泣ける展開を集めた物語は泣けるだろうか?
「泣ける展開を集めた物語は泣けるだろうか?」
休み明けのダルさが残る月曜日。
俺は弁当の蓋を開けながらそう呟いた。
「また、妄想の、話?」
パンの袋を開けるのに苦戦しながら言葉を返すクラスメイト。
俺の向かいに座るこのクラスメイトは伊藤美結。
近所に住む幼馴染で小学生の頃から現在に至るまで同じ学校に通っている。
「妄想じゃない。小説の話だ」
「似たようなもんでしょ」
ばっさりだ。
こいつはいつだってこうだ。
日夜時間を惜しんで授業中も食事中も就寝前の幸せな時間もネタ出しに励んでいるのに、こいつは俺の渾身のネタを聞くと「妄想乙!」とケラケラ笑うのだ。
非常に心外である。
「それで」
「ん?」
「その妄想はお話になったの?」
「……絶賛執筆中だ」
「ほらぁ! やっぱりただの妄想じゃん!」
形になっていないネタはただの妄想。
そう言われてしまうとぐうの音も出ない。
しかし、小説家を目指す者としては、このまま引き下がるわけにもいかない。
「待て、今回はちゃんと小説を書き切るつもりだ。そのために調査だってしてる」
「それってさっき言ってた泣ける展開云々ってやつ?」
「そうだ。人気作の傾向を調べるために、小説投稿サイトの作品を読み漁ってみたんだ。そうしたらとある傾向が見えてきた」
「……泣ける展開」
「その通り。人気作は総じて泣ける展開が存在するんだ」
箸をビシッと向けて決め台詞のように言う。
マナーが悪い!と美結に箸を叩かれる。
「例えば、どんな展開があるの?」
「定番は別れだな。卒業、死別、理由はそれぞれだが大切な人と離れ離れになる展開」
「ふむ」
「逆に再会というのもある。数年ぶりに親子が再会する、とかな」
「ふむふむ」
「あと個人的に好きなのは熱くて泣ける展開だ。主人公がピンチな時に仲間やライバルが助けに来てくれる、みたいなやつ」
「なるほど」
「そんな展開を集めれば泣ける話になって人気が出るんじゃないかと考えたんだ」
「うんうん、そうだね」
「……真面目に聞いてるか?」
「聞いてる聞いてる」
空返事をしながら机を漁る美結。
どう見ても真面目に聞いてるようには見えないのだが、ここは怒るべきだろうか。
そう逡巡していると、美結は取り出した物を机に叩きつけながら言った。
「よし、書け!」
「は?」
机の上には一冊のノートと一本のシャーペン。
「昼休みが終わるまで四十分。私が読む時間を考慮しても三十分はあるから」
「ま、待て待て。まだ準備がっ」
「……準備ぃ?」
普段より1オクターブ低い声に顔を射抜くような視線。
久しぶりのまじおこモードである。
「話の展開は考えてるんだよね」
「はい」
「話を書くための道具はここにあるよね」
「はい」
「じゃあ、あとは書くだけだよね」
「……はい」
このモードになった美結には逆らってはいけない。
前に言い訳をして起きた『黒歴史バラマキ事件』は今でもトラウマになっている。
覚悟を決めた俺はシャーペンを手に取り、ノートを開く。
結果はわかりきっているが、やるしかないのだ。
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「ハハハハッ! 勇者といえどこの程度かっ!」
魔王の前で膝をつくのはこの俺、勇者アラン。
聖剣は半ばから折れ、盾に付与された神竜の加護も消滅している。
魔王の圧倒的な力によって、魔王を倒す武器も身を護る術も失ってしまった。
それでも諦めるわけにはいかない、と俺は気力を振り絞る。
「……ほう、まだ立ち上がるか」
「当たり前だっ!」
折れた聖剣を魔王に向けて叫ぶ。
「俺が子供の頃に村を襲って父さんと母さんを殺して、俺の仲間を洗脳して殺し合いをさせて、俺の愛する人をクリスタルに閉じ込めて、その他大勢をなんかひどい方法で殺しまくったお前を許すわけにはいかないっ!!」
魔王に対する怒りを糧に、挫けそうな心を奮い立たせる。
「だが、貴様は限界のように見えるぞ?」
「……くっ」
魔王の言うとおりだ。
手足の震えは止まらず、全身から流れ出る血は服を真っ赤に染めている。
あと一撃でも喰らえば、そこで俺の命は燃え尽きるだろう。
「もう良い。潔く散るが良い」
魔王の手から暗黒の光が放たれる。
言うことを聞かないこの身体では避けられそうもない。
ここで終わってしまうのか。そう思った瞬間、俺の前を巨大な影が遮った。
「諦めるんじゃねぇ!!」
身を挺して暗黒の光を受け止めた影。
それはかつて命を賭して戦った魔王配下の四天王の一人、ビャッコだった。
「ビャッコ!? どうしてここにっ」
「儂らもおるぞ!!」
ビャッコだけでなく、残りの三人も俺を暗黒の光から守ってくれた。
暗黒の光によって四天王は消滅してしまったが、時間を稼いでくれたおかげで聖剣に魔力をすべて込めることができた。
そして俺は聖剣の力を解放し、魔王を打ち破った。
力尽き倒れる魔王。
その体がひび割れ、現れたものは――
「父さんっ!?」
その姿は、小さな頃の記憶にある父さんの姿、そのものだった。
「なんで父さんが魔王に……っ」
駆け寄って父さんの身体を抱き支える。
父さんは俺を優しい目で見つめながら弱々しい声で語る。
「……村が襲われた時、私と母さんは魔王を追い詰めたんだ。しかし、魔王は勝利を確信して油断した母さんを人質に取り、抵抗を封じられた私の身体を乗っ取った。あとはお前が知っているとおりだ……」
「そんな……」
俺は絶句した。
大切な人達を奪い、殺したいとまで憎んでいた相手が父さんだったなんて……。
「……よく聞けアラン。クリスタルに閉じ込めたお前の恋人は、私が殺してしまわないようにあえて封印したんだ。その封印は私を殺せば解ける。だから」
俺は聖剣を振り落とした。
こうして世界に平和が訪れた。
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俺の傑作を読んだ美結は、感動のあまり腹を抱えて机に伏せている。
呼吸困難になるほど感動してくれるとは作者冥利に尽きるというものだ。
「……はぁー。やっとで落ち着いた」
呼吸を整えて起き上がった美結は、うっすらと涙が残る瞳を俺に向けた。
「ねