#06 現場に到着しました。
たったか、たったか。
彼はひたすらに走る。力強い足腰で。
ボク?
ボク、自慢じゃないけど、足は速いよ。
伊達に、俊敏性最優のハイエルフを選んでないです。
──速いんですけどね。
ボクは、耐久性に難のあるエルフの上位種族。
もちろん、ボクも、耐久力は低いですとも。
並んで駆けていたボクですが。
村から数百メートルと離れないうちに力尽きてしまった。
失速しそうになるボクを、攫うように片腕で抱き抱えたのは、彼だ。
そういうわけで、ボクは彼に小脇に抱えられて、移動している。
「あのさ。普通はこういうときって、お姫様抱っことかそういうのでは?」
「済まないね、姫。片手は空けさせて欲しいんだ。拳闘士なのでね」
苦笑気味の、彼の声。
仕方がないと、納得しそうになる。
でも、同時にむくむくと、疑問も湧いて来る。
「ボクのお腹の感触を楽しみたかった、とかじゃなくて?」
「…………」
クックックッ、という声を殺した笑い声が聞こえてきた。
ボクは全力で暴れた。
……でも、彼はそのまま現地まで離してくれなかった。
ちくせぅ。
────☆────☆────☆────☆────☆────
「変わってないな」
「もちろん。こいつを破壊しようと思ったら、ドワーフの石弓が要るね」
ボクらの前にそびえているのは、伝説のエルフの大灯台。
といっても、壊れているんだけど。
なんでかって、土台になっている岩盤が歪んで、斜めに延びているのだ。
まるで、ピサの斜塔を見てるよう。
あそこまで巨大ではないけど、灯台の大きさは六階立てのビル程度。
内部は、地上六階、地下三階。
そう、この建物は、放棄されたダンジョンになっている。
でも、内部にはエルフは居ない。
何が居るかって?
世界が現実に変わった今、実はちょっと戦いたくない相手だ。
「いや、ここまでゴブリンの臭いが来てるね。姫、大丈夫かな?」
「うー、くしゃいー」
全力で片手で鼻を摘み、もう片方で鼻を押さえて、臭いに耐える。
まだ、入り口までは一キロほども離れている。
入り口は実は陥没した岩盤の坂で、それが地下一階に繋がっているのだ。
ちなみに、本当の地上の入り口は落盤の衝撃で歪んで開かない。
だから、この灯台には地下からしか入れない。
そして、暗い洞窟を好むゴブリンの巣窟になっている。
この灯台跡のレイドボスは、ゴブリンロード。
醜悪で巨大な、でぶっちょのゴブリン王だ。
奴は、人間を煮込んで食べる、悪食のゴブリン。
捕まえた人間は、灯台のどこかに閉じ込めている。
「では、行こうか姫?」
「姫って」
「ティーネ。弓は出せる? 落ち着いて」
言われて、気づく。
そうだ。
彼は、拳闘士だから素手が武器だ。
でもボクは、武器を出さなくては。
──出せる?
ゲームの中では、ショートカットで一発装備だ。
……ショートカット?
そんなものは、現実にはない。
「え? あ、あれ? アイテムボックスも」
「あるよ。あるけど、どうやって出すかは人それぞれ。俺は教えられない」
「あるのか。あれがないとボク、ただの人だし」
「美少女エルフさんだね。時間はあるから、焦らずに。集中して」
教えられない、って言った癖に。
努めて冷静に言ってくれてるのが分かる。
ボクを不安にさせないため?
なんか悔しかったので、ボクの方が先に笑ってやった。
そしたら、彼が少し驚いた顔をしていた。
ふっ。勝ったな。
……何に。
いや、それはともかく。
武器だ。
精霊弓士の武器は、精霊そのもの。
弓になる精霊と、撃ち放つ矢になる精霊を喚ぶ。
弓と矢の属性の組み合わせで、攻撃にも支援にも防御にもなる。
──攻撃、すっごく弱いんだけど。
それでも、ゴブリン程度なら、きっと十分っ。
大丈夫、できるできる。
やれるやれる。自分を信じれば。
どこかの熱気と太陽の神も、言ってた。
「──《水の精霊》……」
ふっ。
彼が、笑った。
ものすごく魅力的な笑顔で、集中が途切れそうになる。
これは、エルフ語の詠唱。
精霊族のエルフに伝わる、上のエルフ古語。
精霊たちの言葉。
大丈夫。
ボクは、この言語を操れる。
精霊よ、応えて!