#11 大陸の玄関口に到着です。
「姫、大丈夫でやんすか? 見て下さい、ほら、もう着きますぜ!」
漁師のカクさんの声で、ボクは薄目を開けた。
ぐらぐら前後左右に揺れる視界の中で、波間に灯台の光が目に入る。
辺りはもう夕暮れを通り越して、真っ暗。
でも、ハイエルフの闇を見通す視力の前には、昼間と同じだ。
確かに、港だった。
大陸最西端の軍港町、ルーディン。
グルーディ侯爵の治めるグルーディ地域最西端で、西海軍の本拠地。
グルーディ領の玄関口で、貿易でも賑わっている。
初心者プレイヤーにとって、ここが初めての大陸上陸地点だ。
そして、この軍港町では王侯貴族と縁が出来るイベントが盛り沢山。
……でも、今のボクにはそんなイベント、どうでも良かった。
「ううぅぅ……、えっぷ」
「おい、カク! 姫さんにいちいち話しかけて起こすな!」
「ハチ、それより器だ! 姫さん、全部吐いたら楽になりやすぜ!」
えろえろえろえろっ。
けほっ、けほけほっ。
ううう。
もう、胃液も出ない。辛い、苦しい。
感覚ダイレクトで船に乗ったら、乗り物酔いになるなんて。
確かに、前世でも三半規管、弱かったけどさ。
「やっぱり、日を改めるべきでしたね、姫。時化なのに」
「うるしゃい。だって花火祭りがあるって言うからー」
くすくすと軽い笑みを隠さずに、彼がボクの顔を覗き込む。
至近距離すぎて、彼の吐息が頬に当たる。
ちょっと、近すぎだよっ。
五人乗りの漁船で、ボクはあぐらをかいた彼に体を預けていた。
こうすれば、多少はマシだからって。
確かに、直に床に座るよりは、揺れなかったけど。
背中から彼の体温が伝わって、安心も出来たけど。
低く呟くような彼の声や、ぽんぽんと軽く叩く手に安堵したけど。
「くそぅ。ボクは、男なんだぞ」
「はいはい。さあ、上陸ですよ、姫」
「う? えっと、ボク、何かする?」
「立てないでしょう。眠って下さい」
にっこり。
笑う彼に、不覚にも完全に安心して、目を閉じた。
ばたばたと、周囲を走り回る音が聞こえる。
ボクのために船を出して大陸にとんぼ返りしてくれた、三人の足音だ。
スケさん、カクさん、ハチさん。
いかつい顔立ちなのに根は正直で、働き者。
ボクだけ眠っちゃって、ほんと、申し訳ない。
でも。
眠気に、勝てないです。
ごめんなさい。
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「船はこの後、どうしやす? 旦那の買った船ですが」
「もう海路は使わないだろうし、売っていいよ」
「わかりやした。商人ギルドに話通しておきまさあ」
「よろしく。俺たちは町に居るよ」
「了解っす。あっしらは昔馴染みに会いますんで、一先ずここで!」
「うん、ここまでご苦労さん」
「「「姫さんも、またどこかで!」」」
……何が、どうなったのやら。
彼が、三人を顎で使っちゃっている。
え、何?
昨日の夜中に、軍港町に着いて。
それから宿に入って、一泊。
朝からまだ足元が覚束ないボクを見かねた彼が、抱っこしてくれて。
「……ふえ?」
「祭りの花火は夜からですよ、姫。町を巡りましょうか」
「ふにゃ? う、うん? ねえ、スケさんたちと仲良くなったの?」
「ええ。彼らはとても協力的ですね」
…………???
そりゃ、彼らは本来なら、反乱軍に入って領主と敵対する役どころだ。
島の出身民を差別して重労働を課す西海軍が、ここに駐留している。
チュートリアル後のメインクエスト一発目イベントが、それ。
この軍港町は、つまり、プレイヤーの働きで領主が変わるのだ。
グルーディ侯爵から町を任されている領主は魔王軍と繋がっている。
繋がっているというか、正確に言うと、海賊行為を行っている。
そして、罪を南東に拠点を持つ魔王海軍に被せているのだ。
無論、魔王軍も罪をなすりつけられた無関係な第三者ってわけじゃない。
実際、悪徳領主は盗んだ物資を魔王海軍に横流ししているから。
横流しされた武器弾薬はそのまま魔王海軍に利用されている。
そして、魔王海軍の活動範囲を更に範囲に広げる元手になっている。
その活動は、南の廃坑を秘密裏に発掘させているのも含まれる。
そこから採れるのは、魔鉱。
加工技術を知らない人間にはただの石ころでしかない。
だけど、魔族が加工すると魔石に変わる。
そこで、スケさんたち始まりの島の島民は強制労働させられている。
──つまり。
プレイヤーは、悪徳領主の悪事を暴く必要がある。
そして魔族との関係を暴いて、悪徳領主を追放するのだ。
ついでに、魔石の加工技術を手に入れて、軍功を上げる。
その報奨として、王都にいるグルーディ侯爵に会うことになる。
……けども。
「まあ、ありきたりな陰謀発覚イベントだね」
「う? うん。でも、ボクら、関係なくない?」
ボクは彼の片腕で抱かれる形になっていた。
おしりを彼の肩に乗せてるので、重さがちょっと気になる。
けど、彼は苦にもならないらしい。
うーん?
そんなにガチムチには見えないのになあ。
細マッチョ、ってやつなのかしら。
「ほら、姫? 北の軍門ですよ」
「うわ、懐かしい。あれ、最初のメインクエストで開くんだよね」
港から桟橋を抜けて、大広間と庶民広場に繋がる十字路。
その遥か北の向こうに、いかめしい金属の大門が見えていた。