ある兵士の夢
僕が家族にまつわる感謝の話をし終えると、インターホンの向こうからは「ふふっ」という人が口から空気を吹き出す音がはっきりと聞こえてきた。どうやら笑われているようだし、家族一同なんだか盛り上がっているみたいだ。
「家族思いなんだな、みんなしっかり思いは受け止めたぞ。」
明らかに笑いをこらえながら話していることがわかる。当然怒りを抑えきれなくなった僕は…
「ふざけんなっ!いいかげんにしろっ!」
と大きな声で怒鳴ってしまった。近所の人にも聞こえただろう。恥ずかしさと悔しさで涙がすこし出てきてしまった。
すこしの沈黙の後、伯父さんは真面目な調子で話を始めた。
「真面目に考えてくれたのに、茶化してしまってごめんな。もちろん家族は大切なものではあるけれど、俺が言いたいのはちょっと違うことなんだ。騙されたと思ってもう少しだけ考えてみてくれないか。夕ご飯の時間になったら戻ってきなさい。そうしたらみんなで一緒にご飯を食べよう。」
伯父さんの真剣な雰囲気に呑まれて、僕はさっきまでの怒りも忘れて話を聞いていた。聞き終わるとため息をついて、その場に座り込んでしまった。そんなこと言われてもさっぱりわからない。だいたいこういうのは、「答えなんてない」とか、「一人一人違うもの」とかいうやつなんじゃないだろうか。そうしてまだ家に入れないという事実に途方にくれながらも、考えてみてくれないか、と頼まれしまったわけだし、夕飯までだと堪忍して立ち上がって歩き出し、考え始めた。
ぶらぶらと徘徊する道の途中、僕は鉛のトンネルをくぐった。天井はうねり光の乱反射で壁はピンクにも緑にも見えた。気づくと星空の中にいることもあった。星は近くで見ると一層輝いていて、すこし眩しいくらいだった。しばらくすると、どこからともなく鐘の音が聞こえて、すなわち夕ご飯の時間であり、僕が家に帰る時間であることを知らせてくれた。
家の前に着くと、硬く閉ざされていた僕の家の扉は、なんのためらいもなしに開いてしまった。伯父さんはすこし気まずいような、笑ったような顔で僕を出迎える。
「おじさん、考えたけど、やっぱりわからなかったよ。」
「そうか...。それじゃあ教えてやる。つまり『大切なもの』っていうのは、『何が大切かということをわかっている』、ということだよ」
「......。そう…。」
なんだか納得のいくようで全くそうではない、曖昧な答えだった。いったいなんなんだ、この脈絡もよくわからない事件は。まるで夢のようだな…。
「おかえり、災難だったね、どんまい。」
家に入ると、妹が優しく声をかけてくれた。
「今日はビーフシチューだから。伯父さんも来てるしごはん豪華だよ。」
母さんが僕に微笑みかける。
「俺は止めたんだぞ?でも兄貴は1度言い始めたら聞かないってのは、知っているだろう?」
父さんがすこしバツが悪そうに悪そうに話し出す。
そういえばいつの間にかお腹が減っていることに気がつく。いろいろと考えて疲れてしまったし、とりあえずご飯だな。そうして僕は席に着いた。
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ここで兵士は夢から醒めた。あたりを見回す。そこは榴弾の爆発でできた大きなクレーターの中で、あたりは砂埃が舞っていて視界が悪い。時折前の景色が見えても、相も変わらず荒地のような砂漠のような地形ばかりが見えるだけであった。なんとも夢らしい、奇妙なストーリーである。変わった伯父さんは確かにいたけれど、こんな出来事はさすがに起こったことはない。けれど、もう会えない人たちと会えることは、夢の世界の特権なのだ。
(随分と昔に戻った気分だ…。)
所属する部隊からはぐれ、いったいどのくらいの時間が経過したのだろうか。肩に担ぐ旧式の銃はなんとも心もとない。兵士は立ち上がり周囲を見渡す。
「なにが大切か…」
小さな声でそうつぶやくと、前に歩き始めた。兵士の姿は砂埃にまぎれてすぐに見えなくなってしまった。