本当の自分
Web文芸部でのシェアワールドという企画で書いた作品です!
【設定】
・舞台…現代日本
・ファンタジー要素…異能力が存在する
・何らかの原因で能力を得た人間に制御方法を教える、世界的な組織がある。その組織を一般人には知られていない。
「名前はない。かつてはあったが、時代と共に変わり、いつしかそこに意味を見出すものはいなくなった」
「我々はただ、『組織』と呼ぶ」
コミュニティごとに属長がおり、それらをまとめるのが組織のトップである。
組織内には、政界やマスコミの上層部になる人も現れ、情報操作が可能になった。
・明確な敵は、ちょっと思いつかなかったです。
ただ、暴走者の対処の仕方、流儀の違いから生まれる負の感情はあり得ると思うのです。
そこから、派閥争いや、よくある「感情」と「合理性」をそれぞれ重んじる能力者の対立に持ち込めるかと。
・ラスボスは味方の組織?
※「知られていない」のは異能力についてではなく、組織。
一般人は異能力について知っており畏怖しているけれど、
それを保護して仲間にしている組織の存在は知らない。
ときどき異能力者の暴走があるけれど、いつの間にか終着している。それは組織が関わっているから。
友達の花音と騒がしい学校を出て帰り道を歩いていた。花音と他愛のない話をしながら歩いていたが、時々背後を横目で確認してみる。確認するたびにとある男子がいた。
最近、クラスメイトの琴田にストーカーされている気がするのだ。今だって後ろをついてきている。なんだか怖い。
そのことを花音に相談しようと思ったことは何度もあった。しかし、花音と琴田は少しばかり仲が良い様子なので気が引ける。
「風ちゃんバイバイ」
「うん、また明日」
分かれ道で花音に手を振った。
さて、ここからが本当の恐怖だ。家まで無事に帰れるだろうか。そもそも、家を特定されて変なことをされないだろうか。走って逃げよう。
夕陽が建物に隠れて街灯がつく。朝と夜の狭間という曖昧な時間だ。
十字路を左に曲がってすぐに走り出した。そして、階段を描くように逃げる。家の前まで来て振り返ると、誰かが追いかけて来ている様子はなかった。
「ただいま」
安心して家に入った。
「おかえり。ご飯できてるから手洗って準備手伝って」
「はーい」
手を洗いながら息を整え、何事もなかったかのように夕飯を食べた。
お腹も膨れ、お風呂でさっぱりした後に二階にある自室の机に座った。愛用の手鏡で自分の顔を覗く。
まぁ、クラス替えで同じクラスになったばかりだけど、琴田がこの顔に惹かれてしまうのも無理はない。そう思いながら自分の顔を見つめる。
私は私のことが好きで好きで仕方がないのだ。ここまで整った顔付きはなかなかいないと自負している。自分のことが好きだなんて珍しいとは思うけど、もう一人の自分がいれば結婚したいとも思うほどに自己愛が強い。
夜更かしは肌に悪いので、さっと寝る準備を済ませてベッドに横たわった――
***
――目が覚める。ものすごい違和感を覚えた。しかし、それが何かわからないまま上体を起こす。
いつものように机に座って手鏡を見ようとベッドから降りると、そこに見慣れた机はなかった。代わりにプリントが散乱した机がある。一瞬思考が停止し、曖昧な意識がはっきりした時、未知の空間にいることを知る。
「あ、あれ……?」
机、ベッド、ドア、タンスそれぞれの配置も見た目も違う。ここは他の誰かの部屋であることは明白であった。
恐る恐る部屋のドアを開けてみる。難なく開き、廊下に出た。左側には玄関のドア、右にはリビングがある。
もちろん、ここから逃げ出すために玄関へゆっくりと近づいていく。そしてドアの前。鍵を開けてドアノブに手を置くと、玄関にあった姿見に映る自分の横顔が視界に入る。そこで違和感は最高潮に達する。
「――えっ?」
思わず鏡に目を向けた。そこにいるのは私ではなく、琴田であった。
驚きと動揺で固まってしまう。あり得ない。非現実的。私はどこへ?
