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3、サリオ 16歳 冬



 


 

 二人だけの勉強会(というか朗読会)はひっそりと続けられ、季節は変わりゆき、すでに冬になっていた。その日、ジェフリーが僕の部屋に講習に来れたのは、10日振りのことだった。


「家庭教師に、戻ってきて貰えたんだ」

 紅茶を運んできた侍女が退出した途端、そう勢い込んで伝える。

 少し前からジェフリーに言われていたのだ。家族に告白するべきだ、と。ジェフリーは秋の生徒会の入れ替えによって会計として役員に名を連ねるようになっており、勉強会の時間を取るのも前より難しくなっていた。

 なかなか自分が”妖精のいとし子”で勉強には困難があるのだと口にするのには勇気が必要で難しかったけれど、あの時の歴史書と初歩の算術について理解できるようになったことを支えにして、僕はついに母上である王妃に自分の状態を説明することができたのだった。


 

『妖精のいとし子に、そんな弊害があったなんて…

 それよりなによりも。貴方がいとし子だと気が付きもしなかった。

 なにも知らなくてごめんなさいね。辛い思いをさせたわ』

 そういって抱きしめられた。物心が付く頃には僕は反抗ばかりしていたから、母上に抱きしめられた記憶はない。歳の離れた兄姉と交流もなかったし。父上とも親子としての触れ合いをした記憶はない。

 持て余されている、ずっとそう感じていた。


 妖精のいとし子は、この国では大切にされている存在だという。

 普通は、幼い頃からひとつの芸術にのみ興味を持ちひたすら年齢にそぐわぬ優れた作品を作り続けることで見つかる。

 しかし、僕はずっと絵を描いていたものの、完成した絵をすべて失敗作だといって誰にも見せようとしなかったため、ちゃんと絵を描いているという認識すらされていなかったようだ。



「では、ご家族に相談できたんですね。頑張りましたね」

 にこにこと紅茶を口に運ぶジェフリーの顔から視線を外して、感謝の言葉を伝える。

「ジェフリー、…あの、いろいろとありがと、な。感謝してる」

 いえいえと胡散臭い作り笑顔っぽく返された。

 なんだよ、人が素直に感謝してやったのに。失礼な奴だ。


「お礼は、たまに絵を見せてくださるだけでいいですよ」

 なんて安上がりなんでしょうね、って。どういう意味だ。僕の絵に価値がないといいたいのか。

 いや、ないけどさ。お金になる絵を描けている訳でもないし。

 でも安上がりといわれるのもなんだか納得できないな。


 いつかきっと、うん。そんなことをいわれないような絵を描いてみせる。…みたいな。


「さて。はじめようか。今日は何を読む?。

 でも、家庭教師がきているなら勉強はちゃんとした専門家にお願いした方がよさそうだな。

 この時間も、そろそろ終わりかな」

 ちょっと寂しそうに目を伏せてそう告げられる。

 こいつ、ほんと睫毛長いなぁ。ちょっとウエーブが掛かった前髪が揺れている。

 

