#35 ゲームと状況が、違いすぎてます。
「誰が何を騒いでやがる!」
怒鳴り声と共に、見知らぬ海賊さん、登場。
……すみません。
ボクです。
そして。
入り口で、あんなに気を遣って音を出さないように配慮したのに。
「て、敵だ! 敵襲、敵襲ー!!」
「……あ。気づかれましたね」
「ぜったい、わざとでしょ!?」
この坂を下った先に、人質を捕らえる牢屋があるのは『知ってる』癖に。
こんなとこで大騒ぎしたら、そりゃ、当然。
「くそっ、冒険者か! 入り口の見張りは何してやがった!」
曲刀で応戦して来た海賊に、ボクは咄嗟に短剣で切り結ぶ。
……つもりだった。
ぱきぃん!
「って、うわっ!? 危なっ」
ボクの武器は今、【黒神の双短剣】だ。
精霊弓士になる前の下位職は短剣職だった、短剣の扱いには慣れてる。
──けども。
こんな切れ味がばかみたいに良すぎる短剣なんか、持ったことない!?
「な、なんっだ、そりゃ!? おい、応援呼んで来い!!」
中間からすっぱりと刀身を切り取られた海賊さんが狼狽してる。
けども、ボクだって自分で驚いている。
いくら切れ味がいいって言ったって、短剣だよ?
粗悪な曲刀でも鉄の刀、それを、ほぼ抵抗なく斬り飛ばすなんて!?
「おや。俺の武具に、何か文句でも?」
「ごぶらっ!?」
ずん!
軽い動作とは裏腹に、ボクの隣でみぞおちにめり込む肘打ちを決めた彼。
硬い岩盤の床に足型が残るほどの踏み込みって、あからさまにおかしい。
そんな威力の打撃を食らった海賊さん、ひとたまりもなく吹き飛んだ。
「文句しかないよ! こんなの危なくて使えないし」
「おやおや。短剣職を極めた精霊弓士が、短剣を扱えないと」
「……そういう言い方は、ずるいー」
軽口の応酬。
坂は結構な急坂路、下から上がって来る海賊は、足場不利。
ボクらは並んで、じわじわ坂を下っている。
狭い通路だ、交互に位置取りしてお互いの敵に同時に当たれば怖くない。
海賊のメイン武器は曲刀。
振り回す武器だから、横並びでは当たって来ない。
だから、上手いこと、各個撃破も出来ている。
でも。
このやり方は、問題がある。
その問題も、すぐにやって来た。
基本的に、人質解放作戦を正々堂々とやっちゃいけない最大の理由。
「てっ、てめえら! コイツがどうなってもいいのかよ!?」
並み居る十数人を掻き分けて。
坂の下から、女の子を引きずった海賊が現れた。
「おや。来てしまいましたな」
「誰のせいだよ、誰の!?」
「声を出したのは、俺ではないですが?」
「あんなとこであんなことしたら、声くらい出るでしょ!?」
「ほう? では、次はそんなとこでそれなりのことを試してみますか」
「──そ、それってどういう」
にやにや。
ちょっと、不敵に笑わないでよ?
す、すごいことって、一体???
え、まさか。
ボク、男だよ!?
「何を考えておられたのか。姫は存外、想像力が豊かでいらっしゃる」
「……ぷぇぇ。いじわるでいじめっ子だー……」
「こっちを無視してんじゃねえ、てめえら!」
げんなり。
からかい上手すぎる彼は、未だに余裕綽々。
怒り心頭で文句をつける海賊さんの気持ちに、共感できてしまう。
そんな、緊張感のかけらもない状況で。
「オイ」
なんだか、物凄く怒ってる声が、聞こえた。
若い女の子の、甲高い声。
「いい加減にしとけよ、てめえ?」
じろり。
胡乱な目で、彼を睨みつける、後ろ手に縛られた女の子。
身動き出来ない状況で、首元に曲刀を突きつけられている。
……のに、その幼さの残る顔立ちに、恐怖の色なんか微塵もない。
人質としての立場なんか、吹き飛ばすくらいに堂々としてる。
そして。
ボクは、違和感に気づいた。
「……あれ? ゲームでの人質の娘さんじゃ、ないような」
「まあ、そりゃそうでしょうね」
彼が隣で、肩を竦める。
って、いうか。
この娘さん。
ボク、なんだかすっごい見覚えある。
たぶん、直近で会ってるよ?
「オレをこんなとこに押し込めて、新しい女と乳繰りあってるとは」
いえ。
乳繰りあってません。
むしろ、ボクが一方的にいじられてます。
「莫迦にすんのも、大概にしやがれ、テメェ!」
どぉん!
娘さんの全身から、気が満ち溢れる。
周囲の海賊たちも、一瞬で娘さんの周囲数メートルから弾き飛ばされた。
これ、知ってる。
拳気だ。
プレイヤー職では実装されなかった、拳闘士系の爆発スキル。
「オレのおしおきは並みじゃねえぞ、覚えてんだろな?」
「……さて。俺は物覚えが悪い方でね」
こんなに困ってる彼、初めて見た。
軽口も、ややキレが悪いような。
彼女の胡乱な目つきは、ボクにも容赦なく向けられている。
そりゃ、そうだよね。
ティースさんとの初見でもそうだったけど。
好かれている、わけがない。
──魔王第四軍、先鋒。
風神リュカ・オキィタ。
それが彼女の名前。
黒の魔王討伐戦の途中、ボクたちが討伐した魔王軍四天王のひとり。
そして。
彼女は、黒の魔王の三番目の妻だ。




