12話 それだけだ
「はっ‼」
ユウキはキースの腹を目掛け剣を振る。だが、簡単にキースに手で払われる。
「なかなか良い。だが、攻撃の後の隙が大きい‼」
キースはユウキの隙を狙う。だが、かろうじてユウキは剣でそれを防ぎ、あえて後ろに下がり、キースの体勢を崩す。
「うおっ…!」
「取った…!」
その隙を見逃さんとユウキは剣を振るがキースは一瞬で態勢を立て直し後ろに回避すると同時に剣でユウキの頬を斬りつける。
「まだまだあまい!」
「…どうしてこんなことになってんでしょうかねー」
近くでユウキ達の訓練を見ていたルノアがのんびりとした口調で言った。
———時は一週間前。キースが開いた宴の夜だ。あくまで、目的はミナの捜索。ミナの捜索が最優先。これはキースを迎え入れる条件だった。ユウキは宴の時、ミナのことをキースに語り、キースもユウキの方針を了承した。そして、キースの冒険者登録をするため、三人はギルドに向かった。ちなみにキースの冒険者登録の最中、ユウキが隣で頭を抱えていたが、詳しくは語らない。そして、キースの冒険者登録が終わったときのことだ。
「パーティー登録?」
「ええ。複数人で冒険者活動をしているのならそちらの情報を登録して頂くよう、お願いいたします。…魔王様もいらっしゃるという事でしたらなおさら…パーティーとして活動を把握しておきたいのです」
ギルドにパーティー登録の申請を促されたのだった。なんでも複数人で冒険者活動をするのなら、活動把握のためにパーティ登録をしなければならないらしい。パーティーの説明を受け、時間が経つにつれ、ユウキは頭を抱える。
パーティーは定期的にギルドに様々な活動報告をしなければなく…要は面倒な書類仕事やらがあるということだ。この話の最中、魔王と女神は寝ていて、話を聞いていなかった。この仕事をするのならユウキだろう。
「はあ…」
思わずため息をつく。
「何か?」
「いえ…何でもありません」
「ではここにパーティー名を記入してください」
「…じゃあ…"アンチ=ディステニー"で」
幸福が許されないのが運命だと言うのなら、そんな運命ぶち壊してやる。そんな思いを込め、ユウキはパーティー名を記入した。
「…待ってろ、ミナ」
ギルドの話では二週間程度かかるというのでしばらくの間、ユウキ達は魔界で過ごすことにした。そして翌日、キースが稽古をつけてやる!といってユウキを連れ出し、剣を振る日々となり冒頭の場面となる。
「少し休憩するか。疲れただろ?」
キースがユウキに向かって言う。
「…キースもやめればいいのに。また、ユウキに泣かされるハメになるのに」
ルノアがそうつぶやく。
「何言ってんだ?キース。まだこれからだろうが」
ユウキはキースの提案を断る。とたんにキースの表情を硬くなる。
「いや…もう…朝から夕方までずっとこれだし…。あとお前の頼みのせいで俺ぜんぜん寝られてな——」
「いくぞ!」
「話聞いてー‼」
キースが涙目で訴えながらユウキの相手をする。しかも時間が経つにつれ、ユウキが圧してきている。
「やっぱりこうなりましたか」
ルノアがため息をつく。
「最初は確かにキースが圧倒的でしたが、だんだんユウキも強くなっています。というか、成長速度速すぎじゃありません?やたらスタミナ力高いし…。この調子じゃキースのスタミナ切れの前にキースとやりあえるようになるのも時間の問題ですね…」
「やってますね」
ルノアが後ろを振り向くとアンデッドのセバスがいた。
「どうですか?調子は?」
「キースのスタミナ切れですね。もうそろそろユウキがキースをボコボコにして終わりになりそうです」
「それはそれは。ユウキ様もお強くなったものですな」
「セバス‼お前、ユウキの相手しろよ‼剣の腕は俺より上だろう!?」
セバスに気づいたキースが叫ぶ。息が切れている。
「稽古を頼まれたのは私ではありませんので」
「クソがっ!」
キースが叫ぶ。と同時にユウキの剣がキースの顔に当たる。
「ふべっ!?」
「剣が得意なんですか?」
黙って二人の会話を聞いていたルノアがセバスに聞く。
「まあ、そうですね」
「てっきり得意なのは魔法だと思ってました」
