#19 泣いてないもん。
スケさんとハチさんを混同していたので修正しました(2019/09/19)。
「いや、探しましたぜ、姫」
「っていうか、よく見つけたよね」
風車小屋の前に、カクさんとハチさんが訪ねて来ていた。
あれから一週間。
ボクは風車小屋の主に気に入られて、小屋のお手伝いをしている。
と言っても、風の精霊を動かして、風車を回すだけの簡単なお仕事。
いや、実はボク、風車が何のためにあるのか、知らなくて。
風力を利用して、石臼で小麦をすり潰すものだったんだね。
ゲームのノリで、勝手に中に入り込んで寝てたんだけど。
ゲームと違って、内部の作業を見たらびっくりというか、感動。
無人だと思いこんでた風車小屋には、老夫婦が住んでらっしゃって。
農作業の手伝いをしてくれるなら大歓迎、ってことで、泊めて貰った。
彼と夫婦だって強く思い込まれちゃったのには、閉口しちゃったけど。
年老いた奥さんに、パンまで貰っちゃってさ。
……これがもう、美味しいの何のって!
感覚制限なんて、くそくらえだー!
ふわっふわのふっかふかで、ほんのり甘くて風味が凄くて!
ファンタジー世界の食べ物?
日本の食べ物に勝るわけない! と思ってたけど。
よくよく考えたら、ここ、誰でも魔法を使える世界。
やろうと思えば、日本を超える品質を生み出せる土壌、あるよ!
おっと。
おばさま謹製の絶品パンについて熱く語ってしまった。
それはともかく。
「……で。終わったの?」
「終わりましたぜ。あっしらは、ここでお別れでさあ」
「うん。良かったね、ほんとに」
いかついカクさんハチさんが、わかりにくいけど笑ってた。
ああ、良かったな。
みんな幸せに終われたのなら、動いた甲斐があった。
「姫? そろそろ、行きますよ?」
「あ、うん! じゃあ、ハチさんもカクさんも、元気で!」
彼に呼ばれて、ボクは風車の裏手に走った。
カクさんハチさんは、おいおい泣きながら見送ってくれてる。
あんな顔なのに、涙もろい人たちだなあ。
「姫? 泣いておられるのかな?」
「う? ううん、貰い涙っ」
そ、そう。
貰っただけ。
だって、いつでも会えるし。
ちょっと、始まりの島まで渡れる帆船の購入費用はお高いけど。
──カクさんハチさんは、これから、島に戻るのだ。
反乱に参加した元島民の皆さんと一緒にね。
反乱っていうけど、今はもう、義勇軍の扱いだ。
前の領主が処刑されて、新しい領主がやって来ている。
新領主は、今の王様の弟。王弟殿下だ。
王弟殿下は画伯でもあるけど、軍略も凄いらしい。
で。
王弟殿下は、元反乱軍をそのまま義勇軍枠で雇用した。
三代前の謀反? いつの話だよ、って話。不問です。
義勇軍は強制参加じゃないから、もちろん島に戻る人もいる。
カクさんたちも、戻っちゃう。
でも、島でも軍務につける。
っていうか、海軍の一部になるのだ。
海軍島嶼防衛隊? だったかな?
なんか、そんな名前の組織。
勢力と活動範囲が、広がるらしい。
海賊にも対処するし、島の中でも治安維持する。
レイドボス?
人数揃えて、やっちゃって下さい!
大丈夫、ダンジョンボスでなければ、大軍でどうにかなりますから!
で。
軍から給料出るので、島出身の軍人が増えて、島が潤う。
島は漁村以外にも軍港の役割を持って、今より更に重要になる。
ので、島と軍港の往復便が、増える。
島に軍人が駐留するようになると、安全も確保されるし。
そして。
人の行き来が増えるとー、ビジネスチャンス。
軍港の商人ギルドは、新港の開拓に意欲的らしい。
島の名物、甘芋の芋煮を教えておいた。
あれ、ほんっと美味しいんだよねー。
レシピの代金は、跳ねる暴れ馬亭のご夫婦に払ってね?
これで、恩返しは出来たかなっ。
……ボクたち?
ボクたちは、これから、馬車で街道を南に下ってく。
海賊退治のクエストが、残ってしまったので。