#28 彼がなんだか、超不機嫌。
ごしごし。
怒り心頭なティースさんが、ボクの髪を拭っている。
……こ、怖いよぅ。
「全く! 泥だらけの汚れた手で、女の子の髪を触るなんて!」
「いや、勘弁して下せえよ姐御」
再び、馬車の旅。
お馬さんはレイドを終えたボクたちを、つぶらな丸い目で迎えてくれた。
うーん。可愛いなー。
でも、魔物がうろうろする狩場の至近距離で、のんびり餌食べてるとか。
ボクなんかより全然、肝が座ってる子だなあ。
……改めて、ゲームの認識を捨てないと、って。
強く、思った。
今、ボクらには回復専門職も、支援専門職も居ない。
考えてみれば。
ゲーム開始初期に変則パーティを組んだことあったけど、万全には遠い。
ボクはあくまで、支援バフも回復バフも半端、戦闘力も低い不遇職。
もし人間のスケさんが大怪我でもしてたら、きっと、癒せない。
せいぜい、先に待っている死亡ロストを延命することしか出来ないはず。
……人の命を預かってるんだから、のんびり眺めてていい筈がないっ。
ボクは、最悪の事態を想定して、その可能性を潰さなきゃいけなかった。
「いや、その? 姫さん、そんな気にしなくてもいいんすよ? 盗賊風情」
「んーん、だーめっ! スケさんは大事な体なんだから!」
「なんすかその、身重の妊婦みたいな扱いは。これでも中年男っすよ?」
御者台で隣り合って、スケさんとお喋り。
いま、馬車は南街道を南下中。
少し歩みが遅くなったのは、中級回復ポーションの袋を積んだから。
これはボクらが使うわけではないんだけど。
この先の村に、少し北の紛争から逃れてきた難民がいるので、そっち用。
あと、ここで性向値上げておかないと、王都の関所を通れないから。
それに、ここのクエストは早く終わらせて、海賊退治を終わらせないと。
でないと……、いつまで経っても。
農業都市のお祭りイベントが、始まらないんだもん!
あそこは、黒砂糖を大量に使った甘い菓子パンが名物。
感覚制限のない味は、まだ体験したことがないっ!!
「姫? まだ疲労が抜けていないでしょう、寝床を用意しましたよ」
「……へ? ううん? ボク全然働いてないし。元気だよ?」
「いえいえ、自覚されておられないだけですよ。こちらへ?」
「んー? だってお日さま気持ちいいし。まだお外居るー」
「いえ、日焼けされると疲れますよ? ほら、寝床はふかふかに」
「だってボク、植物なハイエルフだもん。お日さま、ぽかぽかだよ?」
「…………そうですか」
なんか、彼の様子が妙におかしい。
こんな、落ち込んでるの、初めて見るというか。
そして。
「あれは気にしなくていいのよ。ねえあなた、スケのどこが好き?」
「ふぇ? 好きっていうんじゃないけど」
妙にご機嫌なティースさんが、後ろから抱きついてくる。
至近距離で頬ずり、すりすり。
なんだか、見たこともないくらいにやにやしてるし。
ちらり。
隣で手綱を握ってるスケさんに視線を向けたら。
やめてくださいよ、って具合に苦笑してそっぽ向いてた。
うーん。
もっと、自慢していいと思うんだけどなあ?
「んー。命懸けの仕事を、ひょひょいっとやっちゃうのが、凄い!」
「へえ? 他には他には?」
「体術も凄いし、魔法武器でもない短剣一本で大軍に立ち向かったり?」
「うんうん、それでそれで?」
……何が楽しいのかな、ティースさん。
そして。
──。
────。
ばきり!
「ひゃぅっ!?」
「……おっと。古くなっていたようだな」
「ま、魔石って簡単に握り潰せるようなものじゃないよね? 大丈夫?」
「──古くなっていたのですよ? 仕方ないことですよね、姫」
「ふぁ? ひゃ、ひゃい。レイドアクセは、割っちゃダメだよ?」
「……レイドアクセ。そういうのもあったか……」
「だっ、ダメだからね!?」
じろり。
彼に真剣な眼差しで睨めつけられるのは、レイドで対戦して以来。
ううう。
こ、怖いけど。
眉根を寄せた、強い眼力と鋭い目つき、が。
……やっぱ、超かっくいい。
い、言わないけどっ。
男のボクが男性をかっこいいとか、なんか、負けてる気がっ。
──でも。
なんで突然、そんなに不機嫌になっちゃったの?
そして。
なんで唐突に、吹き出しちゃってるんですか、ティースさん。
スケさんも。
だめだこりゃ、みたいに頭振らないでよ?
「姫さんは、罪作りっすねえ? あっしぁ、旦那に同情しまさぁ」
「??? え、何が? ボク悪いことした??」
軽く頭を抱えるスケさんに、馬車の操作を教わりながら。
ボクらは、夕暮れに照らされる街道をひた走った。