ルノアがセバスのローブを見る。どう見ても魔法の方が使えそうな格好だ。
「ははは…よく言われます」
セバスが苦笑いする。
「…あ、倒れた」
見ると、キースが地面に転がっている。
「どうやらユウキのスタミナ勝ちみたいですね」
ルノアは立ち上がり、ユウキに向かって大声で言う。
「おーいユウキー。キースも。そろそろご飯にしましょー!」
ユウキはルノアの方を向く。全身汗だらけで息も切れている。相当消耗したようだ。当たり前だが。
「…先に風呂に入らせろ。あと、五分は休ませろ」
そう言ってその場に倒れこんでしまった。
「…しかし、みるみる強くなっていってますね。ユウキ。ありえないほどの成長速度とスタミナ。本当に人間ですか?」
「…ミナにも言われたな。それ。正真正銘人間だよ。俺の顔が怪物の顔にでも見えるか?」
ユウキ達は食事をとっていた。魔王上に来た時に振るわれたような豪華な食事ではなく、ごく普通のメニューだ。キース曰く、あの日は特別であり、あの食事を毎日出していれば、あっという間に金がなくなるとのことだ。世知辛い世の中だ。
「…強いて言うなら殺し屋の顔かと」
ルノアが言う。もれなくユウキから鉄拳制裁を食らう。自業自得だ。
「…だが、まだなにか足りない。いくら剣が上達しても何か足りない気がする」
「スキルを習得できればいいんですけどね。あと、魔法も。まあ、魔法は習得するのに数年はかかりますが」
「どういうことだ?」
「簡単なことだ」
今まで黙っていたキースが口を開く。
「魔法っていうのはその術の構成、発動までの流れ、発動するためにマナをどう使えばいいか理解する必要がある。…つまり難しい。普通は子供のころから何年もかけて魔法行使の方法を学んでいくもんだがな。お前は転生者だろ。難しい。魔導士とかの職業とかなら初期スキルで脳内に魔法構造やらなんやらが自動インプットされて使えていたんだがな」
「それで魔法はどこで学べばいい?」
「…ついてこい」
キースは立ち上がり、どこかへ向かっていく。ユウキは言われた通りキースについていく。ルノアもあわてて立ち上がりついていく。
「ここだ」
着いた先は大量の本が置いてある部屋だった。キースは近くに置いてあった本を手に取りユウキに渡す。
「読んでみろ。といっても、理解できないと思うが」
「……。なるほど」
「短期間で理解するのは難しそうだろ?」
「いや、たぶんいける」
「へ?」
キースは思いがけない返答に、思わず間の抜けた声を出す。
「魔法に関する本はこの部屋だけか?隣の部屋の古代書室以外の本棚は全て魔導書が収められている」
「古代書室?」
「歴史についての本やら珍しい本がおさめられている部屋だ。それよりお前ここに置いてあるの、全部やるつもりか?ただでさえ理解が難しいのに…本気でこの図書館並みの蔵書をすべてやるつもりか?
「三日よこせ。お前の全力を引き出すくらいのレベルになってやる。その間に俺が頼んだものよろしくな」
「いや、ちょ…え?」
キースは混乱した表情をし、救いを求めるかのようにルノアの方を向く。ルノアは首を振る。慣れろということだ。そんな二人を横目にユウキは本の方に手を向ける。
「"グラトリーム"」
突風が吹き、大量の本がユウキの発生させたブラックホールへと引きずり込まれていく。どうやらこの数日でユウキの固有スキルも成長したようだ。
「じゃあ、俺は自室にこもる」
ユウキはそう言い、踵を返す。その様子をキースとルノアは呆然と見ていた。
「…自室って…客室だろうが。いつから魔王城はお前の家になったんだよ…」
キースはそうこぼした。
二日後。朝食時にユウキは驚くべき発言をした。
「今日、お前をボコす」
キースの表情が固まった。若干目が死んでいる。
「…魔法、無理ダッタンデスネ。仕方ナイデスヨー」
何故か片言だ。
「いや、もう習得した。しっかり発動もできるぞ」
「なんでだよー!!」
キースが泣き叫ぶ。気持ちは分かる。ただでさえ習得できないとしか思えないものを三日で習得すると豪語された上、三日も待たず習得されてはたまったものではない。
「知るか。さっさと行くぞ。最後の調整だ。存分に付き合ってもらうぞ。」
