#40 彼女は、轟音と共にやって来た。
「テメエら、オレの姉ちゃんに何してやがる!」
先に口をついて出るのが、旦那様よりもお姉ちゃんのことなのか。
場違いながら。
ボクはリュカちゃんの言葉に破顔してしまった。
彼女は、文字通り飛んで来た。
衝撃波と、轟音を伴って。
把銃士の真骨頂。
彼らは、轟音と共にやって来る。
両腕に装着した把銃棍は、特殊武具のひとつ。
魔力を銃砲の形にして放出する魔法武具。
火薬ではなく魔法具なので、火薬銃を用いる銃士の上位職。
それでいて、拳闘士からの派生ツリーも実装間近だった。
リュカちゃんは恐らく、そちらの系統だ。
と言っても、把銃棍の扱いに大差はない。
原理は、簡単。
両腕に装着した銃砲の発砲威力で、自らを吹き飛ばす。
自重の数倍に達する大威力の発砲を、移動にも攻撃にも用いる。
遠近両用職。
こういう開けた空間は、彼らの独壇場。
変幻自在の空中移動は、それだけで演舞のように軽やかだ。
──発砲音の反響を考えなければ!
「みっ、耳、耳がぁぁぁ!?」
ボクはハイエルフ。
長ーい、お耳は伊達じゃないっ。
普段は聴覚鋭敏な、スグレモノっ。
では、今は?
「姫!」
下を見ると、万全の体勢な彼がいる。
うん、お願い。
ボクは両耳を塞いで、彼の腕めがけて落下した。
階層にはリュカちゃんの発砲音が、何重にもこだましている。
聴覚鋭敏なボクにとっては、騒音空間と言ってもいい。
脳みそが直接揺さぶられるような、轟音、爆音、反響音!
耐えられる、わけがないですぅ。
とすんっ!
風ちゃんの加護で落下速度を減じたまま、彼の胸へ。
お姫様抱っこみたいになっちゃってるけど。
まあ、今回だけは、許すっ。
っていうか、正直、抱かれ心地が気持ちいい。
彼の胸の中から、周囲を見渡す。
相変わらず、空中を維持しているリュカちゃん。
その暴れっぷりは、凄まじいの一言。
空中からの、打ち下ろしの射撃。
そこから発砲の反動で更に上昇して、天井に逆しまに踏ん張って。
両腕の把銃棍からの、連続射撃。
着弾している壁が、崩れるんじゃないのかって勢い。
一部は矢窓の穴から内部に跳弾して跳ね回ってるんだろうし。
壁に着弾したものも、衝撃は内部に抜けるから。
──どう良心的に見積もっても、あれは。
壁の内部の人間は、原型がないくらいにぐちゃぐちゃだろう。
「リュカちゃん、やりすぎぃ……」
「だから、言っただろう」
お耳を塞いでいる両手の脇から、囁き声。
きゅんっ、と下っ腹が熱くなる。
その囁き声、反則だからやめてよ?
この気持ちが何なのか。
いくら鈍いボクだって、薄々、気づいている。
……きっと、彼だって知ってるに違いないっ。
に、憎らしいっっ。
「起きている間は、凶暴だと」
「そんなこと、聞いてないし」
上層階は、沈黙。
高レベルの把銃士は、怒らせると本当に怖い。
死角ないし。
その、リュカちゃんが怒った原因。
お姉ちゃんこと、ティースさんは。
前のレイドで手に入れたアクセサリを、掌中にしているのが見える。
ジャイアントクイーンアントネックレス。
毒耐性マイナス90パーセント特性。
その魔法のアクセサリの魔力が、みるみるうちに減じていく。
ああ。
それで、ティースさんの不調の原因に、気づいてしまう。
「魔力欠乏症?」
「定期的に俺から供給を受けないと、ああなる」
「供給? ……あ! キスか!」
魔力欠乏症はNPC特有の病気。
だから、ティースさんの魔法もインターバル長くて乱打しないのか。
未だに喧騒が続く階層に背を向けた彼が、ボクと一緒に隣へ。
この次の部屋は、元々は海賊王から離反した反乱軍首領が居た場所。
でも。
隣があんな惨状なら、きっと次の部屋は無人だ。
あんな状況から、逃げられるほどNPCたちはレベルが高くないので。
では?
少し狭くなった通路を、彼の胸の中に収まったまま、進む。
とくん、とくん。
革鎧越しに伝わる、彼の心音が心地いい。
風ちゃんや水ちゃんなんか、すっかり安心しきっちゃって。
ボクの胸の上で、すうすう寝てる。
むぅ。
心臓ばっくばくで絶賛赤面中のボクだけ、なんか、ばかみたいじゃん。
そうして。
短い通路を抜け出た先には。
一隻の、帆船が浮かんでいた。