#22 ティースさんの衣装、かっくいい。
スケさんとハチさんの名前を混同していたので修正しました(2019/09/19)。
「いーや、増えて増えて増えまくりでさあ。怖いっすね、虫って」
ちっとも怖くなんかなさそうな感じで、スケさんが言った。
盗賊のスケさんは斥候役を買って出てくれて、狩場に先行してたのだ。
連絡アイテムを使えば野営地に戻って来なくても、相互連絡出来るけど。
「ごめんねー。まだ、アイテムボックスの中身、出せなくてっ」
「いえいえ、これが普通でやんすよ」
ぺこりと頭を下げたボクに、スケさんが慌てていた。
うん。
アイテムボックスって、プレイヤー特権なんだよね。
普通の盗賊なスケさんが見たことなくて、当然は当然なんだけど。
一応個数制限があるけど、重量は無限。
アイテム個数以内なら、二マス使う馬でも三マスの馬車でも何でも入る。
初期は個数制限がキツいから、ドワーフ倉庫組合を利用するけど。
クエストを進めると報酬でマス増加チケットを得られる。
だから、だいたいメインクエスト中盤辺りで倉庫は利用しなくなる。
まあ、それでも製作系職種は倉庫を借りないと、とても足りないけども。
……英雄クラン製作系の人たちは、町中に製造工場持ってたっけ。
かなり、荒稼ぎしてた記憶。
それはともかく。
ボクも、メインクエスト終盤までコンプリートしてる重課金プレイヤー。
レアアイテムやレア武器、超レアアクセサリーとか、たくさん持ってる。
……のに。
リアルでアイテムボックスが開けないばっかりに、何も取り出せない!
当然ながら、お金も食料もっ!
「さて、出かけましょうか姫?」
「あのさ。身内しか居ないのに、それまだやるの?」
恭しく手を差し出した彼の姿が、キマってるというか気障というか。
でも、訓練中の飾らない彼の方が好きだったな。
……好きって、軽い意味でっ。
「では、ティーネ?」
「……っ、う、うーと。うん、行こ」
片手を差し出した彼の手を取って、みんなで狩場に向かう。
……なんで名前呼びの方が動揺するんだ。
静まれ、ボクの心臓っ。
西軍港から王都へ繋がる南街道の、だいたい三分の一ほど地点。
この先に辺境の穀倉地帯、割と大きな農業都市があるんだけども。
そこまで行かずに、この辺りで狩りをするのが冒険者のお約束。
……だって。
「やっぱ、水に異常があるんすねえ」
「うん。ここで地下水脈を汚してる魔物を退治しとかないと」
「先の町からここまで引き返すって、手間だものねえ」
そうなのだ。
先の街に着いたら、強制イベントが開始される。
街で領主派と農民派がまっぷたつに分かれて争っている。
領主派は街に広まっている疫病対策で税率を上げてる。
でも、農民派は農作物が不作で、これ以上税率を上げられると苦しい。
で、その流れに巻き込まれたプレイヤーは、あちこちで原因を探る。
……んだけど。
ぶっちゃけるとこの一連の連続イベント、ここの狩場に集約するのだ。
なので、ここを先にクリアしておくと、後のイベントがほぼ発生しない。
発生しないというか、めんどくさい連続クエが大幅に少なくなる。
だから、初心者でないベテラン勢は、ここを素通りしない。
あと。
ここの狩場、単純にドロップが美味しいのもあるし。
フィールド狩りはそうでもないけど、ダンジョン内のドロップがね。
魔石は当然のこと、レア武器作成用の素材がわんさか。
他にも、魔力泉の水は回復ポーション代わりにもなる。
スケさんティースさんと話しながら、大きな岩盤の割れ目を通過する。
その先に広がっているのは、赤茶けてごつごつの岩場だ。
蟻がわさわさとうろついているのが見えるのは、別に目の錯覚じゃない。
ここは、巨大蟻の巣。
レベル25レイド、ジャイアントクィーンアントの地下迷宮。
……ほんとに、運営はいじわるだな、と。
この迷宮、入り口も出口も無数にあって、マッピング泣かせ。
全部の迷宮が虫の掘った連絡通路で繋がってるんだけど。
通路の入り口では地下二層、出口では地下四層、って具合で。
通路の接続に法則性がないから、とにかく迷うんだ。
「そういえば。パーティ狩りって、久々」
「あっしは初めてっすよ。迷宮に入るのも」
「え、意外ー? スケさん経験多そうなのに?」
「あっしは斥候というよりかは、都会の隠密でさあ。胸を借りやすぜ?」
「うん、まかせて!」
いつもと違って、パーティを組んでるから、スケさんが物理的に近い。
軽い口ぶりだけど、確かに緊張してるのが分かる。
だから、ボクも陽気に返事してあげた。
前衛の彼は先頭に、後衛のティースさんは最後尾。
なので、中衛で支援職のボクと盗賊のスケさんが中央で並んでる。
彼が隣に居ないのが、とても新鮮な感じ。
で。
ボクはついつい、ちらりと何度も後ろを振り返ってしまう。
……最後尾、ティースさんの魔道士衣装が、超かっこいいのだ。
魔王討伐戦のときの衣装は黒革ラメ露出過多の、邪悪お姉さんだった。
けど。
今は黒系、体の線が出るぴっちり衣装に、タイトスカート。
二の腕から先は黒い刺繍の入ったレース袖で、腕には銀のリストバンド。
そしてナースキャップのような帽子に片眼鏡で、腰に短杖。
胸を強調しながら背中と前を繋いだ革バンドには、たくさんの革ポーチ。
腕や首からチラ見えする肌には細い銀の鎖が巻き付いている。
颯爽と纏った肩パッド入りのコートは、革紐で前を閉じられていた。
閉じきれてない隙間から大きな胸がはみ出してるんだけども。
──いかにも、戦う女魔道士! って感じがすごい。
「課金衣装で売る予定だったんだけど、気に入っちゃって。魔族専用よ」
えー。ず、ずるいっ。
むむむ。課金装備はなんでも一通り買っちゃってるボクだから。
ちょっと、着てみたい。と、思ってしまう。
……自分が衣装着るのが嬉しいって意味じゃないっ。
アバターの外観を変えるって意味の方で!
……って。
人間そっくりに見えるけど。
ティースさんも彼も、魔人族なんだよね。
混沌の島出身だから。
改めて、ボクらプレイヤー側と敵対しているはずの人たちなんだな、と。
……まあ、今は一緒のパーティだから。
っていうか、完全に運営側の方々なんだし。
深く、考えないでおこうっ。