#27 姐御と呼ばれる方は、怒らせちゃダメ。
スケさんとハチさんの名前を混同していたので修正しました(2019/09/19)。
ばりばりばりっ、ごごごごご、がががあああんんん!!
ご、豪雷?
そんな擬音が、ぴったりなティースさんの魔法。
耳が、ばかになっちゃった。
きぃぃぃん。
耳鳴りが、止まらないよう。
雷は、電気。
電気は、光と同じ速度だから。
物理法則に、完全に従うなら……。
『発動したのを見てから避けても、間に合うわけがない』
そして。
電気は、水を伝う。
さっき、ボクらは泉で休憩した。
せっせと大量にスケさんと彼が、泉の水を革袋に詰めてたっけ。
あれ、ここに撒くためだったんだ。
魔法の範囲は、ゲーム的には決まっている。
そうじゃないと、ゲームバランス崩壊しちゃうし。
そりゃ、リアルを謳ってるサルフィーア2。
あの手この手で効果範囲を広げるのは、出来たけど。
その場合は、魔法の威力が下がる効果がつきものだった。
──ここは、ゲームじゃない。
物理法則も、生きてる。
水に電気を通せば、水を伝って電気はより遠くまで伝わる。
だって、空気イオンの通り道より、水イオンの方が導電率高いから。
ううん、水を撒いた痕跡に拘らなくても、空気中の水分でも伝わる。
自分が雷撃を鉄柱に誘導したことがあるのに、気づかなかった。
ボクってやっぱり、おばかさんだ。
「範囲魔法って、こうして使うものよ?」
「……そ、それはどうかなあ?」
にんまり。
喜色満面のティースさんに苦笑を返してしまった。
そして、ボクは戦場だった場所を振り返る。
「……焦げくしゃい」
「そりゃ、そうよ。せっかく綺麗に着飾ったんだから、汚さないのよ?」
めっ。
お小言みたいに念を押すティースさんの言葉を背に受けて、ボクは歩く。
初心者の頃にぼっこぼこにされた親衛隊アリも。
集団鬼湧きで苦戦させられた雑魚アリも。
「蟻酸は加熱すると発火性ガスを出す。姫? 火気厳禁ですよ」
「……だから、使ってないじゃん」
もうっ。
巻き添えになってないか、心配したのにっ。
まっ黒焦げになったアリさんたちの間から、いつものように、飄々と。
彼は、傷一つない黒い革鎧を纏って、ボクにひらひらと手を振った。
……もう、もう、もうっっ!
「おっと。姫に飛びつかれるのは、初めてですね」
「こ、これはっ。その、勝利の儀式的なっ」
「そんなに心配でしたか?」
「子供扱いすんなっ。抱き上げないのっ」
「……ほら姫? あちらに見えますのがこちらの名物、女王蟻で」
「高い高ーい、じゃないっ!!」
じたばた手足を振り回しても、彼には何の痛痒も与えてないみたいだ。
諦めて、彼が示す先を見る。
水源に体の半分を漬けていたクィーンアントは、当然感電死している。
……ゲームじゃない、んだもんね。
あんな極大の雷撃、低レベルレイドが耐えられるわけ、ない。
低レベルレイド戦に戦争魔法撃ったりすると。
……ゲームだとペナルティで、ドロップ率が下がったりした。
クィーンアントのドロップは、毒の泉に沈んでるレイドアクセサリ。
対毒耐性90パーセントアップの首飾りだけど。
そんなの、二人の無事とは引き換えに出来るわけがない。
ゲーム知識でチートなつもりで来てたボクが、いちばんのおばかさん。
……ぷぇぇ。
あなたも、にやにや笑って見つめないでよっ。
「あちらは娯楽、こちらはリアル」
「──ひとつしかない命、賭けてるんだもんね」
「俺らは不死ですけどね」
「…………あっ! スケさんは?!」
忘れてた!
ぺいっ、と彼の胸を蹴って、彼の手から逃れる。
彼が苦笑したけど、気にしない!
だって、彼もティースさんも、運営側。
ほんとの神様、ほんとの不死者。
でも、スケさんは、普通の人間で盗賊なんだから!
「いや、ひでえや。ギリギリっすよ。姐さんは、本物の悪魔だ」
「スケさん! 無事だった!? 大丈夫、怪我ない?!」
「えーえ、この通り、ぴんぴんしてまさあ」
スケさんは疲労困憊で地面に座り込んでいた。
地面に網の目状に残る焦げ跡の隙間。
雷撃は一瞬で発動が終わるから、ティースさんの計算の結果なんだろう。
本物の魔法使いは、ボクなんかより遥かに経験が上だって分かった。
ボクなら、こんな魔法の使い方は出来ないし。
そして。
本物の冒険者は、素人のボクより覚悟が全然違う。
スケさんも、すごい冒険者だ。
「魔法支援、助かりやした。すばしっこい蟻の野郎、動きが鈍りやがって」
「あんまり効かなくて、ごめん。あのね、あの」
「中級回復ポーションをバラ撒いちまったのは、もったいなかったっすね」
「あ、うん。でも上でまた汲めるから。で、あの」
「そりゃそうっすね。また、汲みますか。──どうしやした?」
ボクは居住まいを正して、ぺこり、とスケさんに頭を下げた。
「え、ど、どうしやした姫さん?」
「ごめん! いちばん危険な役して貰ってたのに、気づかなくて!」
「え、ええ、どういう? いや、盗賊のあっしの役目でしょうに」
「ううん、ボクが走るべきだった! ボクがいちばん経験ない新人で」
「そりゃ違うっしょ!? 姫さん魔法職でやんしょ、下がってて当然で」
「──だって、ボク、半端職で」
「姫さん」
苦笑したスケさんが、ぽんっ、て。
ボクの頭に手を置いて、しゃがんでくれて、ボクの目線に合わせて。
「泣かないで下せえ。あっしは、娘さんに泣かれると、弱いんすよ」
「……ふえ?」
「ほら、そういうのは、旦那の前でやって下さいよ。恨まれちまう」
すい、とスケさんが指差した先に、彼とティースさんが立っていた。
なんだか妙に、視界がぼやける。
なんでか鼻水出まくりで、息苦しい。
遠くで困ったように、彼が笑ってるのは分かる。
……ティースさんは。
仁王立ちで、腰に手を当てて。
まずい、あの形相は。
「あ、やべえ。姐御がマジ怒りっすよ」
「……逃げよう!」
「へいっ、了解っす!」
スケさんに手を引かれてボクらは後ろも見ずに、全力で逃げた。




