#21 パーティ狩りの、前準備ちゅ。
ぱぁん!
どんっ、たたんっ、ずん!
……何か、リズム感溢れる演舞のようだ。
まだ夜も明け切っていない明け方から、彼が野営地で鍛錬していた。
ティースさんが言うには、日課らしい。
島に居たときも、宿でもやってたのだろうか?
たまたま昨日早めに寝てしまったボク。
なので、今日は珍しく早起き。
……いつもは?
昼過ぎまで寝てます。
ぐーたらすぎる?
だって。
ボクが起きてたって、何もすることないんだもん。
引きこもり歴、三十三年。
ガチリアルの馬車の旅やテント野営で、ボクが手伝えること、何もない。
……泣いてないやいっ。
「邪魔しないであげてね? 大事な修練だから」
「しないよぅ。意外と、筋肉あるんだね」
馬車の荷台にちょこん、と腰掛けて。
少し離れた平地で、延々と技を繰り出す彼の姿を注視しているボク。
後ろに居るのは、ティースさん。
なんか、毎日ボクの髪を梳かしたり、軽くお化粧してくれるんだよね。
女の子の身だしなみ? って奴らしい。
ボク、男なんだけど。
外見は女性でしょ、ちゃんとしなさい!
そう言われたら、そうしなきゃダメかなー? と思えてくる。
口うるさい、お母さんみたいだ。
──逆らうと雷が落ちる(物理)のは確実だから、言う通りにしてる。
雷神の異名は伊達ではなくて、純正の魔道士なんだよね、彼女。
レイド戦で戦ったとき、避け損なった騎士団長たちが感電してたな。
……。
いつも飄々として掴みどころがない彼が、真剣に拳を繰り出している。
いつもさり気なく装備している黒の革鎧も脱いで、上半身、裸。
布の下履きは穿いているけど、脚甲を外しているのでだぼだぼ。
一体何時間やってるんだか、全身汗まみれで。
きらきらと、朝日に反射する光が飛び散る様は、とにかくかっこいい。
濡れた髪が横顔に張り付いて、なんだか、その。
……艶めかしいっ。
あー。
やっぱボク、この人、大好きだわー。
……。
大好きっていうのは、ゲーム内登場人物としてであって。
その。
普段は、いじわるでいじめっ子で、嫌いだっ。
……でも。
真面目に練習しているのは、分かるんだけど。
なんか、意外で。
暗黒神、黒の魔王、なんて異名をたくさん持ってるんだから。
王様だし、強いんだから、訓練なんかしないと思ってた。
「ふひゅっ……、ふんっ!」
ぶわっ。
打った拳の風圧が、軽くボクの顔を撫でて、ボクは目を瞬かせた。
ここまで、軽く数メートル以上あるのに。
いや、大岩を空に打ち上げるファンタジー世界の拳闘士なんだもん。
それくらい出来て、別に不思議ではないのかも。
リアルの拳法使いと比べちゃダメだよね。
いや、リアルでそんな趣味ある人、知り合いに居なかったけど。
──リアル知り合い自体、居なかったけどっ!
「あらあら。男の人の裸を食い入るように見つめるなんて。スケベね」
「す、すけ……、べっ?!」
「こら。動かないの」
がしっ。
後ろから片手で顎を固定されてしまう。
人の顔に後ろからお化粧するなんて、ティースさん、器用すぎる。
ボクが彼を見てるから、邪魔しないようにしてくれてるんだろうけど。
「むやー。ねえ、これほんとに、毎日しないと、ダメ?」
「頬紅と口紅だけじゃないの。肌は綺麗なんだから、大事になさい」
「大事にー? やり方、わかんないし」
「教えてあげるわよ、スキンケアも、身だしなみも」
「……なんか、それを覚えると、大切な何かが壊れそうな気がして」
何言ってんの、と笑って後ろから頭を軽く押された。
いや、だって。
ボク、三十三歳独身男性ですよ?
女の子の身だしなみや、お化粧が完璧な男性って、どうなの?
──そりゃ、美容師さんや着付け師さんにもプロの男性、いるけど。
ボク、ただの引きこもりだったのにな??
南の街道を旅すること、三日。
今から、パーティ狩りする予定なのです。