ユウキはキースの髪を引っ張り、引きずっていく。
「痛い、痛い、痛い!!」
なんか哀れだ。これでも魔王なのに。
「思う存分やりたい。魔王城の外でやるぞ」
「わかった!わかったから!だから、髪を引っ張るのをやめて!」
その後、三人は魔王城の外の誰もいない荒野へと足を運ぶ。到着すると、キースは苦笑いしながら剣を取り出す。
「…キース」
「ん?なんだ?」
「もう俺に合わせて剣を使う必要はない。今回は実践だ。全力で頼む」
「…別に剣が苦手っていうわけではないんだがな。…けど」
キースは拳を構え不敵な笑みを浮かべる。
「確かに格闘の方が慣れてはいる…な!」
キースは高速で前に飛び出し、その拳をユウキに突き出す。ユウキはかがみこみ、難なくそれをかわす。そしてすぐさま剣をキースの腹を目掛け斬ろうとするが、キースは後ろに飛び、回避する。キースがニヤリと笑う。だが正面を見るとユウキはすでにキースの間合いに入ってきており、その刃を振り下ろす。
「…っ!」
キースは間一髪でその攻撃をかわす。しかし、ユウキは隙を与えまいとさらに追撃してくる。キースはそれを何回かかわし、ユウキ目掛け、蹴りを繰り出す。ユウキはとっさに剣でそれを防ぐ。キースはその隙を逃さず、後ろに飛び下がり体勢を立て直した。
「…二日前とは比べ物にならない動きだな。一体どうした?」
キースは険しい表情でそう問う。
「…もちろん、魔法習得の合間に稽古してただけだが?」
「…は?」
キースは間の抜けた声を出す。
(魔法のみならず、戦闘面での技術向上までしていたのか。どこまで規格外なんだ…)
「なあ…ユウキ。お前はどうしてそこまでできるんだ?正直、一週間前の段階でお前への稽古は止めるつもりだった。その時点でここら辺の魔物は難なく相手にできる。けど、お前はそこで止まることなくさらに強さを求めた。一体、何がお前をそこまでさせるんだ?」
キースは真剣そのものの顔でユウキに問う。しばらくユウキは無言でキースを見ていたが、一瞬笑みを浮かべキースに言う。
「キース。俺はな、極力面倒には関わらない主義だ。けど…大事なもののためなら、なんでもやる。ミナに会うためなら…守ってやれるなら…どんなことでもやってやる。それだけだ」
ユウキはそう言い、鋭い視線でキースを見る。有無を言わせないといった表情だ。キースはぽかんとした表情をしていたが不意に大声で笑い出す。
「はは…はははははは!!ははは!そうだったな!お前はそういう奴だった!すっかり忘れてたぜ!」
「お前は俺の何を知っているっていうんだよ…」
ユウキは呆れたようにつぶやく。キースはひとしきり笑った後、ニヤリとしユウキを正面から見据える。
「…いいぜ。お前に敬意を表し、本気でやってやる」
キースがそう言った瞬間、キースの額にある第三の目が開眼する。
「…っ!」
ユウキは思わず警戒する。キースは片手をユウキに向けニヤリとし言い放つ。
「これが魔王の力だ」
突如、魔法陣が浮かび上がりそこから黒い炎が浮かび上がる。
「"黒炎"」
黒い業火がユウキを飲み込もうと襲ってくる。
「…魔法とはマナを変化させそこに概念を流し込み具現化させる術」
ユウキは落ち着いた様子で言う。炎はもう目の前だ。
「ある概念をマナで包み込み一つの大きな力とする。その力を魔法陣を媒体として顕現させる」
ユウキはそっと左手を前に出す。
「ユウキ!危ない!」
ルノアが叫ぶ。
「"凍結"!」
かざした左手に魔法陣が浮かび冷気が吹き出す。その瞬間、炎が凍り付く。
「…マジかよ!おもしれえ!」
ユウキは飛び上がり、凍らせた炎を駆け上がる。
「"獄炎"!!」
隕石のごとく炎がキース目掛けて降り注ぐ。ユウキは剣の切っ先で炎の軌道を動かし、炎はキースを囲むように降り注ぐ形となる。
「ホント!お前はすごいな!ユウキ!」
キースは笑いながら炎を難なく避けている。
「だが」
キースは声のトーンを落とし言う。
「魔王にはまだ届かない」
キースの目は怪しく光り額の目は大きく見開かれる。
「"蔓延る恐怖"」
その瞬間、ユウキはおぞましい悲鳴を聞いた。そして脳内に人が人を殺し、泣き叫び、逃げ惑う、まさに恐怖といった光景が流れ込む。そして。
