#25 足がつくとこなら、泳げるもん。
スケさんとハチさんの名前を混同していたので修正しました(2019/09/19)。
「いや、本当に姫は話題に事欠かない」
「……う、うるしゃい」
「いや仕方ねえっすよ、姫さん、海も苦手でしたっすよね」
「うー。それとこれとはー」
「こら、じっとしてなさい。髪を結ってるんだから」
ぶー。
みんなして、いじめるぅ。
一応これ、緊張と恐怖のクィーンアント戦、前哨戦なんだけどな。
彼に背負われて、クィーンアントの産卵場に続く隠し通路を下っている。
この先は巨大な大広間で、鍾乳石だらけのレイドボス戦場。
隠れる場所には事欠かないけど、同時に走り回るには足場が悪い。
壁と岩場の間が一段掘り下がっているので、塹壕みたいには使える。
だから、通常はここに魔法職が隠れ撃ち、広場は前衛職が走り回る。
クィーンアント自身は巨大で、レベル20台レイドの中では耐久力最多。
で。
大量の働きアリを召喚する固有魔法を持ってるので、雑魚狩りも大変。
なんだけど。
それを見越して、さっき最大の雑魚集積場を掃除してある。
だから、雑魚召喚を二回耐えるだけで、ギミックが後半戦に切り替わる。
そして、召喚される雑魚は結局、AIがお馬鹿さん。
だから、また引き狩りをやればいい。
しかも。
ある程度の時間MOBを引くと、クィーンアントの護衛とぶつかるから。
場は混戦になりはする、んだけども。
MOB同士が右往左往でバラけるから、集団戦よりも戦いやすい。
クィーンアントは、長距離攻撃は扇状に酸を吐く範囲攻撃だけ。
でも、ボクらはその範囲に入らずに、魔法だけで倒せるから。
まあ、最後の最後には魔法防壁を張るから、前衛の役目もあるけどね。
これも、戦術確立するまですっごい時間掛かったんだよなあ。
あのときボクの試行錯誤に付き合ってくれた、支援職のみんなに感謝だ。
あと、もちろん、聖騎士英雄さんと闇騎士英雄さんにもっ。
いちばん古い、英雄の仲間。
「それにしても、まさかよね。泉の精霊族、ハイエルフが泳げないなんて」
「お、泳げなくはないもんっ。……足がつくとこなら」
「はいはい、そうね、ティーネちゃんは泳げましゅねー」
「子供扱いしないで!?」
泉で何があったかは、その。
……だっ、だって。
ゲームの頃は、泉の奥までは進めなかったんだもん。
まさか、あんなに急に深くなってるなんて。
「水も滴るいい女ですね、姫?」
「ボクは男なのっ。もう、ちゃんと引ける? 引き役が肝なんだからね」
「無論ですが。今回は、少し趣向を変えようかと」
「……へ?」
ぽんぽん。
後ろから後頭部を叩かれた。
「はい、出来上がり。自分で出来るようになりなさいな」
「ふえぇ。自分で三編みでくるくる回して簪刺すとか、難しすぎで」
「髪型は気に入ったんでしょ?」
「う? うん、動いても髪が邪魔にならないしー」
「だから覚えなさいってば。簡単よ?」
「無理だし怖いし、ぜったい失敗して変になるし」
「ほんとにお子様よね、長寿不老のハイエルフとは思えないわ」
ぽふん。
あの。
頭を胸に押し付けないで頂けないでしょうか。
どきどきが止まらないんですけども。
これでも、三十三歳独身男性でして。
……誰も信じてくれないけど、真実なんだよっ!?
そしてティースさん?
ボクをさり気なく、彼の背中から引き剥がしていらっしゃいますよね?
それは奥さんだからいいんですけど。
何故に、ボクをお姫さま抱っこするのでせう?
完全に、子供みたいに扱ってませんか?
「さて。スケ? 足は大丈夫かな?」
「へいっ。たまにはあっしも、姫さんにいいとこ見せねえとですね」
がんっ!
スケさんと彼が、拳と拳を打ち合わせてた。
……えー。
なにそれ、かっこいいー。
男と男の友情、みたいなの?
ボクもそれ、やりたいっ。
「ほらほら、行った行った。いい、この子の前で、無様晒さないのよ?」
「姐さんは手厳しいや。じゃ、旦那! あっしは右で!」
「うん。俺は左。ティース?」
「任せておいてよ。水袋、お願いね」
「ああ」
……。
それ。
その、軽く、唇を合わせる、ってやつ?
毎回、しないとダメなの?
ねえ。
なんか、胸の奥が、ざわざわするんだけどー。
って、いうか。
あれ。
クィーンアントを水場から引き剥がすだけで、用は済むのに。
なんで、倒す気満々なの、君ら?
──あ。そうか。
言ってなかったや、ボク。
……言い出せる雰囲気じゃ、ないなもう。
ど、どうしよ?
英雄でもないのに、単独パーティレイド、やっちゃうの!?




