#01 彼の正体に気づいた。
「……え、あれ? なんで、ボク、ゲームキャラに」
「そりゃ、現実の君は、こちらでこのような惨状だし」
「……え? ええ? ええええええ!?」
驚愕。
驚天動地。
目の前に、死んだボク自身がいる。
それなのに、ボクはゲームキャラとしてここにいる!?
なにこれ、なんだこれ!?
ボク、死んじゃったの???!!!
「えーとね。簡単に言うと、俺の一存で君を転生させたいんだよ」
「…………はい?」
「いやだって、君、黒の魔王レイドのアイテム獲得権、得たでしょ?」
「それは、そうだけど。誕生日プレゼントっていうか、みんなの好意で」
「誇っていいんじゃないかな? ゲーム史上初、最初の獲得者だよ」
「【黒神の双短剣】? 誰も欲しがらないマニア武器だよ。威力も低いし」
動揺が収まらないまま、ボクは震える声で答えた。
何しろこれ、全職装備可能武具なのに、攻撃力がほぼないのだ。
というか、説明がない。
アイテム説明に『黒神の短剣。二対一組で、両手装備』としかない。
そんなのは見れば分かるから、アイテム効果を書け、と運営に言いたい。
他の神代武具と、えらい違いだ。
例えば、切れ味が凄いとして有名な魔剣ダーインスレイヴの説明。
『攻撃力1,284 耐久力874 [適正:剣士、騎士、侍]
敵の血を吸い尽くすまで鞘に収まろうとしない魔剣。
刀身には血を吸う効果があり、敵の血を吸って切れ味を増す。
だが敵の血を吸えなければ使用者の血を奪う、呪われた剣。
[解呪難易度:SS]』
呪われているし、血が流れている相手以外には効果がない、極端な特性。
だけど、解呪できるし、それにそれを補って余りある優遇効果がある。
だから、たまに英雄認定戦でも見かける有名な魔剣だ。
呪われた装備は、呪われる代わりに相応のアイテム効果を得るお約束。
黒の魔王アイテムには、それがほぼ、何もない。
そして、デザインも悪い。有り体に言えば、カッコ悪い。
無骨な実用一辺倒の短剣で、飾りと言えば、握りをガードする覆いだけ。
で。
装着すると、必ず呪われる。
神代武具級の呪いで、もちろん解呪難易度も神代4S級。
手から離れなくなるわけじゃないけど、片手武器が使えなくなる。
無論ながら、アイテムボックスには入れられるけど、売却できない。
手放せなくなるということは、他の神代武具を装備できないということ。
神代武具は、キャラクターひとりにつきひとつしか所有できない。
こんなもの所有するのは、黒の魔王に自分を捧げるのと同じだ。
「そりゃ、誰も欲しがらないのは認めるけどね」
「神代武具だけあって破壊不能なのは凄いけど」
「そりゃ、神代黒鉄製だもん」
「むしろ、これを持ってること自体が頭おかしいことの証明みたいな」
「まあ、俺は嫌われ者だからね」
「そうそう。これを選ぶなんて、よほど黒の魔王を好きじゃなきゃ」
言いながら、不思議と頬がにやけてしまう。
正直に言おう。
ボクは、彼、黒の魔王のことが、大好きだ。
彼は、サルフィーア2の物語のあちこちに顔を出す。
登場回数だけで言えば、神族の中でもいちばんだと思う。
殆どが、脇役として出てくるんだけど。
サルフィーア2の設定で語られる神話では、こうだ。
彼自身は、何の力も持たない神の最初の子供として登場する。
だけど、彼は失敗作として捨てられてしまう。
目も耳も鼻も口もなく、手もなく足もない。
スライム状の怪物として。
彼の後に作られた三人の子は、それぞれが太陽、月、大地の王神。
彼の父と母は、人間の生死を統べた。
──彼は?
彼は、遠い彼方、混沌の島に流れ着いた。
そこでたったひとりで力を蓄え、王になった。
亜人と魔物を統べる、魔王として。
だから。
人類に弓引く最強の敵対者、魔王と呼ばれる。
プレイヤーは英雄となり勇者となって、魔王軍討伐を行う。
いつか、この世界を統一し、ひとつの王国を作る目的のために戦うのだ。
設定的に、間違いなく悪役で、そして悲劇の王様なんだけどさ。
ボクはこういう孤高の王って、大好きなんだ。
裏で暗躍する彼だけど、悪役の彼が居なければ、人は滅びてしまう。
だって、世界は人間だけで回ってるんじゃないから。
彼はサルフィーア2の神の中で唯一、世界維持のために動いている。
だって、森に入る人間を問答無用で殺したりする。
なんで? 世界樹の森は不可侵だ、って。
どこの環境保護家ですか。
でも、後の物語それぞれを繋げて彼の役割を推測すると、分かるのだ。
世界樹を傷つければ、人類は精霊の加護を失うことになる。
精霊の加護がないと魔法が使えない。
サルフィーア2の世界はリアルよりも厳しくて、魔物が大量にいる。
魔法がなければ、弱い人間が世界を生き抜くなんて、不可能だ。
自分が嫌われることなんて、きっと彼には痛くも痒くもない。
どうしょうもなく、口下手で不器用、そして一本気で無骨な暗黒神。
ボクも、補助職で英雄に到達したから、なんか同感してしまうんだ。
不遇職すぎて、英雄認定戦なんか数えるほどしかやってないけど。
でも、プレイ時間は人一倍。
ボクの職は、精霊弓士。
見た目も地味で、扱いも難しい最難職。
回復ヒーラー職と支援バフ職を足しただけの、バランスの悪い半端職。
英雄クラン内最弱、お情け英雄のボク。
でも英雄クランの中でだけ、ボクは輝けた。
みんながボクをバカにせず、ボクの助けを嬉しいと言ってくれた。
最後に、こんなプレゼントまで貰ってしまって。
彼らに、感謝してもしきれない。
ボクの両手には、ちゃんと、【黒神の双短剣】が存在していた。
五感総没入MMORPG、サルフィーア2での感触と同じだ。
そこで初めて、ボクは、彼の正体に気がついた。
「黒の、魔王?」
「討伐成功、おめでとう。正攻法で俺を負かしたのは、君が初めてだよ」