#17 花火の代わりを、特等席で。
「さて、北門到着ですよ、姫」
「正確には、北門の横の岩山ね」
彼の背中から、ボクはツッコミを入れた。
おんぶされるのは、もう仕方がない。
持久力がないボクが、火薬庫から北門までの道を走り抜けるなんて無理。
この城の攻城戦でも、この通路は最重要防御通路だったっけ。
火薬庫の屋根から予備の城壁に上がって、城壁の上をまっすぐ北へ。
そうすると、岩山に繋がって城下町を見下ろせる位置に着くのだ。
ここから情報を主力部隊に送るのが、城攻め斥候役の役割だった。
ボク?
ボクもほんとは、斥候役が務まる職の筈なんだけど。
何故か本隊に押し込められて、いつも前線に出して貰えないんだよね。
やっぱり、嫌われ者のボクが前線に出ると、士気下げちゃうのかなあ?
それはともかく。
背中から彼の肩に上がって、目を凝らして南に伸びる街道を見る。
普通の人間なら、夕焼けに溶けて、見えるはずもない光。
でも。
ハイエルフのボクの視力からは、逃れられない。
「──いた。見つけた」
「だろうね。そちらも斥候だよ、反乱軍の」
町の北側は、なだらかな丘になっている。
丘と言っても、稜線の向こうは急勾配で下っている。
だから、その向こうに何かが居ても、こちらからはとても見えづらい。
故に、要所要所に見張り台がある。
でも、今のタイミングは。
見張り台の番兵が全て、反乱軍に制圧されている。
だから、ランタンの抑えられた光が、稜線に沿って小さく見えるのだ。
では、本隊は?
「本隊は丘向こうを城に……、町の北西に向かってるはず、だよね?」
「そう。そして、非番で町の外をうろつく風を装った兵士に見つかる」
「兵士が報告どころでなくなる手を打てばいい」
どうやって?
そんな質問を、彼がするわけがない。
彼は、言うなれば、運営側だ。
この岩山のギミックも、十二分に知っている。
「出来る?」
「無論。一言、言って下されば?」
「じゃあ。お願い!」
「姫。そこは、やれ、と命令するところですよ」
口調とは裏腹に、彼は心底楽しそうだ。
「わ、わわっ!? ちょっ、ちょっと、降ろして!?」
「暫し、時間を下さい」
「うひゃ、待って待って待て待てー!」
待ってくれなかった。
彼は、ボクを肩に乗せたまま、腰を落として。
目の前の大きな岩に向けて、半身で、思い切り左腕の拳を引く。
右手は左拳の上に添えて……、そして、彼の肌越しに。
凶悪無比な、とんでもない量の魔力が湧き上がるのが分かる。
彼の殆どの魔力は、ボクの腰、【黒神の双短剣】に封印されている。
それなのに。
この魔力を全て外に出したら、きっと……。
この町なんか、軽く消し飛んでしまうだろう。
黒の魔王。
史上最強、最悪の混沌の王。
人類の敵対者。
「……おっと。魔力、練りすぎた」
「ばっ、ばかぁ! どうすんの、それ!?」
「どうしましょうか?」
聞かれても、困りすぎる!?
彼の頭に抱きついて、とりあえず、叫ぶ。
「とにかく! 放出、撃っちゃって! でも町に向けちゃダメー!」
「姫? 空を、ご覧下さいな」
「へ?」
ず、どん!
下っ腹の奥深くまで響く、重厚な、音。
彼が岩山を拳で打った音だと、気づくまで時間が掛かった。
だって。
音よりも速く、衝撃は、天空に抜けていた。
あ。
そうだった。
彼は魔力を、外に出せないんだった。
でも。
打撃って、こういう使い方もあるんだ。
天空高くまで、音速を超えて打ち上がった大岩は……。
雲の高さで弾けて、真っ白な破片を木っ端微塵に撒き散らした。
……まるで、花火のように。
「楽しみにしていらしたでしょう?」
「……やる前に、一言言ってよ」
「特等席を用意したではないですか」
「──太ももの感触を楽しみたかっただけでしょ?」
「ちっ。バレたか」
渾身の力で彼の後頭部に抱きついて、がりがりかじってやったんだけど。
……彼を喜ばせてるだけだ、って気づいたのはずいぶん後だ。
関東圏の方、令和元年台風15号大丈夫でしたか?
ご自身の安全第一で、ご無理なされませんようにー。