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14話 平和を失うことに恐怖する世界


「…いい刀だな」


 ユウキは刀を掲げ言った。とうとう、今日、出発するのだ。準備は昨日一日かけてやっている。必要なものはすべてそろった。


「そりゃ、良かった。…時間がなかったんで、結構不十分なもんではあるが切れ味もいいぞ。魔王幹部レベルとかとやりあわない限り、十分使える刀だ」

「今、なんかのフラグが立った気がするんだが…」


 ユウキが訝しむような目でキースに言い、刀を鞘に納めベルトに引っ掛けるように腰に差す。


「キース。その裏切り者の幹部って何人いるんだ?」

「二人だ。…まあ、どの町も一応俺の部下が常駐しているから下手には動かないとは思うがな。それより、そろそろ出発しないか?」

「それもそうだな」

「あ、わりい。少し待ってくれ」

「どうした?」


 キースはそれには答えず目を閉じる。


「"魔王封印(ロック)"」


 キースは淡い光に包まれる。そして、キースの角は短くなり、顔の痣が消える。


「よし。これで良い」

「何をしたんだ?」

「魔王の力を最小限までに抑えた。魔王は魔界でないと本来の力を出せないんだ。力を魔界の外で使うと強制的に魔界に転移させられる。そうならないよう、力を封印をした」

「つまり、外での戦いに支障が出ないようにしたということか」

「そういうことだ。これで準備は整ったぜ」


 キースの言葉に勇気は頷く。それが合図のように、ユウキは新しく調達したフード付きの上着を羽織る。


「行くか」


 そして、三人は町へと向かう。道中、一切魔物に遭遇することはなかった。


「着いたな。あっさりと」

「…はははー」


 ルノアはユウキと目を合わせようとしなかった。


「そういえば、どういうルートで進むつもりですか?」

「お前は昨日の話を聞いてなかったのか?夜に説明しただろうが」


 ユウキはルノアを睨んだ。ルノア、話を逸そうとするが、かえって逆効果だった。


「ははは!ルノア、聞いてなかったのかよ!俺でも聞いていたのに!スマホなんかいじっているからだ!」


 キースの言葉を聞きルノアは睨む。完全にルノアが悪いのだが。


「スマホなんかいじってませんよ。いじってたのはクエストフォンですぅー!」


 ルノアが馬鹿にした口調で言う。小学生か。


「…ん?どうした?ユウキ。そんな顔して」


 見ると、ユウキが驚いた顔をしていた。だが、キースに話しかけられるとすぐにその表情をする。


「…いや、何でもない。さっさとギルドに向かうぞ」


 ユウキはそう言い、歩き出す。

(…まさか…な)


「…あのー。それで、結局どういう感じで進むつもりですかー…?」


 ルノアが遠慮がちに聞く。


「東の方に進むんだよ。お前らが最初に目撃した魔界への案内の看板を起点としてな」

「あの痛い世迷いごとが書いてある看板ですか…」


 ルノアが辟易とした表情と口調で言う。


「う、うるさい!」


 キースの声が若干引きずった感じになっている。冷静に思い返すと恥ずかしいのだろう。キースは気を取り直すかのように咳払いをした。


「ユウキによるとミナは東にあるエクストリアという町とこの町を行き来していたらしい。まずは東に行って目撃情報があるかどうかを確かめる」


 キースが言う。肯定の返事の代わりだろうか、ユウキは軽くため息をついた。キースはその様子を見て、誰にも聞こえないような小さな声でつぶやいた。


「…もっとも、この町にも先の町にもいないがな」


 そうこうする内に、ユウキ達はギルドに到着する。ユウキは受付に行き、正式にパーティーの手続きを完了させ、再度、詳細な説明を受ける。パソコンを受け取り、様々な報告書を送るようギルドの職員に説明された時のユウキの顔は死んでいた。たぶん、理由は二つあるだろう。


