#12 お祭りの食べ物は美味しいです。
「姫はりんご飴、好きですかね?」
「んー、嫌いでもなくもなくない」
「どっちですか」
んー。ぱくり。
甘酸っぱいー。
ほくほく。
……。
「人が食べてるのを、じっと見つめないでくれる?」
「おっと、失礼。本当に美味しそうに食べますよね」
「美味しいものは、美味しく食べないと作ってくれた人に失礼っ」
「ほほう、エルフの嬢ちゃんはいいこと言うね。もうひとつおまけだ!」
「わぁい! ありがと、おいちゃんっ!」
両手に、りんご飴げっと! いえーい!!
彼に腰を抱えられて、いつもよりかなり高くなった視界。
辺りを見回すと、今日ばかりは街中に、人がごった返している。
だって、今日は年に一度の花火祭り。
西海軍が大砲で、城下町の平和と繁栄を祝って花火を打ち上げる。
領内の近隣住民も祭りを楽しむために、城下町に入ってくる。
人が増えれば、それは商売のチャンス到来。
だから、商人も農民も漁民も総出で、この広場にやって来る。
出店にはたくさんの商品が並んでいる。
今日ばかりは商人ギルドも無礼講。
大放出された商品は掘り出し物があったり、偽物パチ物バッタ物も。
目利きスキルがない素人が引っかかるのも、ご愛嬌。
お祭り騒ぎに無関係なのは、門の上を警護する兵隊さんたちだけ。
その兵隊さんたちも、城門や城壁の上からボクらを見下ろしている。
今、お仕事してる兵隊さんたちは幸せな方だ。
何故なら、夜のお祭り本番には交代して祭りに参加できるから。
不幸にも夜当番になってしまった兵隊さんたち?
彼らは、昼から酒場でお酒を飲んでいる。
だから、ぁゃιぃ夜のお店も今日は朝から晩まで終日開店。
「お祭り、楽しいね!」
「姫の笑顔を見てる方が、俺は楽しいよ」
「えー? 分かってないなあ。ボクの顔より、祭りを楽しみなよ」
くすくすと笑う彼が応えないから、ボクは片手のりんご飴を押し付けた。
ぺろり、と指に垂れた飴を舐められて、びっくり。
慌てて手を引っ込めたら、にやり、とか笑ってやがるしっ。
……楽しい気分だったけど。
普段なら陽気なはずの町の番兵さんたちが、なんだか緊張してる。
城の南東門しか開いていないのは、いつものことだ。
この町の北門が開くのは、軍が移動するときだけ。
民間人用の門は港の南東門だけで、そちらに貧民街がある。
貧民街と大通りを繋ぐ通用門は狭くて、一人ずつしか通れない。
有事の際には、この門は固く閉じられる。
そして、貧民街は庶民の商店街を兼ねている。
つまり、大通りを境目に、北西は貴族と軍人御用達。
南東が庶民用、とすっぱり領域が分かれているのだった。
庶民の安全を考えない造りなのは、仕方がない。
城は貴族を護るための構造物なのだから。
だから、庶民は戦時には決して城に近寄らない。
今日はお祭りだから、ごった返している、のだけど。
「ねえ? 今って、メインクエストで言うと、どの辺り?」
「さて? 俺らには関係ないですよ、姫」
「……なんか、不穏な言い方ー」
短い付き合いだけど、分かってしまう。
これは、選択肢だ、きっと。
このまま今晩の祭りを楽しむだけなら、ほんとに関係ないんだろう。
──関係が、なくなってしまうんだろう。
「スケさんたち、どこに行ったの?」
「彼らには彼らの用事がありますから。……ご存知でしょう?」
「う。そりゃ、そうなんだけど」
うん。
分かってる。
彼らは、悪徳領主に対する反乱軍の一員なのだ。
ボクらをこの町へ送ってくれたのは、ほんとに好意とついでだからで。
……反乱軍は、プレイヤーが悪徳領主の悪事を知る前に、決起する。
プレイヤーはその決起した場所に、遅れて到着する。
そして、その隠された陰謀に気づいて、海賊退治を行う。
──けど、そのときには反乱軍の初陣は、正規軍とぶつかってて。
「ねえ」
「なんですか、姫? こちらの綿飴もどうぞ?」
「あーむっ。あっまーい! ねえ。ちょっと。そうじゃなくて」
「焼きトウモロコシもありますけど」
「わーい! ……あのさ。ボクを子供扱いしないでくれる?」
「では俺が頂きましょう」
「わー! 食べないとは言ってないー!?」
ひとしきり食べ物を取り合って。
ボクらは、人混みを避けて、広場の隅っこに並んで腰掛けた。
焼きトウモロコシは、三分の一も食べられてしまった。
まったく、油断も隙もないっ。
……。
「……知ってて、黙ってるでしょ?」
「選択したいんですか? 見過ごしても誰も責めないですよ」
「その、言い方っ。人が死んでも、関係ないみたいに」
「関係ないでしょう? 俺が誰か、お忘れで?」
はっ。
息を飲んでしまった。
そうだ。
彼は、黒の魔王。
混沌の島の主、魔族の王。
人間は本来、彼の敵だ。