#14 計画が繰り上がります。
「あら、勘違いしないでね? ここであなたを倒す気は、ないのよ?」
「そ、それは嬉しいです。えっと、あの?」
「あの人が執着してるみたいだから、どんなお嬢さんなのかな、って」
「お、お嬢さんではない、です」
「ふうん? ほんとに、あの人の好みに合ってるのねえ」
ざぶり。
彼女がお湯を揺らしながら、ボクの目の前に移動してきた。
うえぇ。
目のやり場に、困る。
大質量のそれは、ぷかりとお湯に浮かんでいて。
ボクの小さなそれとは、えらい違いだ。
「あら、あなた」
「ふえっ?! な、なんでしょう!?」
「髪、ちゃんとブラシ入れてる? 毛先が荒れてるじゃないの」
「ぶ、ぶらし? えっと、手櫛ですけど」
……。
なんで、ダメだこりゃ、みたいに顔を顰めるのでせうか。
えー?
ボクの髪は、植物性亜人種らしく、緑の髪だ。
葉緑素を含んだ髪、みたいな設定があるんだけど。
別にアバターの髪なので、そこまで大事にはしていない。
ログアウトしてログインしたら、どんなに乱れても元に戻ってるし。
あ。
そうか。
今って、ログアウトできるわけもないから。
大事に手入れ、すべきなのかな?
でもでも。
女の子の髪とか、どう手入れすればいいのだ。
知らないぞ、そんな知識。
「ほんとに、あの人は気が利かないったら! そう思うでしょ、あなた!」
「ふぇっ? そ、そうかな?」
「そうよ! 大事な女の子なら、ちゃんと世話してあげないと!」
「だ、大事? えええ? 大事って、どういう」
「どういうもこういうもない! さあ、上がって! 手入れするわよ!」
強く手を引っ張られて、ボクは強制的にお風呂から出た。
あれええ?
商人ギルドの隠し事を暴いて、イベントを進めるはず、だったのにな。
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どうやってこの、ワシの執務室へ入り込んだ。
などとは問い詰めない。
事実、男は既に居るのだ。
今更、そんな誰何は無意味じゃ。
そんなことよりも、男の言葉の方が重要じゃった。
「どこで、その情報を得られたのかな?」
「さあ、どこだろうな」
とぼけながらも、男は高価な壺を軽々と宙に放り投げた。
──そして、ぽん、と片手で器用に、受け取ってみせる。
脅すつもりか、とワシは思う。
ふん。
表向きは商人ギルドの長。
裏ではルーディン盗賊ギルドの元締め。
ワシの胆力は、その程度では揺らぎもせぬわ。
舐めるでないぞ、若造め。
……ああ、いかん!
その絵は、王族より賜った絵じゃ!
なぜバレたのじゃ、額縁も敢えて普通に替えておる!
王弟殿下の描かれた王都の風景画、値段など付けられぬというのに!
「おや。この絵が、それほど大事なので?」
「む? そんなもの、どこにでもありふれた風景画。二束三文じゃよ」
二束三文なものか!
画伯として名高い王弟殿下の手ずからの贈呈画じゃぞ!
「別に、無茶は言ってないはずだが? 手順を一日、繰り上げるだけだ」
「……それが、どういう結果を招くかご存知じゃな?」
「知ってるよ。失敗すれば、大逆罪で処刑台を登ることになるね」
「なれば。聞ける道理もない」
どこから嗅ぎつけたのか、このネズミめ。
反乱計画を、どこで知った?
港に着いた三人の船で来たのは、知っておる。
だが、スケは我が盗賊ギルドの一員にして、密偵のひとり。
奴め、裏切ったか?
……いや、裏切るはずもない。
奴は親の代からワシに仕える、密偵の家系。
エルフの姫と、物見遊山の旅?
馬鹿め、ごまかされぬわ。
あれはハイエルフだ。
世界樹の娘、エルフの上位。
本来なら世界樹の森から決して離れぬ、高貴なる種族。
通常のエルフは、黄瞳。
だが、間違いない。
娘の目の色は、真緑じゃった。
ハイエルフの証。
ふん。
亜人の方でも、計画が進行中、ということか。
精霊の愛娘、高貴なる血筋のハイエルフを森から出す、とは。
なるほどあちらも、随分と思い切った。
「……この博打、乗るべき、か?」
「俺は選択しない。姫に従うのみさ」
「ふふん。良かろう。乗った。そう、お伝え願おう」
「了解した」
「……待て。その絵は置いていけ」
さり気なく懐中に入れるでないわ。油断も隙もない。
「ほう? 二束三文だろう?」
「……何故気づいた」
「この風景は、王妃邸の庭から見上げる王城を描いたものだ」
「──!?」
「商人ギルドの長よ。以後は自室に飾り、人目に触れさせぬことだな」
「貴様……、いや貴殿、王族縁の者か?」
「俺のことはどうでもいいさ。約定したぞ?」
「商人は契約を護るものじゃ。して、そちらは何を差し出す?」
「────」
今頃考えるな、この阿呆。
こちらはリスクを負ったのじゃぞ。
「……そうだな。では、更なる繁栄と富、一族栄達を約束してやろうか」
「言質は取ったぞ?」
「どうにでも。そのように、『道筋は動く』のだから」
「未来を知るような口ぶりじゃの」
からん。
無造作にテーブルの上に放られた額縁を、ワシは慌てて手に取った。
そして、振り仰げば。
最早、男の姿はどこにも見えなかった。
……あれほどの男、盗賊ギルドにも居らぬ。
名の通った一廉の人物のはず、じゃが。
一体、何者なのじゃ?