「そういえば、エクストリアにも情報がなかった場合、どうするんですか?」


 ユウキの手続きを待っている間、ルノアがキースに聞く。


「…お前、何も聞いてなかったんだな。その場合は、この世界を回って旅をする。といっても、目的地はある。最終目的地はツインクス」

「ツインクス?」

「ああ。ツインクスは歴代の恐怖の魔王の支配が唯一及ばなかった場所。魔族や人間など様々な種族が共存する国だ。俺はそこへ行き、ツインクスを拠点として、恐怖の魔王は支配ではなく、手を取り合う道を選んだことを世界に示す」

「そうですか…。でも、そう簡単にうまくいきます?魔王が言ったら敵視されるんじゃ…。支配が及ばなかったってことは戦っていたってことなんじゃないですか?」


 ルノアが指摘する。


「確かにな。でも、俺の目的は歴代の魔王とは違い、支配ではなく共存。敵対はされないはずだ。それにそのためにお前たちと旅をし、この足で多くの町や国などを訪れ、話し、魔王は支配など望んでいないとこの世界に魔王の伝聞を広めるのだ」

「なるほど…」


 ルノアは意外にキースが考えていることに感心した。世界の長、魔王の名は伊達じゃない。



 全ての説明が終わり、ユウキは一息つこうとしていた。が、その時。突如、大きな爆音が外から聞こえてくる。


「…何だ?」


 ユウキ達は気になり、ギルドから出ると何かが破壊された痕があった。


「あそこ…何かありましたっけ?」


 ルノアが首をかしげる。


「銅像が置いてあった。あの銅像は——」

「俺のだ」


 キースがユウキの言葉を遮り言う。額に汗を浮かべ、深刻な表情をしている。


「それをする奴は俺の知る限り一人だけだ」

「ふざけた銅像だなあ!!おい!」


 キースの言葉に応えるかのように貫高い声が聞こえてくる。見ると、男が銅像があった場所の前に立っていた。だが、人間ではない。鋭い爪、大人二人分を超えるほどの巨体。そして、牙。男は人間のような見た目でありながらどこか人間離れしていた。


「こんな、クソみたいな男を魔王とはよく言ったもんだ!!馬鹿にしやがって!人間を殺さない魔王のどこが魔王なんだよ!恐怖の魔王なんかじゃねえよ!腰抜けの魔王だよ!」

「——随分うるさく喚くものだな。ウィーブス。少しは近所迷惑っていうものを考えてみたらどうだ?」


 ウィーブスと呼ばれた男はハッとする。振り向くといつの間に移動したのか、キースが立っていた。それを見たルノアがキースの立っていた場所を振り返る。


「あれ、いつの間に移動したんですか?」

「三秒くらい前に行ってた。魔王の力、封印であれか。あいつ、全然本気出してなかったのかよ」

 ユウキがじっとキースを見て言う。


「そんなに俺が魔王で、平和を望むのが嫌か?ウィーブス」


 キースはそういいながらウィーブスににじり寄る。


「む、昔のあんたは…昔のあんたなら魔王になっても文句はなかった!人間を蔑み、幾度となく人間を殺害していた、誇り高き我らが"魔皇族キース"と呼ばれていたあの頃のあんたなら!だけど、あの汚れた女と出会ってあんたは変わっていった!殺すことに迷いを見せるようになった!!そして、あの人間のガキが死んでから完全におかしくなった!!平和だのなんだのばかり口にするようになった!」


 ウィーブスは後退しながら叫ぶ。


「キースにそんな過去が…」


 ルノアはショックを受けたようにつぶやく。


「どうします?本当に仲間として受け入れてもいいのでしょうか?」

「動揺してんじゃねえよ」


 ユウキがぴしゃりという。


「あいつがどんな過去を持っていようが関係ねえよ。見るべきは過去じゃない。今のあいつだ」

「…この手で奪った彼らには本当に悪いことをした」


 キースはさらにウィーブスに近づく。


「私は愚かだった。奪うことに何のためらいも持たず、奪うことこそ我ら一族の繫栄のためになると。だが、違う。彼女は違った。彼女は魔族も人間も同じだと言った。奪う意味はあるのかと。奴は言った。魔族とか人間とかそんな世界の面倒な話は知らないと。気が付いたら助けていた。それだけだと!」


