#29 商人さんたちに、恩を売ります。
南の村に着いた。
村と言っても、移動可能な集落規模で、家屋はない。
ここは元々は、単なる水揚げ場所だったところだから。
だから、村と呼ばれてはいるけど、実質的にはベースキャンプ。
川から直接荷揚げしてた場所が、泉を引いて船の集積所になって。
で、集積所で商人と小売業者が交渉するようになったのが始まりらしい。
商人と小売業者が集まれば、当然のように湧いて出るのがドワーフ。
ドワーフは元々は鉄鋼と細工物に秀でている種族なんだけど。
商売の神を奉じていて、商売事にも凄くうるさい。
っていうか、黄金大好き拝金教徒、と言っても過言ではない。
彼らは水路と陸路で貿易用の旅団を運営していて、どこにでもいる。
そして、NPCでは唯一、アイテムボックスを持ってる。
ドワーフのアイテムボックスは、倉庫番なら誰に話しかけてもいい仕様。
だから、初心者の頃はものすごーく強い味方なんだよね。
だって、レベル20以下の初心者が持てるアイテム枠、八個だもん。
……ボクなんか初期職は弓職で、弓と矢筒を大量に持たなきゃだから。
ドロップアイテム拾えなくて、何度も狩場と町を往復したっけ。
──そして、狩場に戻ると獲物を盗まれてるお約束。
世知辛いMMORPG、サルフィーア2。
なんか、彼とティースさんが、意味ありげにボクを見つめている。
運営側、なんだよね、彼ら。
……くたばれ運営、とかあのときは思ってたんだけど。
今じゃもう、絶対言えない。
リアルになんか、恐ろしく怖いことされそうでっ!
──。
このキャンプは、北の農業都市と、南にある国軍の南軍港のほぼ中間。
物流輸送路の真ん中にあるから、商人も取引と情報交換してる。
情報交換で集まるポイントに、情報を扱う盗賊が集っているのも当然。
だから、ここでの情報収集は、盗賊スケさんの独断場だ。
「いや、姫さんの仰った通りっす。慧眼っすね」
そのスケさんは、ボクにきらきら尊敬の眼差しを注いでいる。
今、商人キャンプを一通り回って、噂話を集めて来てくれたのだ。
普通の街と違ってそれぞれのキャンプが乱立する形態。
酒場みたいなものもないから、知り合いが少ないと情報も集められない。
だから。
ゲームの頃でも、NPCの商人か盗賊を連れて来ないとダメだった。
でなきゃ、よそ者だってひたすら冷たくあしらわれる。
そりゃそうだ、商人にとっても情報は儲け話の重要要素。
軽々しく他人に教えるわけがない。
商人は、ただでは起きない。相手にも儲けを用意しなければ。
だから、手前の狩場で売り物を用意したのだ。
今回は中級回復ポーションになる魔法の泉の水だけど。
まあ、あのダンジョンはプレイヤー専用だから、何でもいいんだけどね。
で。
よそ者認定のままだと、この先にある関所も通過できない。
なので、先を急いでこの村を素通り、王都まで行っちゃうと。
……関所で追い返されて、泣く泣く西軍港の町に戻るハメになるのだ。
往復十日の無駄行程。
移動費用は、全部自腹。
これは初心者には、とてもとても、とっても痛い無駄出費。
サルフィーア2は、そんなに甘い設定ではないのだ。
急がば回れ、これ大事。
……まあ、一応、北周りの軍事補給路を行く救済イベントもあるけどね。
あっちのルートは強制的にお見合いイベントあったりして、楽だけど。
ずっぷり軍に取り込まれて、自由度めっちゃ低くなる茨の道なんだよね。
完全に扱いが軍人になっちゃうし。
──強制的に農業都市の紛争に参加させられるし。
……その後も延々と、山賊退治みたいな紛争解決をやることになるし。
通称、薄幸の社畜馬車馬ルート。
それはともかく。
「西の林に難民キャンプが形成されてまさぁ。それでですね」
「うん、中級回復ポーションを、商人さんたちが売って欲しいんでしょ?」
「さっすが姫さん、目聡いっす。儲け話に敏感なのが、商人っすから」
そうなのだ。
難民キャンプ、とは言っても。
こんな遠くまで馬と財産込みで逃げて来ているのは、比較的裕福層。
高値で売りつけるなんて真似はしないのが、商人ギルド。
ただ、もちろん対価は取る。
クィーンアントダンジョン産の回復ポーションなんて、希少も希少。
そんなもの安値で売るだけで、難民の商人好感度、爆上がり。
信用度はお金では買えないのです。
そして、商人が得た民衆の信用度は。
……紛争が収まった後で町の利権を毟り取るのに、大いに活用される。
もちろんボクらだって、商人の儲け話を支える材料提供した恩がある。
巡り巡って、それはボクらの利益として、還って来るのだ。
世っ知辛ーい、世の中の真理でしたっ。
このゲームを巧く渡る秘訣は、やっぱりお金かな。
いやほんとに、情報とお金は大事なの。
って、いうか。
ダンジョン産ポーションって、通常ポーションと違って日持ちしない。
魔力保持加工がない天然ポーションだから、一週間しか効力ないし。
さっさと売り切らないと、ボクらも儲けがないのでー。
商人さんたちが代わりに全部消費してくれるなら、大助かりなのです。




