閑話03 神殿騎士団の場合。
本日は2話投稿しとりましてっ。
30話はこれのひとつ前に投稿されておりまする。
未読の方は、そちらもお読み下さいませー。
「なんと。英雄姫が、行方不明とな?」
「はっ。既に英雄姫騎士団が、捜索を開始したと」
「大陸全神殿に、すぐにも下知せよ! 事は、王都の安全を脅かす大事!」
「ははっ!」
私は、愕然とした表情を抑えることが出来なかったと思う。
ばたばたと大きな足音で、執務室から出て行った神殿騎士を見送る。
普段なら不作法を叱責するところだが、それどころではない。
あの姫が、行方不明だと?
ログインサインは出たままだと言う。
なれば、クランテレポートを使わず、どこかを放浪しているのだろう。
何があったのかは、知らぬ。
しかし、英雄姫騎士団が総出で探索するなど、只事ではない。
こうして王都大司教の地位まで上り詰めた回復ヒーラーの私だが。
あのプレイ開始から数か月の新人時代、姫の献身的な助けがなければ。
とっくの昔に、クィーンアントのダンジョンで骨と化していただろう。
自身の育成そっちのけで、私たち新人育成をメインに活動していらした。
今は職業特性が知れ渡り、軍事にも食い込み立場を確立した回復職。
だが。
それもこれも、戦闘中の動き方を指南してくれた姫の尽力あってこそ。
あの経験がなければ、幾多の戦争も乗り越えられなかっただろう。
姫はハイエルフで、精霊弓士。
比類なき戦争の天才ではあるが、その成長は著しく遅い。
オープンβテスト以来の超古参プレイヤーで、プレイ期間は二十年超え。
……常々、ご自身で三十三歳男性、などとうそぶいておられるが。
あのように可愛らしい天使のようなお方が男性などと、冗談も過ぎる。
殿方避けの冗句でありましょうが。
姫に言い寄る不埒な男など、我ら神殿勢力が撃滅してご覧に入れよう。
……リアルでも、本当のハイエルフなのではなかろうか。
そんな考えも、我々恩義ある神殿勢力の中では通説になりつつあった。
北の大地の出身在住と聞き及んでいる。
あの大地であれば。
エルフの隠れ里があっても、何も不思議ではあるまい。
何しろ、姫に薫陶を受けたプレイヤーは多い。
姫は長いこと、辺境で初心者プレイヤーを助けていらしたから。
NPCではなく古参プレイヤーである、と知ったときは衝撃を受けた。
あのように、無償で他者を慈しむ女神のような方が、実在の人間とは。
いや。
我ら神殿勢力は、もはや姫を人間であるとは思っていない。
あの方は、このサルフィーア2に舞い降りた女神である。
今、我らの神殿は、回復職に力を下賜される慈愛の女神を奉じている。
だが。
実のところ、我らが奉じるは英雄姫のみ。
王族の意向、神々の思惑など、知ったことか。
今、我らに必要なのは、英雄姫の行方を追う以外に、あるはずもない!
「神殿騎士団を動かす! 私が指揮を執る!」
室内の壁を震わせるほどの大声を発し、私は通路に出た。
そのまま、中庭に向けて歩き出す。
がちゃり、がちゃりと装備が重量感のある音を発する。
かつて、魔神戦争を戦った折りに身に着けた最高級神職装備。
フル装備したのは、久々だ。
革紐の重さが、筋肉も落ちて薄くなった肩に食い込む。
私も老いた。
大司教に到達した私だが、リアルでは七十代。
年金の全額をゲームにつぎ込む廃老人と呼ばれ、久しい。
だが、姫との出会いが私を変えた。
若者を強く正しく育てることこそ、姫に救われた私の責務。
神殿大司教となり、回復職を育成支援する土壌を作ったことは私の誇り。
──あのときの、姫の嬉しげな笑顔が脳裏に蘇る。
しっかと私に抱きついて来たあの感触は、リアル孫より薄く、固く……。
む。
いかん。
不敬な考えであった。
女神が性的アピールしないお体であることは、良いことだ。
巷にはばんきゅっばーんなプレイヤーキャラが溢れているが。
姫の慎ましやかなお体は、そのような欲望を軽く吹き飛ばす。
……何を考えていたのだったか。
いや、それらは、今はいい。
王族に文句を言われるかもしれないが。
神殿騎士団を、集めるのだ。
「……集まって、おるな?」
「「「「「応!」」」」」
中庭に通じる戸を潜れば。
眩く白銀に輝く神装鎧に身を包んだ騎士団が、勢揃いしていた。
歪みひとつなく整然と並んだ隊列の顔ぶれは、見知った顔ばかり。
私が、一大事と即座に判断したほどの案件だ。
姫に大恩ある古参回復職の面々が、同様に考えるのは必然だったか。
なれば。
皆、号令を待っておる。
多く、言葉は要らぬ。
「皆、分かっておるな?」
「「「「「応!!!!!!」」」」」
「なれば、善し! 馬引けぃ! 神殿騎士団、出陣する!!!」
「「「「「応!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」
その日、王都の防衛戦力は、全てが全土に向かって散った。
姫の影響力が、なんと絶大なことか。
私は、改めてそれを知り、とても嬉しく、そして誇らしく思った。