#05 お芋は甘かったけど、状況は甘くなかった。
「いや、ハイエルフの姫様と従者さんとは、申し訳なかった!」
「平に、平にご容赦を! ここのメシ代は、あっしらが出しますんで!」
「おい、姫様に食事だよ、急げ! お怒りになられる前に!!」
……なんだ、この状況。
三人のならず者たちに案内された宿は、跳ねる暴れ馬亭で間違いない。
宿の二階が宿泊部屋、一階が酒場兼食事処なのは共通仕様。
記憶の中ではもう少し初心者たちが集まって賑やかだったはずだ。
本来ならここで、臨時のパーティ──、野良パーティを組むんだから。
でも、薄暗い宿の中はボクらと、愛想のない給仕の女性が一人だけ。
もちろんみんな人間だ。
だって、この町は人間の町だもの。
そして。
チュートリアル時点では全種族の初期村設定だったから。
──この村に、人間以外の人類、亜人を驚くようなNPCはいなかった。
「言ったでしょ? ここもリアルだと」
「ゲームの中と、どう違うの?」
「歴史的必然。ゲームではかなり早く出て行ってしまうでしょ、島を」
芋のスープで溶け切った具材をフォークで弄る彼が、言った。
彼の声量に合わせて、ついボクも声を潜めてしまう。
この芋のスープ、ここの名物なんだよね。
裏庭で宿の主が芋畑を栽培してるから。
ならず者たちは、少し離れたテーブルに座っている。
でも、視線はボクらに集中している。
どうやら、ボクたちの動向を伺ってるみたいだ。
敵意は感じない。
だけど、意図が分からないのも、気味が悪い。
こんなシーンは、チュートリアルでは体験しなかった。
「……もしかして。初心者が初レイド成功した後の島なの?」
「ご明察。どうなったと思う?」
「ええと、確か。島のレイドを倒して、島の英雄として祀られるよね」
「うん」
「それで、初心者パーティは、船乗りを説得して大陸に船を出して貰う」
「うん。合ってる」
「大陸に向かう途中で、海上レイドがあって」
「そうそう。イベントとして面白かったでしょ?」
「そんなわけない! 移動イベントだと思って気を抜いてたら襲われて!」
「ふふ。運営はそんなに甘くないんです」
「もうっ! ……楽しかったけど!!」
くすくす。
笑顔の彼が、ボクに煮込んだ芋をフォークで差し出す。
この程度で、ボクが許すと思わないことだっ。
ぱくり。
「わっ。甘い……」
「始まりの島の芋は甘みを含んで、煮込むとそれが強く出る。特産だよ」
「こんな甘い食べ物、初めてだ」
「姫は大げさだ。普段から砂糖菓子など食べ慣れているでしょう」
「……そうじゃなくて!」
がたん。
立ち上がった弾みに、椅子を倒してしまった。
室内のみんなから注目を浴びて、ボク自身がびっくりする。
そして、優雅に倒れた椅子を戻してボクを座らせる、彼。
なんでそんなに、いちいち動作が優男なんですかっ。
……かっこいいんですけど!
「うー。そうじゃなくてぇー……」
「感覚遮蔽のない味が、初めてって話でしょ?」
「そうっ。分かっててからかうの、良くないっ」
「いや、楽しくてね。済まない」
「ううぅ。うーと、お水っ」
「はい、こちらに」
ごくり。
差し出された木のカップに入っていたのは、井戸水。
井戸水から汲み上げた水は、少し塩気が効いていて、上質な水じゃない。
日本の食堂でこんな水を出されたら苦情ものだろうけど。
水汲みの大変さを知っているから、そんな気にはならない。
チュートリアルで体験する水汲みは、ほんとに水桶で井戸から汲む。
感覚全没入型、体験型MMORPGですもの。
それを樽に入れて水置き場に移動させるのを、十数回繰り返すイベント。
……感覚軽減されてるのに、リアルに戻って筋肉痛になったボクでした。
「あの後、村はどうなったの?」
「レイドボス恐るるに足らず。そんな機運になったんだね」
「……えっ? だって、戦える男衆を救うために大陸に行くのに」
「炭鉱で強制労働な男衆が戻るまで、ただ怯えて暮らすのはダメだってね」
「──ダメに決まってるでしょ!?」
もう一度、ボクの口の前にフォークが突き出される。
でも、ボクは今度は食べなかった。
町の中に、妙に人間が少ないと思ったんだ。
チュートリアルの頃には、賑やかではないけど、たくさんの村人が居た。
でも今は、鍛冶屋のお爺ちゃんも、薬師のお婆ちゃんも居ない。
レイドボスを一匹倒せば、初心者チュートリアルは終わる。
でも、島には他にもたくさん、魔物もレイドボスも残ってる。
島の脅威が消えて、平和になったわけじゃない。
その平和が訪れるのは、もっと先。
炭鉱の男衆が解放されて、島に逃げ延びてから。
こっちは見返りがない不人気イベントだけど、ボクは何度もやってた。
だって、初めての村が不幸になるなんて、見過ごせない。
「いや、もう終わった話。──年寄りの冷水さんたちは、死んでないよ」
「ほんとに? どこにいるの?」
「囚われた。エルフの大灯台のどこかにいると思われ」
「助けに行こうよ!」
「……戦えるの、姫?」
「た……、たかえ……、る、よねボク?」
「覚悟次第かな。先に言っておくけど、俺は普通の人間並みだよ、今は」
そんな気はしていた。
冗談めかしているけど、彼の力の源は、ボクの腰にある。
【黒神の双短剣】、彼の暗黒の力を全て封じた魔法の短剣。
では、今の彼は。
ただの経験豊かな拳闘士ということになる。
「……受け取らないからね、姫? それは、名実共に姫のものになった」
「ほんとに、意地悪だよね。ボクに、また選ばせる」
「行く? それとも二階で寝る? 俺と相部屋で」
「行く! あと、姫って呼ぶなっ」
「仰せのままに」
彼の言質を取るなり。
ボクは一息に塩水を飲み干して、席を立って走り出した。
彼は、当然のように、ボクの横を並んで駆けている。
なんだろ、この、物凄い安心感って。
かっこいい男って、こうでなきゃいけないのかな?
……なんか、悔しい。
負けてる気がする。