#13 お風呂に浸かります。
でも。
彼はいつも、人間の世を護るために動いていた。
サルフィーア2で唯一の、人界守護の暗黒神。
──そこに気づいているのは、きっとボクだけだ。
だって。
これはメインストーリーの中に巧妙に隠された、サブストーリーだから。
「姫? 俺は、姫の選択に従うよ」
「従者なんでしょっ。当然……ッ!」
すっくと、立ち上がる。
目の前に広がるのは、曇天。
今日の打ち上げ花火は、あまり綺麗じゃないかも。
だから、中止でも仕方ない!
夜空に浮かぶふたつの月をバックに上がる大輪の花火が、好きだった。
それは、メインクエストをやり切った達成感とセットの光景だったから。
「反乱軍から、犠牲者を一人も出さない!」
「御意」
駆け出したボクの両手には、食べかけのりんご飴。
締まらないけど、仕方がない。
食べ物は粗末に出来ないのだ。
向かう先は、どこへ?
決まってる。
商人ギルドだ。
──商人ギルドは、反乱軍に秘密裏に武器を供給する役どころ。
でも、ずっと先までメインクエストを進めたボクは、知っている。
彼らは、この国の王族からも金銭を得ている情報収集組織。
裏の顔は、盗賊ギルドと繋がる闇の商人。
王族の意向で、反乱軍決起を理由に、領主の首を挿げ替えるために。
──庶民の犠牲を、わざと見過ごすのだ。
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「はい、目を拭きましょうねー。お鼻もちーんしましょう」
「むー。うぶぶぶ。ちーん」
……完全に子供どころか幼児扱いな件について。
いや、両手の飴を食べながら夜道を走ってたら、転んじゃって。
顔も体も、べとべと。飴まみれで泥まみれです。
商人ギルド本館に着いてすぐ、大衆浴場に強制連行されました。
……彼にじゃないですよ。
商人ギルドにいた、見知らぬお姉さんに、です。
「あの人が、こんな可愛い娘さんと知り合ってるなんてねえ」
「むぇ。え、彼と知り合いなんですか?」
ぷるぷる。
顔を洗って、温めた布を髪に当てて、べっとりくっついた飴を取る。
面倒なので切ろうと短剣を当てたら、お姉さんに慌てて止められたし。
──実は今、ちょっと、緊張しています。
ゲームの頃は、サルフィーア2は全年齢層ゲームだったので。
お風呂や水浴びのシーンっていうのは巧くカットされてたんだけど。
今は、普通にお湯に浸かってるんですよね。
当然、裸で。
……いや、これでも三十三歳独身男性。軽々に動じてはいけない。
何事も、広い心で落ち着いて。
それに、このアバターの姿とは、オープンベータから二十年の付き合い。
慣れてる、はずなんだけど。
──うわあ。小さいけど、ちゃんと膨らんでる。
──え、何、ほんとに下、つるつるだ。
──えええ。何これなにこれ、敏感すぎるんだけど。
……アバターの下着を脱いだの、初めてですよ。
もちろん、その内側に触れたのも。
お姉さんが居なかったら、脱衣所で混乱してたかも。
その、お姉さんも、一緒に隣で湯船に浸かってます。
……人間のお姉さんだけど。
……ちらり。
でかい。
くびれ。
えろい。
……いろいろ、負けてる気がするぅぅ。
彼?
いくら従者だって言い張っても、お風呂までは一緒しませんよ。
ボクは男だけど、アバターは女の体ですもの。
そういうところは、きっちりしないとね。
……昨晩は、どうやらボクを抱っこして一緒のベッドで寝たらしい。
宿の主人にゆうべはお楽しみでしたねなんて言われて、顔から火が出た。
それは、ともかく。
「彼と、知り合って長かったり?」
「ええ、それはもう、とてもとても長い付き合いよ。あなたとは短いけど」
……あれ?
なんか、敵意っぽいものが。
って、いうか。
なんか、このお姉さん。
見覚えがあるような。
「──あら。そうね、前に会ったときは、髪を上げてたから」
ぱしゃり。
両手で濡れた髪をかき上げて、髪を上げて見せるお姉さん。
……。
やっぱり、確実に会ってるぞ、これ。
でも。
プレイヤーさんじゃ、なさそうだし。
じゃあ、NPCなのかな?
ええっと。
直近で、こういうオールバックでポニーテールな髪型した女性NPC。
──。
────。
げっ。
思い当たった。
っていうか、恨まれてて、当然。
「先日の討伐戦では、ボッコボコにしてくれてありがとう」
「──ひっ。そ、その節は、失礼しました」
そうだ。
魔王第二軍、参謀。
雷神ティース・オキィタ。
それが彼女の名前。
黒の魔王討伐戦の途中、ボクたちが討伐した魔王軍四天王のひとり。
そして。
彼女は、黒の魔王の二番目の妻だ。
総合評価100ポイント超えましたー。
評価ブクマして下さった方々っ、感謝感激雨あられ!
引き続きご愛顧お願いしまーっす。