「ジェフリーが忙しいのは知ってるから、無理にとはいえないけど

 あのさ、今度から娯楽小説とか読んでもらってみてもいいかな」

 そっと、冒険小説を差し出す。子供の頃に乳母から寝物語に聴かせてもらった冒険譚。

 いつも途中で寝ちゃうから、聖なる山を登り切ったそこに何があるのか、知らないままだったりする。


「あと…あとさ、これも時間がある時だけでいいんだけど。あのね、無理しなくていいんだ。

 でも、できれば週末に時間が取れた時に、僕と一緒に博物館とか資料館みたいな所に行ってくれないか、なぁ」

「美術館ではなくて、博物館や資料館か」

 僕はこくりと肯いた。

 自分の手を描いてて気が付いた。毛穴とか皺があって、皮膚があって、筋肉があって、骨がある。

 その正確な繋がりを僕は知らないといけない気がするんだ。

「でもサリオ、お前が描きたい絵は心の中の光景であって、精密画じゃないだろう?」

 言葉だけじゃうまく伝えられるか判らなかったから、絵に描いて伝えようとしてみる。

「うーんとさ、花を描こうとするでしょ、記憶の中にあるイメージだけで描くと、どこか曖昧で、なんとなく薔薇っぽいとか、百合っぽい花、とかそんな絵にしかならない」

 ささっとノートに鉛筆で薔薇を描いてみる。うん。雑だ。

「でもさ、ここにある図鑑、これを見ながら描くとさ、その薔薇の種類まで伝えられるんだよ」

 八重咲の薔薇、一重咲の薔薇、つる樹形の薔薇、木立性の薔薇、図鑑の中で目に付いた薔薇を手早く写していく。

「でね、本物を見て描くと、花弁の質感とか重みとか香りとか、そういうのも感じて描ける」

 朝、庭の薔薇園を歩いた時にみた記憶を思い出しつつ1輪描く。風に折れたのか虫にやられたのか1枚の花弁が上に美しさを損なう形で折れ曲がっているところ。

「見たままを描くと葉が虫食いにあってたり、花があっちこっち向いてたりしちゃう。だから、知識と経験と理想と、全部を合わせて描くんだ」

 話しながら手を動かす。あの子の手に取ってもらえるような綺麗な綺麗な特別な薔薇を思って。

「ほら。同じ僕の想像で描いた薔薇でも、そこに図鑑で知ったことと、実際に目にした実物の記憶と僕の理想を混ぜ込めば、こんなに違ったものになるんだ」

 ノートをばばんとジェフリーに突き出して見せる。

 いまの僕が手にした武器を見せてみたかった。

 ジェフリーに言われた知識を持つと自分の中に武器を持てるって、きっとこういう事なんだと思うから。


「知るということ。できるだけたくさんの知識を自分のものにした後で自分の中に理想を探した方が、きっと何も知らない空っぽの僕の中に探すより理想郷に近いものを描けるんじゃないかなって思ったんだ」

 ううん。我ながらつたない説明だ。伝わるといいなぁ。頭をがりがりと掻きむしる。

 でもきっとジェフリーなら大丈夫。僕の考えくらい簡単に汲み取ってもらえるだろ。頭いいんだし。

 見上げて、微笑ましいものを見ているような目で見られてて、もしかして兄がいたらこんな感じかなぁってつい思っちゃったけど、僕に兄はいたんだった。しかも三人も。王太子と未来の外交担当官第二王子、あと神殿に入った第三王子。三人共、交流なんかないけどね。


「でね、動物とか建物とか、すべてを見て触って回る訳にはいかないじゃないか」

「それで博物館に資料館か」

「そう。それで、できれば説明文とか読んで欲しいんだ」  

「なるほどね。いいよ、スケジュールが空きそうな時は学校で相談しよう」


 ジェフリーが受け入れてくれたので、僕はつい両手をあげて大きな歓声を上げてしまった。

 たまたま部屋の外にいたらしい侍女頭のステラが突然部屋に入ってきて「お静かに」と怒られた。

 そしてひとしきり怒った後で、美味しいケーキと紅茶のお替りを持ってきてくれた。

「お勉強頑張ってくださいませ。応援しております」そう言って貰えた。すっごく嬉しかった。

 でも今日はこの後、冒険小説読んでもらうつもりだったんだけど。いいのかな。

「いいんじゃないか。冒険小説を読むのも大切なことさ。子供の成長にはな」

 おい、いい加減にしろ。

「サリオが寝る前に、知っているところより先までいけるといいんだが」

 くすくす笑いながら、ジェフリーの長い指が頁を捲る。

 ムカついたけど、僕は長年知りたかった冒険の続きが愉しみすぎて、それ以外はどうでもよくなっていた。


 


 それからの僕は、家庭教師と一緒に音読と絵図による初歩の講義を受けたり、ジェフリーに小説を読んで貰ったり、たまに博物館や資料館、さらに王宮内で仕事をしている場所を許可をとって案内して貰うなど楽しい日々を過ごした。

 これまで、入ったこともどこにあるのかも知らなかった厨房では、魚や鳥が骨つきで見れて興奮した。人の骨格がみたいと騒いでいるところを侍女に聞かれ侍従長に問いただされた時は焦ったけど。でも、なんとか説明して医者になるための学校へ紹介して貰えたのは予想外の幸運だった。


 人とのつながりができて、知識が増えていく。

 自分でできることも増えた。図鑑も絵だけなら、ひとりで見れるようになったし。

 文字は相変わらず伸びたり縮んだり揺れたりするけど、揺れるのは当然だって思えてから怖くなくなったのも大きいと思う。

 こんなの、僕だけだって思ってたし。僕だけじゃないって知って本当にほっとしたんだ。




 それは王子としてはあまりにも遅くとても自慢できることではないのだろうが、暗闇の中で蹲っているだけだった僕にとって、その歩みがどんなにゆっくりとしたものだろうと、光に向かって歩むことということだった。


 そうして、ここからすこしずつだが、僕は自分に自信を持てるようになっていくのだった。




 

ごめんなさい。サブタイトルでの、サリオの年齢間違ってました(白目

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[気になる点] 脱字?:ここにある 「でもさ、ここある図鑑を、これを見ながら描くとさ、その薔薇の種類まで伝えられるんだよ」 余字:く ムカつくいたけど、僕は長年知りたかった冒険の続きが愉しみすぎて、
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