#36 どうやら彼は、トラブルメーカー。
「オメエが調査しろっつったから、わざわざオレが潜入してんだろうが!」
「捕まれなんて言った覚えはない」
──風神の異名は、伊達じゃない。
リュカちゃんの動きは、まるで、暴風のようだった。
ハイエルフのボクの目でも動きを把握するのがやっと。
蹴り技主体で、くるくると変幻自在に連続蹴りを放つ様は、かっこいい。
まるで、カポエイラや蟷螂拳みたい。
ただ、困ったことがひとつ。
「おい? 相手を、間違えてるぞ」
「間違ってねェよ! ここらでひとつ、お灸を据えてやんねェとな!」
半袖短パン短髪でボーイッシュ、って言葉がとてもお似合いな彼女。
彼を相手に、戦い始めてしまったのだ。
なんだこのカオス。
周囲の海賊さんたち、巻き添えで吹き飛びまくってるんですけど。
さすが、魔王の一軍を率いる将軍様。
拳の一撃で革鎧が貫通したり、蹴りの一発で手足がもげたり。
情け容赦が、なさ過ぎる。
いや、まあ。
周辺海域で貿易船襲ったり、山賊になったりしてるならず者。
だから。
捕まえても殺しても、誰も困らない相手、ではあるけどもっ。
──レイドで対戦したときも、無力化するのに苦労したっけ。
あのときは閉所に引き込んで、罠にハメて埋めたんだよね。
……恨まれてるだろうなあ。
「だ、ダメだ! 逃げろ!!」
「逃げるって、どこにだよ!? この先は行き止まりだぞ!?!?」
行き止まりだから、牢屋に使ってるわけで。
手足や首が変な方向に曲がった海賊さんたち、生きてはいないだろうな。
それに。
「ちょこまか逃げてんじゃねえぞ、コラァ!」
「おい? 俺は今、魔王の力がないんだぞ? 忘れてないか?」
……彼が、右往左往してる海賊さんたちを盾にするように動いている。
的確すぎるくらいに。
いやむしろ、ほとんど逃げに徹してると言ってもいいような。
あ。
顔面にリュカちゃんのかかとがめり込んだ海賊さんが。
あれは痛い。
痛いというか、即死コースだろう。
周囲に動く者が、どんどん少なくなっている。
……で。
ボクは、何をしているかというと。
「コラ、そこの淫売エルフ! オメエの相手は後でしてやる!!」
「い、いんばい……。物凄い、誤解なんだけどなあ」
ボクの隣で一所懸命作業してた水精霊ちゃんが、むっとした顔してる。
いや、いいんだよ?
ボク、全然気にしてないから。
ええ、ボクはね。
ボクは、普通ですよ、ボクだけは。
「《Dalsein|《雷撃》》!!」
もうひとりのボクの精霊、風ちゃんが彼女に向けて、雷撃を撃ち放った。
水ちゃんと風ちゃん、ボクのそばでいつも滞空してるんだけど。
この子たち、ある程度自律して精霊魔法を撃ってくれるんだよね。
複合魔法は出来ないみたいだけど、コレはコレでとっても便利。
その風ちゃんと水ちゃんがハイタッチしてる辺り、なんだか微笑ましい。
水ちゃんは何をしてたか、というと。
さり気なく、周囲に雷撃の通り道になる水分を拡散してたのだ。
なのに。
さっきまで素手だったはずのリュカちゃん、腕に武具を装備している。
雷撃は確かにリュカちゃんに命中した、けども。
威力の大半は、独特の武具で拡散させられてしまったようだ。
……なるほど、アイテムボックス装備か。
リアルでも、あんな一瞬で装着できるんだなあ。
──目の前で見ても、どんな呼び出し方したのかさっぱりだ。
ボクだってアイテムボックス開ければ、レア装備てんこ盛りなのにっ。
リュカちゃんの職は、把銃士。
両腕に持つ把棍に、高威力の銃を仕込んでる。
そして、射撃の反動で空中に跳んだり、飛び蹴りを放ったりする。
……伝説のトンファーキックだ、ってネタにされまくったけども。
これが、熟達すると、物凄く強い前衛職。
クラン拠点争奪戦で必ず前線に出て来るんだけど、とにかく戦いづらい。
リュカちゃんはその把銃士の、元祖っていう設定、だった。
「ぬわっ!? このクソ女、見逃してやってりゃつけ上がりやがっ……」
「誰がクソ女だ、俺の姫に向かって」
ごすっ!
狙いすました、後頭部へのゲンコツ。
秒を争うような猛攻の隙間を縫った彼の一発で、彼女は白目を剥いた。
そのまま頭から床に昏倒しそうになるリュカちゃんを、彼が抱き留める。
「だから、言ったじゃないですか」
やれやれ。
そんな素振りを見せて。
彼は、リュカちゃんを肩に担ぎ上げながら言った。
「会いたくないと」
「百パーセント、全部あなたの自業自得だよね!?」
知りません、とばかりに死屍累々の坂道を上に戻る彼の後ろ姿。
仕草だけは、颯爽としててかっこいい、んだけど。
トラブルメーカーだと発覚してしまったので、マイナス50ポイントだ。
そして。
「っていうか! ボク、あなたの姫じゃないからね!?」
「ああ失礼。俺が、姫の従者でしたね? マイ・プリンセス」
「さり気なく手を握ろうとすんなっ!?」
ああ、もう。
完全に気絶してしまっているリュカちゃんに、同情してしまう。
本当に、不思議だ。
こんな人の何処が良くて、五人も奥さんが居るんだろう。




