#09 村人は解放したけれど。
「UGOOOOOWAAAAAAAA!?」
「お食事中のところ、失礼!」
彼の声が、耳を打つ。
彼が落ちた場所の周囲が、わっ、と色めき立つのが分かる。
でも、彼の心配は、後回しだ。
ボクが巧くやらなければ、皆、死んでしまうから!
「《火災》!」
口の前に持ってきた指を翳して、叫ぶ。
指先に灯った火の玉に、息を吹きかける。
これは本来なら、火矢として撃ち放つ精霊の矢。
それをボクは弓につがえずに、ただ放り投げた。
それだけで良かった。
ボクの吐息は、純粋酸素の塊だ。
何故ならば、ボクはハイエルフ。
世界樹の娘。
二酸化炭素を吸って、酸素を吐く植物性亜人種。
こんな魔法の使い方をしたのは、初めてだ。
ボクの吐息を抱え込んだ火の精霊は、落下地点で……。
「GYUWAAAAA!?!?」
「GOUHUWA,GOUFAA!!!」
大爆発を、引き起こした。
あまりの火勢に、火をつけたボク自身がびびる。
でも、人質の皆の周りから、ゴブリンたちが離れたのが見えた!
瞬時に、ボクは天井裏から飛び降りた。
崩れる天井の破片を空中で蹴って、落下地点を調整する。
こんな軽業、忍者の英雄でもやったことがないはずだ。
でも、ボクはやってのけた!
敏捷性最優のハイエルフならではの、体技!
……もう一度やれって言われても、絶対無理だ。
「おおお、あんた、あんたは、エルフじゃな? 助けに来て下されたのか」
「縄を切るから! 皆をまとめて、出口に急いで!」
「ありがたや、島の英雄様のお仲間ですね? 助けに来て下さった」
「いいから、急いで! ゴブリンたちが戻る前に!!」
腰の後ろから取り出した【黒神の双短剣】で、村人を縛る縄を切る。
……この短剣、切れ味良すぎて、ちょっと怖い。
バターみたいに抵抗なく斬れたよ?
指で刀身撫でたりしたら、すっぱり指が斬れそう。
……すっぱり、寄ってきたゴブリンの首を刎ねた。
もう、気持ち悪いとか言ってる場合じゃない。
ボクの戦闘可能時間は、もって三分程度。
炎に怯えてゴブリンロードの方へ向かうゴブリンの数が多い。
ゴブリンは、本来は臆病な「亜人」だ。
そう、こいつらは実は、魔物じゃない。
魔石を落とすのは、ゴブリンシャーマンやゴブリンロードだけ。
亜人から魔物に進化する種族だから、ひっくるめて魔物扱いされている。
そんな臆病なゴブリンたちが……。
王が襲われた状況で、室内で火災が起きたら?
臆病で、知能もそれほど高くないゴブリン。
王を助ける、火を消す、逃げる、村人の脱出を阻む。
順番良く出来るわけがない。
一斉に襲いかかってこなければ、弱くて素早いだけのボクでも。
なんとかできる。
ううん。
なんとかしなくちゃいけない。
でないと。
「おおおおぁぁぁぁあああああ!」
びりり、と。
彼の気合が、耳朶を打つ。
黒の魔王の間で何度も聞いた、彼の本気の声だ。
彼は本質的に、自分でも言った通り、拳闘士。
両手の拳だけで、敵を撃つ。
サルフィーア2世界の人間は、必ず魔法と武技を使える。
でも彼は、魔法を使う者として、とんでもない欠陥を抱えてる。
「おおおおぉぉぉ、らぁぁっ!」
ずぅん!
彼のいる方角から打撃音が響いて、室内を揺らす。
あまり猶予はない。
ボクはコマのようにくるくると回って、目につく端からゴブリンを斬る。
少しでも、数を減らさなければ。
足が動かなくなったら、終わりだ。
さっき抱えてくれた彼は、戦闘中なんだから。
「早く、早く! 逃げて、みんな!」
囚われた村人の数は、それほど多くなかった。
たった六人。だけど、みんなお年寄りだ。
必死に走っているのは分かる。
でも、その速度が遅い。
最後の村人の背後を追って、振り向いた。
彼が、渾身の打撃をゴブリンロードの腹に撃ったのが見えた。
数百キロにも及ぶだろうゴブリンロードの腹が震えた。
ごっそりと、ぶるりとした贅肉が後方に動いた。
でも、それだけだ。
ゴブリンロードは、依然として彼の前で健在だった。
「いや、参ったねこりゃ」
ごめんね、ボクの無茶なお願いのせいで。
──ゴブリンロードは、物理無効耐性。
魔法を帯びた攻撃で耐性を貫かなければ、ダメージを負わない。
そして。
黒の魔王は、その身に帯びる暗黒の魔力を、体の外に放出できない。
だから、彼は自己強化に特化した、拳闘士なのだ。