#10 いじわるな、従者。
「さてさて、ここからどうしたものか」
腕を十字に交差させた彼が、半身に構えたまま、つ、と歩を緩めた。
ゴブリンロードの表情が、嘲笑に歪む。
顔を歪めただけじゃない、大声で吠えた。
「GYUWAAAAAHAHAHAHAHAHAHA!!!」
「もう少し小声でお願いしていいかな? 反響して耳が痛くてね」
こきり、と首を曲げて、彼が嘯く。
ゴブリンがそちらに向かって殺到しようとしている。
村人たちは? 大丈夫だ、階段に到達した!
その先は掃除済みだ、もう敵はいない!!
ボクは、全力でゴブリンたちに追いすがり、斬り捨てた。
ゲームの中でも、こんな切れ味の武器を扱ったことなんかない。
血脂で切れ味が落ちることもなく、刀身は漆黒のまま。
ボクの姿と燃え盛る炎を映して、キラキラと煌く。
さあ、最後の仕上げ。
ボクの覚悟は、決めた。
目の前では、ゴブリンロードの強烈な猛攻が開始されていた。
あいつは、あの図体と重量でいて、ものすごく速いのだ。
速いと言っても、もちろんボクほどじゃない。
でも、対峙している彼にとっては苦手な相手だろう。
速くて、そして重い一撃。
奴は重量があるから、打撃がどこに当たっても室内が揺れる。
足場が重要な拳闘士には、きっと戦いづらいと思う。
──大丈夫。
戦わずに、倒すから。
「《火炎! 《爆炎》! 《豪炎》!!」
ボクは攻撃力が高いほうじゃない、はずだった。
今、認識を改めている。
さして広いとも言えない地下三階は、ボクの起こした火災で真っ赤だ。
ボク自身も、熱に炙られている。
彼は?
全身を汗でぐっしょりと濡らして身一つでゴブリンロードと戦っている。
……なんか、ずるい。
ボクはゴブリンの血で真っ黒で、汚れてどろどろなのに。
彼は、戦っているだけで、飛び散る汗までが、かっこいい。
それはともかく。
「……ッ! 来て!」
「了解!」
それだけで、良かった。
ボクの目の前に浮かんだ、特大の火球。
当たり前だ、精霊矢十発分以上の炎の精霊の塊。
それが、ボクの酸素の吐息を大量に吸って、大きく膨らんでいる。
ゴブリンロードに撃つ?
いいや、違う。
いくら精霊弓士英雄のボクでも、そこまでの威力の矢は撃てない。
では?
彼がボクの腰を抱いて走り出すのと同時に、ボクは、それを撃った。
……入り口の、天井へ向けて。
彼が、ボクに覆い被さってくる。
そうして。
ボクたちは、ゴブリンたちと共に、地下に生き埋めになった。
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「……っていう、感じかな」
「さ、さすが姫さまっす! あっしは感服しましたよ!」
跳ねる暴れ馬亭の、酒場。
無口な女主人は、甘芋の芋煮をたっぷり盛ってくれてる。
わぁい。
このスープは、ボクの大好物になった。
そしてボクは芋煮を頬張りながら、事の顛末を男たちに語っていた。
……ならず者だなんて思ってて、申し訳なかった。
彼らは、炭鉱から逃げ出してきた村人の若い衆たちの仲間だった。
炭鉱では大規模な反乱決起が計画中らしい。
でも皆、初心者レイドがあったと聞いて、故郷の様子が心配になった。
だから、代表として船の操船が出来る彼ら三人だけが帰って来たのだ。
ボクらを警戒してたのは、反乱計画が漏れるのを心配してたから。
彼らは島の英雄になった初心者さんと、海上で入れ違ったのだ。
直接彼らは会っていないんだから、ボクらを警戒して当然だった。
けど、島の英雄がレイド成功したことは知っていた。
だから、ボクが亜人だと分かった途端に、掌返しした。
残るレイドボスを倒してくれるかもしれない存在だから。
実際、やっちゃったけどね。一匹だけ。
ボクと、彼?
もちろん、あの後、この人達も含めた、村人たちに掘り出して貰った。
情けない?
失礼な。
勝てば官軍なのですー。
「で、その。姫さま? あっしらはよく理解出来なかったんですが……」
「そうなんすよ。どうやって、勝ったので?」
「酸欠だよー」
「さ、さんけつ? でやんすか??」
そう。
地下であんだけごりごりに火災起こした上で、入り口崩壊。
そりゃ多少は天井の隙間から空気入るだろうけど。
火災の酸素消費率が流入率を上回れば、酸欠になるのは自明。
ゲームの中で、こんな無茶苦茶な作戦やったことなんかないけど。
っていうか、二人でレイドやるバカなんか、そうそういてたまるか。
そんな中で、ボクらはどうやって生き延びたのかって?
そこは、その。
あんまり、言いたくないっていうか。
「姫の唇は、柔らかかったな。少し甘酸っぱくて、可憐で」
「わー! ばか、ばかばか! 内緒って言ったのに!!」
「何故ですか? 姫の唇を賜るのは栄誉。従者として、自慢出来る」
「分かってて言ってるでしょ!? この、ほんっとに、あなたは!」
……ボクの吐息は、純粋酸素。
マウストゥマウスで、彼に酸素を供給できる。
だから、ボクたちだけは、窒息を免れた。
「俺は、何ですか、姫?」
「いじめっ子でいじわるで、やんちゃできかん坊!」
考えつく限りの、悪口だったのに。
彼は、恭しく、ボクに腰を曲げてお辞儀してみせたのだ。
「お褒めの言葉、ありがたく」
「褒めてなーい!! ああ、不幸だボクって!」
「そうですか? 俺は果報者ですが」
彼の唇を見るたびに、なんだかどきどきしてしまう。
唇の感触を消し去ろうと、ボクは乱暴に、必死で唇を拭った。
……そんなボクにウィンクして、彼は自分の唇をとん、と叩いた。
瞬間、脳裏に、あのときの光景が鮮明に蘇る。
──別にマウストゥマウスしなくても。
空間を作って呼吸するだけで十分だ、って気づいたのは事後だよ!




