閑話02 とある死霊術師の疑問。
本日は2話投稿しておりまして、20話はこれのひとつ前です。
未読の方は、そちらもお読み下さいませー。
「なにかが、おかしい気がする」
呟いて、頭を捻る。
私は、サルフィーア2を始めて一週間の、新規プレイヤーだ。
チュートリアルを進めずに、泳いで島を出ようとした馬鹿者でもある。
……無類のリアル度を誇る、老舗ゲームだけのことはあった。
それが分かっただけでも、得をした。
そう思いたい。
知らなかったのだ。
問答無用で、高レベルな海の魔物に食われるなど。
感覚十六分の一とはいえ、怪物に食い千切られる経験など、もう御免だ。
だから私は心を入れ替えて、真面目にシナリオに沿ってやり直している。
やり直して、いるのだが。
「どうかなされましたか、勇者さま?」
「あ、いえ。独り言です、お気になさらず」
「まあ。思索を邪魔してしまいましたわね。御用があれば、遠慮なく」
「こちらこそ、余計な気を遣わせてしまいまして」
ぺこり。
頭を下げて出ていく女性に挨拶を返す。
彼女は、この城に新しく入ってきた領主の娘さんだ。
娘さん、などと直接には言えないが。
簡単に言うなら、彼女は、この国の国王の、弟の娘。
姪に当たる人物である。
王位継承権などがどうなっているのかは知る由もない。
……ないが。
なんだか、どうやら。
私は、彼女とお見合いをセッティングされているらしい。
……なんでだ。
「リアルの冒険を生きる、が謳い文句、だったはずだが、このゲーム」
独り言は、私の癖だ。
つい、思索と同時に口から出てしまう。
それはそれとして。
リアルの冒険を生きる冒険者が、何故、唐突に王族とお見合いするのだ。
大恩ある勇者を見送るに、町の北軍門より送るのがならわし。
今、その北門は土砂崩れで塞がっている。
修復まで、暫し時間を頂きたい。
──それが新領主のお願い。
これも、クエストなのか?
私は修復作業が終わるまで、城に逗留することになっている。
……と、いうか。
城に軟禁されているような気がしている。
町で、必要アイテムを揃えたいのだが?
未だに、島民に貰った初心者装備のままだぞ?
クエスト終了報奨は得たものの、使い道がないとは。
何か、どうしても納得が行かない。
一度死亡しキャラロストして、泣く泣くキャラメイクをやり直した。
最初のキャラは、リアルからかけ離れた屈強な斧術士だった。
……けども、装備が重くて溺れたところをぱくりと喰われた。
なので、今はリアルに沿った等身大、痩身の魔術師キャラだ。
体は動かしやすいし、違和感も大幅に消えて背伸びすることもない。
けれども。
そこで、何か、大きな歯車が狂った気がしてならない。
始まりの島でのレイドイベントもそうだ。
私は野良パーティを率いて、草原にいた赤鬼を討伐した。
レベル15レイドだったが、組んだNPCのパーティが優秀だった。
私の選択した職業は、死霊術師。
この職は、自分に受けた苦痛を倍増して跳ね返す魔法職らしい。
……跳ね返す、ということは、殴られる必要がある。
そう気づいたのは、キャラメイク後、島で最初の狩りを体験したときだ。
あのとき、魔道士なら肉弾戦する必要がないと浮かれた自分を。
闇の魔道士こそファンタジーの醍醐味、などと有頂天になった自分を。
渾身の力で、杖でぶん殴ってやりたい。
石や鉄を素手の一撃で砕く、オーガ。
あんな拳で殴られたら、レベルの低い私など一撃で即死してしまう。
……確かに、サルフィーア2は、甘くない。
この調子では、この先もどんな落とし穴が待っているのやら。
そういうわけで、NPCがレイド討伐するのを後ろから眺めていた。
何か、チートプレイした気がしてならないのは気の所為ではないと思う。
これまでの体験で、甘い話には必ず落とし穴がある、と気づいている。
このチートプレイの、落とし穴は一体、どこだ??
レイド成功の喜びよりも、もはや次の落差に備える怯えが大きい。
村人たちは総出で勇者の誕生、などと持ち上げて来るし。
島民総出で、大陸に出る私を盛大に見送ってくれたな。
私は、いつバレて袋叩きにされるかと、気が気でなかったのだが。
サルフィーア2も、サービス開始から二十年経過している老舗ゲーム。
今や始まりの島を訪れる新規プレイヤーも減っているそうだ。
私が島に滞在していたときも、他のプレイヤーを誰も見なかった。
だからこそ、救済措置としての、NPCパーティなのだろう。
それはそれで、正しく運営の対処なのだろうが。
全職がひとつの島でチュートリアルというのは、無理が来ているのでは。
最早、シナリオ設定の根幹から改めた方がいいのではないだろうか。
「あ、あの……」
「どうなされました、お嬢様?」
かちゃり。
そっと扉の隙間から顔を覗かせた娘さんに、私は声をかけた。
侍従も付けず、先触れもなく、貴族の娘としては恥ずべき行いだろう。
しかし。
高校生程度の年若い娘が、勇者と信ずる私に会おうとする気持ち。
それは、私自身にはそんな気持ちはないが、理解できなくもない。
……アレだ。
アイドル追っかけ隊みたいな奴だ。
私は断じて、アイドルではないけども。
「お嬢様などと、他人行儀ではなく。セフィーロ、と呼んで下さいませ」
「では、セフィーロ。どうされましたか?」
「勇者さま、あの。町で花火が上がるんです。見物されませんか?」
「む。しかし私は、そろそろ王都へ向かわねば」
「まあ、寂しいですわ。勇者さまは、私のことがお嫌いですか?」
「いや、そんなことは」
「嬉しい。東の塔から、町が一望出来ますのよ? こちらへ」
「…………」
リアルでは女性とこれほどまでに接近したこともない。
だから、セフィーロが好意を隠さず接してくれるのは、正直嬉しい。
嬉しいのは、嬉しいが。
これは、あくまでも、ゲームなのだ。
セフィーロも幸薄げな儚い美少女と言えども、NPC。
儚げな横顔。
すらりとした細い体つき。
なぜそこだけ、というほどに豊満な胸。
薄幸の主原因だと確信できる、ドジっ子気質。
淑女の恥じらいと、子供っぽさの同居。
……これだけ萌え要素あるなら、もうNPCでもいいや。
──いや、そうではなく。
なんで、辺境の城に足止めされているのだ、私は。
領主の悪事を暴くイベントはあった。
だが。
悪事の証拠を揃えて町に戻ってみれば、何故か反乱は終結していた。
私が持ち帰った証拠は兵士に渡したものの。
領主は既に、反乱軍たちによって捕縛されていたし。
手伝いをしたのは確かだが、別に私でなくとも誰でも良かったような。
何というか、後手後手に回った印象しかない。
まるで、誰かが先んじて、シナリオを動かしたかのような。
……シナリオの、バグなのだろうか?
いや、二十年も続いているゲームの、しかもメイン最初のイベントだ。
これがリアルだ、と言われてしまえば。
──普通の死霊術師でしかない私だから、そうなるのかもしれないが。
「納得が行かない」
「見て下さい、勇者さま! ほら、大きな、大きな花火!」
……。
かれこれ一週間も続く、最早見慣れた花火の光景。
でも、隣に誰かが居るだけで楽しいものなのだな。
まあ、彼女も可愛らしいし。
これはこれで、良いか。
死霊術師は基本的に死体を操って本人の代わりに戦わせる職なんですが、彼は気づいてません。