5、サリオ 16歳 夏
今日3話目の更新となります。
ご注意くださいませ。
僕は、ジェフリーやガイと一緒にいろんな所へいった。
念願の歴史資料館は戦争の記録とか武器や装備の変遷の記録がメインで期待外れではあったけど青銅の剣とか初めて見たものも多くて面白かった。去年ジェフリーと2人で行った農業資料館とは全然違ってた。あっちは研究資料を広く国内から集めてて、冷害とか大雨とか山火事があった後の対応策について日夜研究してるマジメな場所だった。ひと言で資料館っていってもいろいろ方針が違うものだなーって思った。
博物館は動物の剥製がいっぱい並んでて、しかも館内が薄暗かったからちょっと怖かった。いや、その剥製が目当てだったんだけどさ。生きていた姿がそのまま残ってるのって不思議だった。毛皮とか爪や骨(触るの自体が怖かった!)の標本に触らせて貰ったり、実際に目の前にする自分との大きさの差に、やっぱり図鑑の中だけでは判らないものだなぁと思ったりした。
結局、美術館にも一緒に行って貰ったし、薬草植物園にも連れて行って貰った。
どっちも1人でも行けるから一緒じゃなくてもって思ったけど、誰かと一緒にあれが好きだの、変な顔だの言いながら鑑賞するのは全然ちがうんだなーって、思った。
大神殿にも行ってみた。式典以外ではじめて入ったかも。兄の第三王子に案内して貰った。こっそりと、返事とか挨拶以外で声聞いたの初めてな気がするっていったらガイに変な顔された。ガイのところは兄弟みんな仲がいいらしい。男だらけだから喧嘩もするけどすぐに仲直りするんだって。兄弟喧嘩かぁ…したことないなぁ。
巨匠が描いた天井画の迫力に声を失った。僕は馬鹿みたいに口を開けたままずーーーっと見上げていて首が痛くなるまでずっと見ていて、3人に呆れられた。だって本当にそこに世界があったんだ。凄かったんだ。他の壁画とかも案内されて大満足で帰ってきた。また観たいなー。
騎士団の訓練場に足を運んだ時は、ガイというコネもあったからか、特別に訓練に参加までさせて貰った。30分位でダウンしたけど。うちでは採用できませんな、と笑われた。志願なんてしないからいいけどさ。翌日ぶつけてもいないのに腕も足も青あざだらけになってて筋肉痛もすごかった。僕の筋力では軽く剣を打ち合うだけでダメらしい。王子の癖にサボりすぎなんですよと手当してくれた侍女たちに笑われた。
乗馬も教えてもらって近場だったけど遠乗り気分を味わったりもした。お弁当を持って出たので気分はピクニックだった。景色のいい河原で食べた。美味しかった。でも、男3人で何をやっているのかと夜になってから鬱になった。
「ついに今日はお祭り当日ですよ!」
嬉しそうにガイがはしゃいだ。
ガイの部屋に来たのは2度目だ。ちょこっと挨拶をしただけだったけど、家族のみんなが僕に対してもガイの仲の良い友達だと認識しているようで優しく受け入れてくれるのがちょっと照れ臭い。でも嬉しかった。
僕はいま、ガイの弟から貸して貰った平民っぽい服を着ていた。青いズボンに簡素な茶色い上着。そして鍔のある青い帽子を被っている。
一緒にいるのは藍色の上下揃いの簡素な服を着たジェフリーと、練習用にしてるというちょっと汚れの残った道着を着ているガイ。まぁいつものメンバーだ。
なんでこんな格好をみんなでしているかといえば、勿論お祭りに参加するためだ。
この火祭りは、夏の終わりに秋の豊作を祈ってするお祭りで、本番は夜から神殿でやるんだけどすでに街はたくさんの人で賑わっていて、朝からいろいろな出店がやっていたり大道芸人がパフォーマンスを繰り広げたりしていて、1日中お祭り状態なんだそうだ。
これまでいろんな所に連れて行って貰ってきたけど、基本どこかの公的な施設への見学だったから、こういう市井に紛れて外にでるというのは初めての経験だ。
僕、本当に経験したことないことだらけだなぁ。これまでまったく興味なかったから当然といえば当然か。
「夕方までには帰らないとダメです。それと絶対にはぐれないこと。いいですね、殿下」
「なんで注意されるのが僕だけなのさ」
ガイだって同レベルの浮かれっぷりじゃないか。
「俺は別に一人ではぐれても問題なく帰ってこれますもん」
ふふん、と鼻先で嗤われた。ぐぬぬ。ムカつく。
「大人しくしないと腰を縄でつなぎますよ」
「なんだよ、僕は王子なんだぞ?! 腰縄でつなぐとかオカシイだろ」
「首に縄掛けたら死んじゃうかもしれないじゃないですか。そんなことも判らないんですか」
じゃないよ! おかしいのは縄を掛ける場所じゃないから! 縄でつなぐこと自体だからね!?