家から出て私では対応しきれない状況になってしまうことは避けようと思い、とりあえず部屋へ戻った。
どうして琴田になってしまったのか、いくら考えても答えは返ってこなかったが、一つの仮説を立てることはできた。それは、異能力の存在である。異能力について詳しいことは何も知らないが、琴田が入れ替わりの能力を使って私と入れ替わった、という説だ。
だけど、その説が正しいのならば、一刻も早く体を取り戻さなければ、何をされるかわからない。まずは学校へ行ってみようと考えた。
とはいえ、服を着替える抵抗感と葛藤し、何度そのままの格好で行こうと思ったか。なんとか家を出ることができた。
琴田の家は花音と別れた十字路に差し掛かる前の細い道にあった。やはり、彼は私をストーカーしていたようだ。
嫌悪感と怒りに任せて登校する。靴箱や席を間違えそうになりながらも琴田を懸命に演じた。よく考えると馬鹿馬鹿しいことをしている。
席に座って待っていると「琴田」が来た。なんだか不思議な感覚だ。好きな人が目の前にいて、自分の意識とは関係なく動いているのだから。
どうやって話しかけるべきか悩んだが、変に悩むのはナンセンスだと自分に言い聞かせ、休み時間に話しかけようと決意した。
そうして休み時間になった。
「あの、白菊さん、ちょっと話したいことがあるので来てくれませんか?」
自分の姓を呼ぶ気味の悪さといったらありゃしない。それなのに「琴田」は随分と怪訝そうな表情を浮かべる。
「いいですけど、ここで話したらまずいことですか?」
明らかにめんどくさそうな口ぶりに腹が立つ。
「私よりも、あなたが痛い目みると思いますよ?」
皮肉を込めてそう言った。しかし、まだ納得がいかないようだった。なんとか廊下に連れ出して「琴田」を睨みつける。
「あんた、わかってるんだからね。さっさと私の体を返しなさいよ」
「え? 何の話?」
「惚けないでよ!」
私は声を荒げた。自分でもわかるほどの野太い声が廊下に響く。
「私と意識を交換したんでしょ? 早く戻しなさいよ!」
「琴田」は呆れた顔で黙り込んだ。じわじわと怒りが込み上げてくる。
「何の話をしているのかわからないって言ってるでしょ。琴田さんどうしたの? 口調も女の子っぽいし、最近、私のことストーカーしてるよね?」
ため息混じりの言葉が心中を掻き毟る。
「それは琴田さんがやっていることで、私は関係ないでしょ?」
「……話が通じない。何か話があるならもっと落ち着いてから来てよ」
「琴田」はそう言い残して教室へ戻って行った。どこまで惚ける気だろうか。演技が上手すぎてむしろ尊敬できそうだ。
次の日、私は「琴田」が私ではないことを証明しようと、いくつかの質問をした。しかし、「琴田」は恐ろしいほどに私のことを知り尽くしていた。
私以外の誰も知らないはずの過去や秘密ごとも全て知っていた。逆に、どうしてそのようなことを「私」が知っているのかと訊かれた。
「私が本当の白菊風だから」
そう答えると、侮蔑的な表情をして気持ち悪そうに私に背を向けた。
どういうことだろうか。あの反応は「私」のことを本気で疑っている。姿こそ違うものの、意識はおそらく同じ。新種のドッペルゲンガーみたいものなのか。
余計にわからなくなる。「私」は私でないのか。「琴田」と思っていた人物こそが本物の私なのだろうか。いや、そんなはずはない。
「琴田」と入れ替わって花音がやってきた。
「琴田、最近どうしたの? 風ちゃんのこと好きなの?」
ニヤニヤしてどこか楽しそうだ。
「そういえば、最近風ちゃんのことストーカーしてないけど、何かあったの?」
彼女は間髪を入れずに奇妙な質問をする。私はいつの間にか無理解の地に迷い込んでいたようだ。
「……なんでもない」
もどかしさが苦しさを連れてくる。時間と解決は無関係。無知は永遠。私は琴田。好きな自分のことを感じていられない。およそ失恋した気分だ。もう、「私」が嫌いで嫌いで、殺してやりたい――
