#37 もう片方が、詰んでました。
──と、とりあえずっ。
クエストの片方は終わったんだから、スケさんたちの方へ戻らないとっ。
でも。
「あれ? じゃ、ほんとの海賊王の娘さんは、どこに?」
「身代わりのこいつがここにいるんだから、当然、別の場所に居ますよ」
あのさ。
肩にお嫁さん担いでるんでしょ?
あれこれ理由つけて、ボクの手を握ろうとしないで?
なんというか、かっこいいんだけど、無節操すぎる。
思わず、ジト目で手を弾いてしまったっ。
「邪魔ですね、これ。捨てて行きますか」
「仮にも女の子を打ち捨てるとか言わないっ!?」
「いや、コイツ、竜の巣に捨てても生きて帰って来ますよ?」
「そうかもしれないけど、可愛い女の子なんだから!」
なんだか彼がリュカちゃんに妙に冷たいので、身柄を引き取る。
まあ、彼は前衛だから。
人を担いだまま、戦闘には入れないもんね。
あ。
おんぶすると、よく分かる。
全身、鋼みたいに鍛えられてるけど。
部分的には、ちゃんと、ぷにぷにだ。
背中越しに、小さな胸の感触があるし。
むにゃむにゃ言ってる唇が首筋に当たって、なんだかこそばゆい。
……。
気絶してるんじゃなくて、ぐっすり寝てるだけなのでは。
「責任感がありすぎるのでね。寝かせておいてあげて下さい」
彼の苦笑もほんと珍しいな。
旦那さんがそう言うのなら、いいのか。
スケさんたちと分かれた分岐まで戻って、そこから逆方向へ。
こちらもぐねぐねと曲がりくねった洞窟の下り坂。
結構な距離がある坂道で、無数に脇道があって、迷いやすい。
でも。
スケさんが、白いチョークで目印を入れてくれてた。
こういう細かいところ、ほんと熟達の盗賊なんだなって感心する。
どの冒険者パーティにも必ず一人は盗賊が入る理由って、コレだよね。
戦闘力は低いけど、居ないとパーティが回らない、みたいな。
で。
その、彼らは。
「ああ、もう! 狭いのよ! 狭すぎるのよ!!」
「ホッホッホッ。足場が悪いですのう、困り申した」
「あんたら、困ってないで、さっさと動け!!」
なんで、阿鼻叫喚の混戦になってるんでしょうか、スケさんたち。
少し大きな天井の空間で、上層から執拗に射掛けられる矢。
殆ど全方位から降って来る矢の雨に、三人で苦戦してる。
……そりゃ、狭いでしょうよ。
ここは階層丸ごと、罠空間なんだもん。
ジグザグに折れ曲がった、プールのように引き込んだ海水上の一本道。
その上に四方向から無数の矢窓があって、そこから弓が射掛けられる。
下層の明かりが妙に多くされているのは、上から打ち下ろし易いから。
逆に下からは、どこの窓に何人いるのかが逆光で分からなくなっている。
──ああ、なるほど。
弓兵の死角に射撃順で順序よく移動すればいいのに、間に合わないのか。
元々は自然の鍾乳洞を利用した階層だから、隠れる場所はある。
ぱっと見で気づけないように、巧く採光で隠蔽されてるけど。
光の加減に騙されなければ、何か所か見つかるはず。
というか、たぶんスケさんも既に気づいてて、急かしてるんだと思う。
でも。
リギムさんを先頭にした三人は、最初の隠れ場所にも辿り着けなかった。
それで、リギムさん盾装備がないから、ティースさんを体で庇ってる。
前方以外はスケさんがカバーしてる、けど。
ここ、矢の雨が半端ない密度だから、苦戦してるのが分かる。
きっと最初は、ティースさんが矢避けの加護を入れて進んだんだろう。
でも矢避けの加護は基本、半円防御だから……。
今みたいな全方位からの打ち下ろしだと、どうしてもカバー漏れが出る。
それに、魔道士の矢避けはそんなに長時間持続しない。
っていうか。
ティースさんは、切れた防御魔法を更新する余裕がないみたい。
魔法を使うなら、かなり長時間立ち止まってないとダメだからね。
それに。
低レベルの弓矢だしダメージはそう高くないけど、毒は当然入ってる。
まともに食らっちゃうと、防御力最低のティースさんがやばい。
ボクらの中でティースさんだけ、鎧を着けてないからね。
リギムさんが僧侶だから、回復も解毒も持ってるだろうけど。
今は前衛も兼任してるから、それをやると詠唱中無防備になる。
そんな感じの三人だから。
もたもたしてる間に、弓兵の次弾が間に合っちゃって。
……わぁ。
泥沼だ。
詰んでる。
予定では、見つからないように、沈黙魔法主体の予定だったのに。
というか、本格戦闘せずに、様子見な偵察だけって話だったはず。
実際、ここまでにも戦闘した痕跡というか、海賊の死体が隠されてた。
だから、この階層の手前で、ほんとは止まってボクらを待つ予定のはず。
……たぶん。
真面目なスケさんが、不真面目な二人に引きずられたんだろうなと。
ふと。
ボクの脳裏に、『苦労人スケさん』とかいう謎の真理が通過した。
前衛や遠距離が揃っていれば、そんなに苦労しないんだけどな?
……前衛と言えば。
ちらりと、隣を見る。
指差してまで惨状を声もなく笑ってる、悪い顔した彼がいた。
「その顔は、あんまり好きじゃないなぁ」
「おや、どういう顔がお好みで? やはり、そういうところで試しますか」
「試さないからね!?」
狼狽した声が出てしまったっ。
これも彼の手だ、きっとっ。
と、とりあえず。
到着したボクらに気づかれてない今のうちに、なんとかしなきゃっ。