その後も、おこずかいはズボンの後ろポケットじゃなくて上着の内側の隠しポケットに入れろだの、ハンカチは持ったかだの、ジェフリーがいちいち確認してきて煩かった。
でも仕方がない。僕になにかあったら、ジェフリーもガイも大変なことになるんだろう。
大人しくいうことを聞いておこう。うん、僕も大人になったな。ふふふ。
「さぁ、いきましょうか」
「うん!」
ちゃんと外では偽名を使う取り決めもして、僕たちは興奮に瞳を輝かせて街へと足を踏み出した。
「うわー、うわー、うわーー!! 口から、火ぃ噴いてるよ!!
「お隣、女神像だと思ったら人だったよ! 動き出した!!」
「空中で三回転できるなんて、すごいね!」
「腹減ってきた。旨そうな匂いがする方に行こうぜ」
「うわー。生きてる虎なんて初めて見たよ! 博物館でみた剥製とは迫力が違うね!」
「リオ、そんなに叫んでばかりいてのど乾いたでしょう。なにか飲みにいきませんか」
「あっち! あっちの人だかりが気になる!! 覗いてきていい?」
「蛇使いだって! 蛇に命令できるなんて凄いね!」
「リオ、いい加減落ち着けよ」
「うわーうわー。凄いよね。すごすぎる!!」
「リオ、いい加減にしないと、本当に縄でつなぎますよ」
ぐいっと腕を掴まれて引き寄せられた。
「…あ」
思いがけない方向から力を受けた僕はあっさりと体勢を崩して転びかけたけど、ジェフリーじゃなかった、ジェイが卒なく腕の中に抱え込んで支えてくれた。セーフ。こんな人込みで転んだら誰かに踏みつぶされるところだったよ。
「えへへ。ごめん。ありがと」
「まったく。普段の無気力ぶりからは想像もつかないはしゃぎっぷりですね」
う。呆れられちゃったか。おかしいな、大人になった僕がこんなにはしゃいでしまうとは。恐るべしお祭り。きっとなにかマジナイが掛かってるに違いない。うんうん、きっとそうだ。
僕がテレ混じりに適当なことをいっているのを苦笑で聞き流してガイが食事の催促をした。
「いい加減何か喰おうよー」
腹減ったよーとお腹をさすってみせる。ほんとごめん。
「屋台があるのはあっちの方みたいですね。移動しましょう」
そのまま左右の手を両側から繋がれて移動する。う。子供みたいで嫌だったけど、さっきあんなにはしゃいじゃって言うことを聞かなかったのは自分だから仕方がないか。
まぁいいや。子供みたいというか、何も知らない、何もかもが初めての僕は、子供そのものなのかもしれないし。お兄ちゃんたちのいうことを素直にきくことにしよう。
外のテーブル席を奇跡的に押さえられた。探そうとしたら近くに座ってたカップルがもう席を立つからと譲ってくれたのだ。僕の日ごろの行いがいいからに違いない。
お目付け役のジェイと一緒に、ガイが買い出しから帰ってきてくれるのを待つ。
場所取りくらい僕にだってできるのに。「一人にする訳にはいかない」って即却下された。解せぬ。
ここに座る前に皆で買った果汁を水で薄めたジュースをチビチビ飲む。美味しすぎて食べ物が届く前に飲み終わってしまいそうだ。
「おいしいねぇ、これ」
「…珍しいな。リオが飲食物を気に入ったというのを初めて聞いた気がするな」
そうかな? そうかも。食べるものなんかお腹が膨れればいいと思うよ。
「だからいつまでも細いのか」
「えぇ、そうかな。僕、細い?」
「あぁ、細すぎると思うな。リオはもっと喰え。いっぱい買ってきたから、たくさん喰えよ」
両手にどっさりと食べ物を抱えてガイが戻ってきた。ジュースの追加も持ってきてくれてた。
「わーい、ガイおかえり~」
タレがたっぷり掛かった串焼きに、野菜と麺が炒めてあるのとか、肉と野菜入りパンケーキみたいのとか、赤いのは臓物入りの煮込みなんだって。あと蜂蜜がたっぷり掛かった揚げ菓子。どれもこれも、見たこともない食べ物がテーブルいっぱいに並んでいた。
「うわー。どんな味がするのか想像もつかないや」
「リオ、お前は胃袋が吃驚しないようによく噛んで、ゆっくり食べろ」
たしかに、正面にいるガイみたいにガブっと齧り付いて食べる勇気はない。
僕も串焼きを1本手に取って、恐る恐る口にしてみる。硬い。ちょっとしか口に入れてないのにタレの味が濃くて吃驚する。でもゆっくりと噛み締めていくと普段の食事に出てくる肉とは違う旨味みたいのが口に広がっていく。
