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9、サリオ 18歳 茶番劇は終わり

本日3話目です。

読む順番にご注意くださいませ。

 



 暗くなった教室にこっそりと舞い戻り、壁を背にして座り込む。

 王宮、帰りたくないなー。今頃は情報も届いて陛下も王妃も、めちゃくちゃ怒ってるだろうな。うはっ。

 でも、どんなに怒られても、僕にはこの方法しか選べなかったんだ。


 ぼーっと、視線の先にある机を見つめる。

 今日までそこに座っていた人の姿は明日からもうそこに座ることはない。

 そこに座っている時も、座っていない時も、

 その人の視線がいつもある人に向かっていることに、もうずっと前から気が付いていた。

 その後ろ姿に責められている気が、ずっとしてた。



 ガラッと扉が開く音がして、そいつは僕の横に腰を下ろした。


「なぁ、ジェフリー。僕は上手にできたと思わないか」

「そうですね。殿下にしては上出来だったかと」

 ちぇっ。もっと褒めろよ。僕にしては最大級に頑張っただろ。

「それといくらなんでも、お前やりすぎだろ。僕に何の恨みがあるんだ?」

 殿下にはないですね、と軽くいなされた。むぅ。

 なんだかやたらとディスられてたような気がするんだけど。

 まぁいいか。最大の僕のあやまちは正されたんだから。


「初恋は実らないっていうけどさ、あれ、嘘だな。

 ふふっ。あいつ、嬉しそうだったなぁ」

 ぐっと両手を上に伸ばし、つめていた息を吐く。

 ようやく息ができるようになった気がする。


 安定した永久就職先だかなんだかしらないけど、大切な人を不幸にして、自分も、自分に縛り付けられることになる将来の伴侶も不幸にしてまでしがみつきたくなかった。


 どんなに婚約を白紙に戻したくても、陛下と王妃にその気がない以上なにをいっても通らないことは判っていた。だったら横紙破りに出るしかない── 

 それがあの夜の作戦会議の結果だった。

 僕が一方的に婚約破棄を宣言するだけでは弱いというのがジェフリーの意見だった。同意だった。

 婚約破棄から一気に新たな婚約宣言まで。そこまでいったらいくら王家でも覆すのは難しいだろう。ガイも僕も、そしてパーシバルとマリ嬢も納得しての婚約破棄劇。


 マリ嬢に協力してもらうための絶対条件が、『フィーリアに罪を着せない・心に傷を負わせない』だったから、できるだけ僕が阿呆になってみせるしかなかったし、恥を掻くのも怒られるのも覚悟の上だった。

 あー。でもやっぱり帰りたくないなぁ。


「私はかわいい女性にしか肩を貸さないことにしているのですが、

 頑張ったご褒美に、今だけ殿下にお貸ししてあげましょう」

 今夜だけの特別です── 気障っちい仕草が似合う嫌味な男だ。

 この僕が男の肩なんか必要とする訳がない。

「いらないよ。ばか」


「意地っ張りですね。でも、こんなおめでたい日に、一人で泣くなんて寂しいじゃないですか」

 めでたくなんかないやい。やっと手にしたと思った恋もなくしちゃったし。…大切な友達の笑顔は守れたけど。

 ぐいっと勝手に肩を抱き寄せられた。

 そのまま頭を撫でられる。

 くそっ。心が弱っている時にこんなことするから、我慢していた涙が勝手に零れ落ちていく。


 リズは、僕が思った以上にお馬鹿だった。この国の制度すら理解できていなかったなんて思わなかった。

 僕は、平民になってもいいから僕といたいと選んでもらった訳じゃなかった。

 ──僕自身を選んでくれたなら、どんなことがあっても守ろうとか思ってた僕が間抜けだったんだ。

 王子じゃない僕を選んでくれる人なんて、やっぱりいないんだなーと、自分にがっかりする。

 勉強も嫌いだし、剣術も、馬術も苦手だ。社交も好きじゃない。

 ぼーっと一人でいるのが好きだ。それと役にもたたない絵を描くこと。それしかしたいこともできることもなかった。僕は本当に何も持っていない。


「でも、これでようやく殿下も、本物の、真実の愛を探しに行けるでしょう?」

 勝手に僕の髪をなでてる奴が、とんでもないことを言い出した。

 阿呆か。お前、頭良かったんじゃなかったのか。

「そんなの、そうそう転がってる訳ないだろうが」

 簡単にいいやがって。これだからモテる男はいやなんだ。


 本当は、リズと僕の想いは、パーシバル達のような唯一じゃないって判ってた。

 それでも、一度手に入れた温もりを手放すことは簡単じゃなくて。初めて僕自身を選んでもらったと思った喜びも。だから手を離したくなかったんだ。

 ニセモノかもしれないけれど、そこから育てていくこともできるんじゃないかって。夢を見てた。


 そこまで考えて、自分のあまりの卑屈さにムカついたので、奴の上等な上着で鼻をかんでやろうとしたのに綺麗なハンカチをあてがわれた。

 だから力いっぱい鼻をかんでやった。ざまみろ。

 しかし、その程度は想定済ノーダメージだといわんばかりにもう1枚ハンカチを取り出して、こいつは俺の涙を勝手に拭きだした。ぐぬぬ。勝てない。掌の上で転がされている感が酷い。


「強く擦らないで下さいね。明日、瞼が大変なことになりますから。

 …それに、探しもしないで諦めるなんてよくないですよ。

 ご自分だけの理想郷を描くためにずっと努力してきた殿下らしくもないですね」

 ふわっとやわらかく笑うから、なんて返していいのか判らなくなった。


「そうそう。まずは現実的な探しものとして、明日からの就職活動がんばりましょう。

 明日の11時頃、お迎えにあがります。ベイリー伯爵と昼食をご一緒する約束になってますからちゃんと準備しておいてくださいね」

「?! お前は見合いのあっせんもするのか」

 ジェフリーが、とんでもない馬鹿をみるような顔で眉を顰めている。

「なに馬鹿なことを言っているんですか。ちゃんと言っておいたとおり、最新作とスケッチブックも忘れないでくださいね」

 ? なにを言われているのかわかんない。考えてみても判らない。

「先月、パーシバル様が教室の窓辺に佇んでいる絵を描き上げたでしょう。そろそろ絵具も乾いただろうし、持っていけますよね。

 もしまだ動かせないというのなら…うーん、年末に描き上げた太陽を背に笑うパーシバル様の絵でもいいですよ。あれも悪くない」

 口が空気を求めてぱくぱくする。なんでそんなことを知ってるんだ。

「な、なな、なななんでぱーしば…って」

「もしかして、殿下は絵を描いている間は、いくら話しかけても記憶に残らないんですか?」

 面白いことを知りました── 悪い笑顔をして、父が決めた学友は笑った。


「陛下は、なにを考えてこんな意地の悪い悪魔に、学友になるよう頼んだりしたんだ」

「なにいってるんですか。私が殿下の学友に立候補したんですよ。

 殿下の傍にいるのは面白そうだなと思ったので」


 きっと僕はいま、生まれてきてから一番変な顔をしているに違いない。


「実際に、面白い学生生活を送れたと感謝していますよ。あ、もちろん殿下は私に感謝してくださいね」

 ニコニコと言われる。ほんと、お前はもうちょっと謙虚さを知るといいよ。



「ねぇ、サリオ殿下。世界をぎゃふんといわせる絵を、いつか描いてみせてくださいね」


 相変わらず自信満々といったどや顔をされたから、

「その顔ムカつく」とだけ答えておいた。



 また明日から新しい絵を描こう。

 そう思えた。

 


 

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