「…なんだ。…動けない…身体が震える。…ただ恐怖のみ感じる…!動けよ。動け!」
ユウキの体は震え、その手から剣を落とす。
「…っく!」
ユウキは何とか左手を動かし、前に出す。その瞬間。
「——無駄だ」
いつの間にかキースが目の前にいた。不敵な笑みを浮かべている。
「本気の魔王にはまだまだ届きやしない」
ユウキは大きく目を見開く。
「"魔気流動拳"」
キースの右手に黒いもやがまとわりつく。そしてキースはその拳をユウキのみぞおちに叩きこんだ。ユウキは大きく吹っ飛び岩に衝突し、そのまま倒れこむ。
「ユウキ!」
近くで戦いを見守っていたルノアが慌ててユウキに駆け寄り、回復魔法を発動させる。
「…よくやったもんだ。魔王相手に」
キースはつぶやく。その時だ。地面に魔法陣が浮き出す。巨大な氷が出現しキースの左腕を貫く。
「がっ…!」
キースの左腕が地面に転がる。
「…くっ!」
流れた血が腕を形どり、それはそのままキースの腕として再生する。
「はあっ…はあ…!」
キースは地面を見る。魔法陣はすでに消え、そこには血に染まった氷だけがある。
(…まさか。時間差で魔法を発動させたのか?…でも一体いつ…?」
キースはハッとする。"蔓延る恐怖"を発動させたとき。あの時、一瞬だけユウキは動くことが出来た。魔法を発動出来た時があったとすればその時だけだ。
「あの一瞬で魔法を構築し…発動させたというのか…」
しばらくキースは呆然としていたがやがてニヤリと表情を変える。
「…やはりお前はすげえよ。…ユウキ」
キースは遠くからルノアの回復魔法を受けているユウキを眺める。しばらくし、ユウキは意識を取り戻す。
「…ん…」
「大丈夫ですか?ユウキ?」
ルノアが心配そうにユウキに話しかける。
「なんとか…な。…そういや、お前も魔法使えるんだったな」
「ええ。この世界と天界の魔法の理屈は同じですよ。…まあ、私は概念がどうたらとかいう理屈は理解せず、慣れで魔法の使い方を覚えましたけど」
「…そっか」
ユウキはそう返事し、立ち上がって歩き出す。ルノアは少し微笑み後をついていく。
歩いていくとキースを見つけた。キースは腕を組みながら血が付着している氷にもたれかかっていた。
「どーしたよ。その氷」
キースはユウキの言葉に少し顔をしかめる。
「…よく言うぜ。お前の魔法だろうが。時間差で発動させる魔法式も構築できるとかこっちは想像もしていなかったぜ。おかげで左腕が飛んでった」
キースは少し離れたところを指さす。腕が転がっていた。
「…え?マジで?」
「マジだ」
「でもお前腕そろってるじゃねえか」
「再生したんだよ。無茶苦茶しんどかったぞ」
(どこかの緑の大魔王みたいだな)
ユウキは心の中でそうつぶやく。
「まあ、これで一通り、戦闘面の準備は大丈夫だろ。パーティー申請が終わるまでの残り三日はこれからの方針とかについて詰めるべきだろ…よ」
「…?ユウキ?どうしました?」
「…眠い」
「眠い?」
ユウキは目をこする。よく見るといつも以上にユウキの目元の隈はひどい。
「…二日間、一睡もしてないんだ。さすがに眠い」
「…仕方ないですね。寝ていいですよ。部屋まで運んであげます。キースが」
「俺なの!?」
キースは解せぬといった顔をする。ユウキを見るとすでに寝息を立て始めていた。
「…仕方ねえな。運ぶか」
「なんかキースって魔王って感じじゃないですよね。恐怖の魔王というより奴隷の魔王の方が似合っている気がします」
「誰が奴隷だ!」
キースが激しく突っ込む。ルノアはその様子を見てドヤ顔をかます。たぶん、ユウキの理不尽にあわされる仲間が出来たとでも思っているのだろう。キースはユウキの顔を見る。その表情はただ眠る少年のものだった。まるで悲しみや怒りなど知らないかのような穏やかな表情だった。
「…ったく」
キースはユウキを背負う。
「…変わらねえな。お前は。大切な人のためなら自分の限界なんて顧みようとしねえ」
キースはぼそりという。
「しばらく休め。ユウキ」
キースは穏やかな表情で言い、ユウキを背に歩き出した。
もう、失わないために強くなる———