放課後、私は琴田の家から包丁を持ち出して私の家の前で待った。数十分もしないうちに「琴田」は帰ってきた。
私と目が合うなり怯え、一歩後ろに退く。私は包丁の刃を掴み、持ち手の方を差し出した。
「私は、この奇妙な世界とさよならしたい。だから、私を殺して」
住宅の明かりと街灯の光はまだ薄い。冷ややかな風が濡れた頬を撫でる。刃の温度が痛みとなって右手へ伝う。
「な、何を言ってるの……?」
「琴田」は私と包丁を交互に見た。引き攣った顔も美しい。どうせなら私の体に殺されてしまいたい。
「私をこれで刺してよ。刺さないなら私があなたを刺す」
これは脅し。大好きな自分を殺せるはずがない。
「ほら、早く」
私は包丁を揺らして催促する。泣いているのか笑っているのかわからない顔で一歩ずつ近く。
「ちょっと……やめてよ……」
恐怖している。嘆いている。なのに、泣いているのは私だけ。距離も一定に保たれて、本当の拒絶を味わった。最後の望みも打ち砕かれたのだ。
「わかった……」
私は自殺を決意した。包丁を両手で逆手に持ち、お腹の前で構える。手に力を入れ、包丁はお腹に吸われていく。声にならない叫びと真っ暗なまぶたの裏――
「やめなさいっ!」
右から勢いよく押されて包丁を落とし、自身も地面に倒れた。
「痛っ! なんなの……?」
ゆっくり目を開く。そこには花音がいた。
「様子がおかしいと思った。押してごめん。ちょっとそこで待っててね」
そう言い捨てるなり彼女は「琴田」の頬を固定させて唇を奪った。街灯の逆光でしっかりとは見えないが、確かにキスをしていた。
「琴田」は喉に引っかかる唸り声のようなものを漏らす。数十秒間の口付けの後に二人の顔は離れた。
「なるほど。これまた厄介な能力だね」
花音がわけのわからない独り言を呟いた。
「そうだね、先に誤解を解いておこう」
そうして花音は私と「琴田」に真相を告げる。
私、琴田、花音の三人が異能力者であるということだ。琴田の能力は「無意識のうちに異能力者をストーキングする」というもの。花音は「キスした相手のことが全てわかる」らしい。そして、私は「自身の意識のコピーを他人に憑依させる」だそう。
ここで一番重要なのとは、私がオリジナルのコピーであるということ。
「……信じられない」
「仕方ないよ。異能力なんてそんなもんだから。私だってこの能力でいろいろあったしね。琴田だってそうだよ」
確かに能力の内容を聞けば、生活の中で不便だろう。付き合っている人の過去や考えがわかったり、ストーカーの罪を問われたり、浅く考えただけでも辟易してしまいそうだ。
オリジナルはコピーである私になんと声をかけるべきか困っていた。
「私は所詮コピーってことね」
「コピーだからなんなの? 私のコピーだって私であることに変わりはない。だから好きだし、大切に決まってるじゃない。見た目は違っても、私は私が好きだよ!」
頭が真っ白になる。そして、一瞬だけ回路を通る電気になった気分になった。その一瞬で私の目の位置が変わっていた。その上、ここ二日間の記憶が追加されている。そこには花音とキスした感触もあった。
「えっと……ここは?」
琴田が喋った。
「あっ、琴田の意識が戻ったってことは、風ちゃんの意識も本体に戻ったかな?」
「うん。戻ったみたい」
そう言うと花音は嬉しそうに微笑み、目の形が三日月になった。端の上がる唇から意識を逸らせない。だんだんと顔が熱くなっていくのがわかった。
「ねぇ、風ちゃんも異能力で不便している人たちを助ける組織に入らない?」
「え、そんな組織あるの?」
「うん! 一緒に異能力者を助けない?」
私は自身の異能力で苦しんでいたところを助けられた。私のように苦しんでいる人を放っておくわけにはいかない。
「わかった。私も組織に入るよ」
「そうこなくっちゃ」
こうして私の非現実的な日々が始まった――
「感動的なシーンを乱すようで申し訳ありませんが、何があったのか説明してほしいです……」
白い菊と白いアネモネ(ギリシャ語で風)の共通の花言葉は「真実」