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◇31.聖女の帰国に同行するんですけど。


「寝覚めが悪い……か」


 メルフィナは俺の返答を聞き、噛みしめるように同じ言葉を繰り返した。


「あなたは……情に厚い人なのだな。見返りを求めるわけでもなく、ただ自らにできることを行う……。なるほどリリア様が惚れられるのも、わかる気がする」


「主体性がないだけだ。あんまり買い被られても困るぞ」


 それは謙遜でも何でもなく、本当に違うのでそう言うしかなかった。

 俺にだって恨みはある。王子や同僚だった奴らに対しては、「知らんから勝手に滅んでくれ」というのが嘘偽りない本心だ。

 もう少し正確に言うなら、関わりたくないというか、面倒くさい気持ちの方が強い。


 ただ、目の前に困っている人間がいたら、それを放っておけないというのは別問題であり、先の感情と矛盾する話ではないのだ。


(それに宮廷の貴族や王族はともかく、城下町の人たちにはそんなに嫌な印象はなかったしな……。さすがに国民全員死ねとは思わないし)


「……あの、どうかなされたのですか? 魔術師さま」


 そうやって俺たちが話しているところへ、アンリエッタが怪訝な顔をして加わってくる。

 俺は転移の術札のことを彼女に説明してやる。するとアンリエッタは、驚きながらも感謝の言葉をこちらに述べた。


「ありがとうございます! この御恩は、いずれ必ず、必ず、何らかの形で返させていただきます……!」


 令嬢は髪がひるがえるくらいに大きく頭を下げる。

 その目からあふれた涙の雫が、二度三度と地面に落ちるのが見えた。


「……あ、でもな、念のため一つ言っておくと、お嬢さん」


「は、はいっ」


「俺は別にグラフィアスを助けるために、あんたに付き合うわけじゃないからな。今言ったように、あんたがこの街の防衛を手伝ってくれた借りを返すだけだ。結界が破れたなら、それを張り直す必要がある。だから俺はその結界の発生源、魔法陣まであんたを連れて行ってやるが、それ以上のことをする気はない。手を貸すのはそこまでだ。いいな?」


「それはもちろん……心得ております」


 これ以上欲張って何かを求めるわけにはいかない。アンリエッタはそんな表情でうなずいた。


「では婿殿、準備はいいか」


 メルフィナは術札から魔力を展開し、転移魔法の行使に入ろうとする。

 彼女は二枚の札のうち、一枚を自らで持つ。

 一方、色が違うもう一枚の札も取り出すと、それを俺へと手渡した。


「……これは?」


「そちらは転移用の術札ではない。魔力が切れた時に使用する回復の札だ。影の上位魔術を行使しすぎて、婿殿の魔力もなくなりかけているだろう。使ってくれ」


 ああ、なるほど。要するにこっちはエネルギー補給用ということか。

 色々と準備がいいことだ。一日活動し続けていた者も、これがあれば全快するに違いない。

 だが、俺はこれを自分で使う気にはならなかった。


「気持ちは嬉しいけど……今回は別にいいかな」


 そう言って俺はその魔力札をアンリエッタへと渡す。彼女に使わせるために。


「って、婿殿っ!?」


「だって俺が魔力を満タンにしたって意味ないだろ。むしろ結界を張り直すためにはアンリエッタの方を回復させた方がいい。それともメルフィナ、この札を他の人間に使わせるのは嫌か? それなら、そのまま返すけど」


「……この土壇場で拒否などできるわけがないだろう。仕方がない。そっちの人間が使うといい」


 彼女は呆れ顔で承諾する。

 アンリエッタは「あ、ありがとうございます」と、申し訳なさげに礼を述べた。


 そうして俺たちはグラフィアスへと転移する。

 札の転移魔法を行使するメルフィナ、護衛役の俺、それからアンリエッタの三人というメンバーで。

 とはいえ、アンリエッタに言ったように、俺はあくまでついていくだけだ。国を助ける気など毛頭ない。


 ……ただ、当初の予定ではその三人のみで行くつもりだったのだが……この時俺は、リリアが転移魔法に干渉できることをすっかり忘れており、彼女もまた転移について来てしまった。

 偶然なのか、意図してなのかはわからない。

 ともあれ、リリアもアンリエッタを手助けすると主張して、彼女は言葉の最後にこう付け足した。


「だって、カイトさんがそうなさるんですから。それをお手伝いするのは、妻として当然のつとめですっ」


 ……いい子だな。

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