 キースの口調が変わっていた。表情も、普段とは似つかない怒りをあらわにしたものになっていた。


「…これがあいつの素なのか?…」


 ユウキはつぶやく。そしてキースはウィーブスの首を掴み持ち上げる。


「あ…が…」

「調子に乗るなよ…。貴様のような下賤が彼らを貶めるなど…身の程を知れ!」

「う…がぁ!」


 ウィーブスはキースを引きはがす。そして、一瞬で背から翼を生やし飛んで逃げていった。


「…逃がしたか」

「魔王様‼」


 キースが振り返ると町の兵士がいた。騒ぎを聞きつけてきたのだろう。


「…これは!?」

「裏切り者が不埒を働いた。被害がないか至急確認しろ。同時に東の町、エクストリアに警戒するよう連絡しろ。問題があった場合は、セバスに報告して、指示を仰げ!」

「は…はい!」


 兵士達は慌てたように駆け出して行く。キースは兵士たちが去って行くと一息つき、ユウキ達の方を向いて言った。


「ウィーブスを追おう」


 さっきのすさまじい気迫はもう感じられなかった。


「…どうしたんだよ?」


 ユウキは動こうとしなかった。それどころかキースを睨んですらいた。


「どうしたんだよ?早く、あいつを追わないと——」

「キース」


 ユウキはキースの言葉を遮った。


「別にお前がどんな過去を持っていようがどうでもいい。だが、あの魔族の男はかつてはお前を尊敬していたように思えた。お前はそんな奴に何の感情も抱くことなく殺すのか?お前にとって誰かが向ける想いはそんな簡単に戯言と切り捨てられるものなのか?」


 そう言われ、キースは言葉に詰まる。


(俺の邪魔をするなら、俺は無慈悲にそれを取り除こう。けどよ…キース。お前にとってウィーブスはかつての仲間だったんだろう?ともに生死をくぐり抜けてきたんじゃねえのか?善悪とかじゃない。共に過ごしてきた関係だったならお前は奴の気持ちに寄り添った上で決断しなければならない。それがどんなものだろうと…俺は何も言わない。お前が答えを出すことが重要なんだ)


「…ウィーブスは」


 キースは口を開く。そして、言った。


「ウィーブスは私にとって忠実な部下だった」


 口調が変わっていた。


「彼はよく私のために動いてくれた。共に戦い、共に食事をした仲だった。私が信ずるものを変えなければ彼は今でも私のために尽くしてくれただろう。しかし…私は知ったのだ。ただ、仲間以外を虐げても何の意味もないと。私の求める世界ではないと。私が求めるのは、魔族と人間が共に手を取り合い友人として生きている世界だ‼そのためなら、私は犠牲を払う。覚悟をする。彼の気持ちをも踏みにじっても…私は——俺は、誰もが平和を謳歌し、その()()()()()()()()()()()()()()にする!そのためなら、俺はかつての部下でも容赦はしない…!これが俺の覚悟だ」


 キースはそう言い切り、肩で大きく息をする。


「…そうか」


ユウキはウィーブスが飛んで行った方向を見る。


「あの方向には何がある?」

「分かってるだろ…?エクストリアだ。はやく、行かないと町の人が」

「違う」

「…?」

「あの方向に他には何があるかって聞いてるんだ」

「…タロスの崖と呼ばれている崖だ。その崖から落ちれば最後、命はない。足場も少なく、十分に歩ける場所の先には行き止まり。落ちたら最後。逃げる場所には絶対にしたくないような所だ」

