇族キース"様?——
——誰だ、お前は——
——はっ!この度、あなた様の部隊に配属されました。新兵のウィーブスです!—
(…こんな時に走馬灯かよ)
——キース様は唯一の魔王跡取りなんですよね?すごいです!——
——そんなものではない。現魔王が、跡取りの皇族を抹殺しようとしたときに、その場にいなかったためにたまたま生き残り、唯一の魔皇族となり、魔王継承に興味がないために強欲な魔王に生かされている、ただの七光りの馬鹿者だ——
——でも、キース様は一夜で町一つ壊滅させた有名なお方ですよね?——
——ああ、あれか。我が魔族繁栄と栄光のために人間など不要。そのために殺したにすぎんがな——
(懐かしいな…)
——う…うう…!——
——どうした、ウィーブス?敵はもう全滅したというのに、お前はここで死ぬのか?敵がいないのに死んでしまうのは滑稽だと思わんか?——
——キ、キース様…。この一瞬で敵を屠るなど…やはり、あなたはお強い——
——お前が弱いのだ。…そうだな、貴様に訓練でもつけてやろうか?——
(あの頃は…お互いを信頼しあえる…家臣と主君だった…)
——キース様はなぜ、魔王になろうとしないのでしょうか?——
——魔王にならずとも、魔族の繁栄と栄光を手にすることはできる——
——本当にそうでしょうか?——
——どういうことだ?——
——現在の魔王様は、人間だけではなく我々魔族でさえも恐怖で支配しようとしております。そんなお方が心から我々魔族が笑いあえる世を見せてくれるのでしょうか?…いいえ、私は誰よりも魔族を思い、優しい心を持ち、敵は容赦なく屠るあなた様こそが魔王にふさわしいと思います。どうか、見せてください。人間たちを恐怖に落とし、未来明るい魔族のための世を——
——……。いいだろう。見せてやろう。私がこの手で魔族の世を作ろう。魔族が笑える世を作ってやろうぞ——
(俺は、お前に誓ったよ。ウィーブス。魔族の世を作るって。だけど、人間を虐げても魔族が笑える世界はやってこない。誰もが笑える世でないと無駄なんだ。魔王が馬鹿やれるそんな平和が一番、理想的な世だ。あの頃とは違う。ただ、敬われ一人で期待に応える必要なんかない)
「今の俺には…共に背負ってくれる仲間がいる!」
そうキースが叫んだ時、鈍い音が響く。
「…ボーっとしてたと思えば、何馬鹿なこと叫んでんだ。自分の身くらい自分で守れや」
その音はウィーブスの拳を刀で止めた音だった。
「ユウキ!」
「さっさと立て直せ。感傷なら、戦いながらしろ。このまま、俺に任せたら俺は死ぬぞ?」
「お前はそう簡単にやられる玉じゃないだろ?死に際でさえ相手に何かしかけるような奴だろうが」
キースはユウキの言葉に憎まれ口をたたく。
「それもそうだな」
ユウキがふっと笑う。
「人間風情が…調子に乗るな!」
ウィーブスの体から腕が生え、ユウキを捕まえようとする。ユウキは後ろに飛んで回避し、伸びてきた腕をすべて切り落とす。
「うお…。なんだこりゃ」
「奴はヘカトンケイルっていう魔物だ。無数の腕と頭を生やす」
キースも後ろに回避し、ユウキに言う。
「ギリシャ神話の怪物と同じだな。だが、あのさっき見た翼はなんだ?あれがギリシャ神話と同じやつならヘカトンケイルには翼なんてないはずだが」
「突然変異だ」
「ご都合主義だな。そりゃ」
「うおおおおおお‼」
ウィーブスが無数の腕を生やし、襲ってくる。
「何もお前の敵は人間と魔王だけじゃないぜ?ウィーブス?お前の相手には——」
ユウキがそう言ったとき、ウィーブスの首が飛ぶ。ウィーブスの後ろには、ヨーヨーを持ったルノアがいた。
「やりました!思い知ったか!人々に絶望を届けようとする愚か者はこの私が許しません!」
ルノアがびしっと指を突き出し決めポーズ的なものを取る。ユウキはそれを見てふっと笑う。
「——神もいるんだぜ?」
ユウキはウィーブスの首なし胴体に向かってそう言った。