「美味しい、かな?」
「なんで疑問形なんだよ」ガイが笑った。
「リオにはこっちの方が口にあうかもしれないな」
ジェイがパンケーキを切り分けてくれた。さっきの串焼きを教訓に、またちょこっとだけ口に入れた。おぉ、こっちは軟らかい。むしろ蕩けるような食感だった。
「これ美味しいね!」
パンケーキは蕩けるように軟らかいのに、中の野菜はシャキシャキする歯ごたえが残ってて、食べてて楽しい気持ちになる。
「こっちも食ってみろよ」
ガイが僕の食べてたパンケーキの上に臓物の煮物を掛けた。うわっ。汁気が跳ねて上着に掛かる。もう。雑だなぁ。
「ガイ、お前ねぇ」
文句をいいつつ服をハンカチで拭いていると、後ろから怒声が飛んできた。
「おい、俺の服が汚れただろうが!」
後ろからいきなりぐいっと首元を持ち上げられた。ぐえ。苦しい。
きゃーっていう悲鳴が周囲から上がり、遠巻きにされる。困ったな。目立つわけにはいかないのに。
「ご、ごめんなさい?」
汁を掛けたの僕じゃないんだけど。でも仲間がした失敗だし。僕も謝るのは当然だ。ちょっと疑問形になっちゃったけど。そこは許してほしい。
「ごめんで済むかよ。弁償しろ、こら…って。痛ててっ。クソガキ、なにをクソっ」
突然、解放されたと思ったら、怒ってた男が膝をついていた。
「友達が失礼しました。でも汁を掛けたのはその子じゃないですし、汚い手で触らないでくれますか」
ジェフリーが怖い顔して僕を掴み上げていた男の手を捻じり上げ、ガイが男の反対側の腕を後ろにねじ上げていた。お前ら、曲芸並みの早業だな。
しかも、さっきのカップルが戻ってきたと思ったら、その男を連れて行っちゃった。なにあれ。
「でん…、リオ、大丈夫? 怪我はない?」
「うん、大丈夫。ちょっと苦しかっただけ」
首元をさすっていると、ぐいっとジェフリーが顔を近づけて確認する。うはっ。イケメン顔近いです。真面目な顔してるから近くで見ると大迫力だね。
「ちょっと赤くなってる。すぐ助けられなくてごめん」
いや、大丈夫。すぐもいいところだったでしょ。
「ガイもあからさまにがっかりしないでよ。気にしないでお祭り楽しもうよ」
しょんぼりしてしまった二人を励まそうと声を掛ける。うーん、大したことなかったんだし、ほんとに気にしないでいいのにな。
そうそう。あのカップルは騎士団から派遣されてきた護衛なんだって。おしのび感が下がった気がしたけど、騎士団長の息子が黙って王子の一人を街中に連れ出したりできないよね。当然と言えば当然か。。
お祭りの日に僕が遊びに行くのに付き合わされて申し訳ないなーって思った。
「お嬢ちゃん、頼りになるナイト様が2人もいてよかったね」「ああいう難癖つけて小金をせびり取る輩は祭りではよくいるんだよ、気を付けな」「お祭りの続き楽しんでおくれよ、お嬢ちゃん」
遠巻きにしていた人たちが戻ってきて声を掛けてくれる。
中にはお菓子とかジュースをくれる人もいたんだけど…いたのは嬉しいんだけど、お嬢ちゃんって、誰?!
「俺な訳ないでしょ」ガイが即行で否定する。
「俺でもないな」ナイト2人っていってたしとジェイ…もういいやジェフリーも否定する。
「…え、パーシバルならともかく、僕?!」
そんな馬鹿な。ズボン履いてるし。ありえない。
「平民は女でもズボンくらい履くし。それにお前華奢だしな。世間知らずのいいとこのお嬢様が男装しておしのびで遊んでるって思われたんだろうよ」
ガイがこんなに面白いことはないと言わんばかりに腹を抱えて笑いながらいった。くそぅ。
「それとな、前から訂正入れたかったんだがな。リオ、お前とパーシバル様は似てるから」
ジェフリーがトンデモナイことを言い出した。アリエナイ。それだけはあり得なさすぎる。
「う、嘘だ…全然似てないだろ? なぁ、ガイ」
「いや、並べると『あぁ従兄弟だなー』って誰でも思うぞ」即行否定された。
うそだぁあぁぁあぁーーーーー……
後日、学校であったパーシバルに
「僕はパーシバルみたいに女に見えないよね?」とつい掴みかかって聞いてしまい、それから1週間くらい彼は僕と口を利いてくれなかった。
悲しかった。