「そうか。じゃあ、タロスの崖を目指すぞ」

「は?何で?」

「俺が敵から逃げるなら絶対に来ないだろうと思う場所に行く」

「…!」


 キースは驚いた表情をする。


「あいつが馬鹿かどうかは知らんが…少なくともあの逃げた様子じゃすぐには町を襲撃しようとは考えないだろう。だが、襲撃も時間の問題だ」

「わ、わかった…!今すぐ行こう!」


 三人はすぐに走り出した。




「はあ…。はあ…。さすがに魔王がここに来ることは無いだろう…」


 ウィーブスはユウキの予想通り、タロスの崖に来ていた。


「あの魔王め。きっと、今頃俺がエクストリアを襲撃しに行ってるとでも思っているだろうよ。まさかここにいるなんて夢にも思うまい!」

「本気でそう思ってます?」

「っ!?誰だ!」


 ウィーブスが振り向くと影のようなものがうごめいていた。そして、それは人を形作り、一人の灰色の目をした男が現れる。


「道化…!」

「そんな怖い顔をしないでくださいよ。怯えちゃいそうになるじゃないですか」


 道化、とよばれたその男は二人の男女を無残に殺した人物だった。


「何の用だ」

「いえね、アドバイスをしようかと思いましてね。いやいや、もちろんあなたが本気でここが見つかると思ってないというのなら、私の早とちりというものですが」


 ウィーブスは道化を睨む。道化はそれに怯むことなく言う。


「彼ら、ここに来ますよ」

「…何?」

「来ますよ。彼らはここに。このままじゃあなた、死にますね…ウィーブス」


 道化はウィーブスの耳元で囁くように言う。


「うるせえ!大体なんでだよ…!あの男はどうしてこうなったんだよ。魔族のために戦うと昔誓ったはずなのに。俺はあの男に尽くしてたというのに。どうしてこうなったんだよ!」


 喚くウィーブスを見て道化は冷めた目で彼を見る。


「…あなた、本気で言ってます?」


 ひどく冷めた声だった。


「…⁉何だよ。文句あんのか。俺は今まであの男のために——」


 その先を言うことはできなかった。あまりの激痛のために。道化は自らの手でウィーブスの胸を貫いていた。


「…が…!…は…なん…で…!…」

「それは虚飾ですよ。ウィーブス。私は知っているんですよ」


  ウィーブスはその場に倒れる。道化は地面に這いつくばるウィーブスの上に座り込んだ。


「ぐあああああああ‼」


 ウィーブスは激痛に叫ぶ。


「あなた、我々を裏切ろうとしてましたよね」

「何の…ことだ?」


 道化はそれには答えず、ウィーブスに体重をかける。


「ぐあああああああ!」

「いえね。私はもう知ってるんですよ。我々の主がすべての世界を支配した暁には、主を討ち自らが支配者になろうとあなたが画策してることくらい——」


 道化はそこで一旦言葉を切り、見た者を震え上がらせるほどの鋭い視線とドスの利いた声でウィーブスを見下ろす。


「うぬぼれるなよ?下賤が。身の程を知れ」

「…っ⁉」


 ウィーブスはその視線と声にぞくりとした。


「とはいえ」


 道化は笑顔でそう言い、立ち上がる。同じように、ウィーブスがよろめきながらも立ち上る。


「何も別にあなたを殺しに来たわけじゃありません。あなたを手助けするために来たんです」

「手助けだと…?」


 道化は手のひらを見せる。手のひらには黒い光の玉のようなものが浮いていたが、それはみるみる大きくなり、禍々しいオーラを発した。


「…これは、まさか…!」

「そう、我が主の魔気です。ほんの少量ですが、あなたにとっては十分すぎるものでしょう」


 道化はウィーブスに近づき貫いた胸に魔気を注ぎ込む。


「ぐああああああ!」


 ウィーブスがまたもや悲鳴を上げる。


「たったこれだけの魔気とはいえ貴重なものだというのに。…こんな矮小な男のために分け与えるとは、我が主はなんて慈悲深いお方なのでしょうか…!」


 道化は瞳にうっすら涙を浮かべて言った。やがて、ウィーブスの悲鳴が止んだ。


「…ふむ」


 道化は突っ込んだ手を引き抜く。すると、貫いた胸が再生し、傷一つない元の形となる。


「これは…。力が…!」

「どうやら、成功したみたいですね。といっても、適応するにはもう少し時間がかかりそうですが。ま、せいぜい頑張ってください」


 道化はそう言うとくるりと振り返り、その場を後にする。


「どうせ、無駄ですが」


 その表情はひどく冷めていた。





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