閑話01 英雄姫騎士団。
王都アディヌの広場南通り。
そこに、二十四英雄クラン【英雄姫騎士団】がある。
建物と言っても、規模は南東区画全てに及ぶ。
形状は小さいながらも尖塔を複数有する、城郭の一部、要塞区画だ。
王都アディヌの北東には本来の王城がある。
英雄クランの本拠地は、王族から二の丸を借り受けているのだ。
──この要塞本拠地は、クラン戦で防御陣地として活用される。
本拠地防衛戦の敗北回数は、ゼロ。
サルフィーア2の歴史で、英雄姫騎士団は常勝不敗を誇っていた。
英雄姫騎士団の名は、ひとりのハイエルフ女性に由来する。
姫のあだ名で呼ばれる精霊弓士の英雄ティーネ・クー。
彼女を護る二十三人の英雄騎士、の意味合いだ。
クランを立ち上げる契機でもあり、作戦立案で無類の頭脳を誇る女傑。
クラン長、つまり騎士団長は姫ではない。
元々、彼女を認め、崇め、慕うメンバーが集って結成したクランだ。
……問題は、姫自身が。
頑なに自分の能力を低いと、弱いと思い込んでいることだった。
「どうしたものかな、団長?」
「またその話かね、副長?」
執務室で書類整理を行っていた団長が、副長の声に顔を上げた。
団長は聖騎士職の英雄、そして副長は闇騎士の英雄だ。
彼らは最も最初に姫に命を救われた二人でもある。
争いになるので、クラン内では明言しないが……。
姫への心酔度は団内随一、とお互いが思っていた。
「あれから、姫はログインしないじゃないか、団長」
「あれほどの作戦で、姫に最も負担が集中した。当然だろう?」
「それは、そうだが。御尊顔を拝謁できないのは、寂しいな」
「それは私もそうだよ、副長。今頃、喜んでくれているのだと思うが」
「どうかな? 姫の性格からして、気後れしているのかもしれないぞ」
「む。団長にも一理ある。姫は、慎ましやかでいらっしゃるからな……」
何が、とは言わない。
明白である。
黒の魔王討伐戦の成果である。
かのレイドで、英雄姫騎士団は唯一のアイテム獲得権を姫に譲った。
騎士団の総意であり、忠誠心の表れであった。
その当人は、団長が所有するのが当然と聞かなかったのだが。
それで、アイテム分配で数時間以上も揉めた。
最後は姫に押し付けたまま、全員緊急ログアウトで脱出した。
思い出して、団長は苦笑してしまう。
どうやら副長も同様のようで、ふたりは顔を歪ませた。
「あんな慎ましやかな女性、リアルでも会ったことないよ」
「いや、全く。自己評価は低いが、実際の能力はハイスペックだし」
「それな。クラン外にもファンが多いのに全く気づいてない辺りも」
「リアルでもそうなのかもね。姫はリアルでは自営業だったかな?」
「自宅も持ち家だと言ってたね。山も所有しているとか?」
「あんな魅力的な女社長の会社になら、喜んで転職するんだけどなあ」
なお。
姫が三十三歳独身男性、と常々主張している話は、知れ渡っている。
しかし、ファンの間では生暖かい目でスルーされている。
無論、誰も信じてなどいない。男避けの方便、と理解されている。
……あんな可愛い男がリアルに実在して、たまるか。
美少女ハイエルフの外見ではなく、内面。
まさに、性格と言動、行動を総合しての話である。
「いや、全く。……おっと、リアル話は御法度だったっけ」
「まあ、僕ら二人しかいないし。内緒にしようよ」
「それもそうだね。ああ、仕事を引退してこちらに転生したいよ」
実際に転生した人物が居ることは、無論彼らの知るところではない。
「そいつは言わない約束だよ、おとっつぁん」
「誰がおとっつぁんだ、おいこら」
定番の冗句。
騎士団長の外見は、人間ベースの中年だ。
いや。
姫と知り合った頃は一応、二十代の騎士だったのだ。
しかしクラン結成十余年を経て、加齢した結果。
誰もが認める、禿げ上がった親父騎士になってしまった。
ある意味、騎士団長らしい貫禄は出ているのだが。
これは別に団長に限った話ではない。
サルフィーア2では、加齢もゲーム要素のひとつだ。
老衰での死去までもがゲームに組み込まれている。
死去しても高額な生まれ直しの儀式を行う権利を得られる。
キャラメイクに戻されるが、それはアイテムボックスを引き継げる。
つまり、強くてニューゲームだ。
生まれ直し儀式用の金額が稼げなければ、借金かキャラ作り直しか。
それもまた、サルフィーア2キャラ育成の醍醐味でもある。
だが。
生まれ直しはスキル記憶は維持されるが、身体経験がリセットされる。
故に、どのクランでもサブクランとして育成枠を確保している。
別名、予備役。
予備役でマンツーマン教導に当たるのは、本クランメンバーの義務。
そして、英雄クランの場合は。
「そうだな。そろそろ予備役でやり直すのも、いいかもな」
「あっ、ずるい団長。姫のマンツーマン教導は、ずるいですよ!?」
「僕のリアルは腰痛と老眼が進行中、ゲーム内で同じ体験はしたくない」
「うわ、ご愁傷様です。──でも姫との触れ合いは許可出来かねます!」
「「「え、何、どした団長? 遂に引退するの?」」」
ばたん。
執務室のドアが開かれ、他の団員が乱入してくる。
皆、一様にきらびやかな英雄防具を身に纏っている。
戦士、重戦士、剣士、双剣士、侍、盗賊、忍者、弓術士、銃士。
僧侶、巫女、魔道士、精霊術士、死霊術師、呪術師、占星士。
錬金術師、鍛冶師、紡錘師、革細工師。
巴銃士。
聖騎士団長と闇騎士副長を加え、二十三職。
そして、姫の精霊弓士で全二十四英雄が揃う。
「やかましい! 僕は未来永劫、姫を奉ずる騎士団長だよ!!」
急速に賑やかになっていく執務室で、額に青筋を浮かべて団長は叫んだ。
──英雄姫騎士団予備役で、育成実績は巴銃士の一人のみ。
そして彼の者は、事あるごとに姫との肉体的接触を自慢する。
故に、以後、予備役は不文律として、絶対に利用許可が降りない。
……全員が一様に加齢を続け、高齢化している理由がここにあった。
ここで出ている24職は最上位職で、この他にも職自体は無数にあります。
……後々、設定変更で変わる可能性は大です。