#07 戦闘します。怖いよ。
「エルフ語の詠唱が出来るとは。さすが、姫だ」
出来ますとも。
伊達に二十年、このゲームにどっぷり浸かってませんよ。
……現代日本では完全な厨二知識ですが。
この世界で実装されていたエルフ語を解読して丸暗記したボク。
ゲームではこの系統の魔法呪文、オート詠唱だったけど。
ボクはエルフ語で日常会話出来るレベルまで独自習熟してしまいました。
他の場所で使われているエルフ語も、全て解読して掲示板に貼ってた。
……分かってるよ、就職の役には立たない無駄知識だよ。
「見張りがいる。三匹。姫?」
「見えて……る! 《走れ》……《敵の》……《喉笛へ》!」
ぱあん!
精霊の矢が、ボクの胸当てを弾いて乾いた音を出す。
撃ち放った矢は、三本。弓も、同じく水精霊。
水の精霊力を強く帯びた矢が、ボクの手元から飛び出した。
それは遠くのゴブリンへ向かう水流の矢になった。
──威力は、精霊弓士の常で、弱い。
でも、それでもいい。
サルフィーア2に、ヒットポイントの概念はない。
攻撃が当たる部位で、有効判定が大きく異なる。
どんなに大威力の攻撃でも、爪先に当たっただけでは致命傷にならない。
ボクが放った矢は、狙い違わず、ゴブリンの喉に突き立った。
対人戦の奇襲でもさんざん経験した技法。
喉を貫いて気道を塞ぎ、水を肺に流し込めば。
人でも魔物でも、変わらず即座に溺れ死ぬ。
教わった相手は、同じクランの忍者の英雄。
暗殺者として名高い彼に教わった戦闘技法は残酷で、そして効果的だ。
溺れ死ぬ敵は、絶対に悲鳴を上げられないまま、絶命するから。
でも。
今、ボクが震えているのは、魔力消費がきつかったからじゃない。
「よし、上出来。入り口の安全を確保する。姫、行くよ?」
「……姫って、呼ぶな」
ぽんぽん。
軽く頭を叩く様子は、きっとボクを子供扱いしてるに違いない。
確かにちびで小さくて軽くて細くてスレンダーだけど。
ボクは三十三歳の、れっきとした男なんだぞっ。
口には出せないけど、じろり、と彼の後ろ姿を目で追いながら。
ボクは、そこから足を踏み出せなかった。
……ゴブリンたちから飛び散った、周囲を汚す黒い血液の臭い。
感覚ダイレクトな死の臭いは、ボクの足を固めるには十分すぎた。
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「ごめんね。重くない? 大丈夫?」
「いや、全然? むしろ役得かな」
「何が役得?」
「ほら、姫の体を背中で直に感じられるから」
「……ボクの体って。──え、もしかして。ロリ?」
吹き出すように笑う彼の背で、ボクはムカついて首を締めてやった。
腰が抜けてしまったボクは、彼の背に括り付けられている。
彼の美しく優雅なマントを使って。
「通路のゴブリンがいない。姫、急ごう。奴ら、宴の準備をしてる」
「うん。上? 下?」
「……姫が選ぶべきだ。俺は従者だから」
「また、選択肢を。もう、なんでボクが」
彼の表情は見えない。
でも、何故か選択肢を選ぶのが常にボクだというのは、理解した。
彼は全力で手伝ってくれる。
でも、選ぶのは、ボクじゃないといけないらしい。
そういうルールでもあるのか。
まるで、ゲームみたいだ。
「塔の上層は、きっと人間の牢獄。下は、ゴブリンの巣窟だよね」
「だろうね。ゴブリンは日光を嫌い、暗所と湿気を好む」
「まるでGだよね」
「G? 口から放射能火炎を吐く」
「そっちじゃなくて! カサカサの方!」
「ああ。ゴ……」
「明言しない! 鮮明に想像しちゃうでしょ!」
「そりゃ失礼。そういえば、あれが飛ぶと苦手だって冒険者は多いな」
「怖い想像させないでってば!」
ごすっ。
思わず彼の後頭部に、頭突きしてしまった。
さすがに応えたのか、彼は片手で後頭部を擦ってるけど、振り向かない。
なんで壁に手をついて肩を震わせてるの。
ねえ、うつむいて顔を背けてないで、こっちを見てごらんよ。
「もうっ、ほんとに。──下に行こう」
「理由は?」
「上の牢獄で人質を解放しても、結局地下からしか出られないから」
「……ああ、なるほど。なかなか、姫も肝が据わっていらっしゃる」
「据わってなんかないよ。ドキドキものだよ」
苦言を呈して。
ボクは、震え始めた両足を、彼の両脇に押しつける。
村の人間がゴブリンに囚われた理由は、食料代わり。
上に囚われているなら、食べるためには地下に運ぶはず。
地下で待ってた方が、一度に助けられる確率が高くなる。
そう、計算したけど。
こんな作戦、ゲーム時代にもやったことがない。
失敗したら、村人が死んでしまう。
緊張で、吐き気が止まらなかった。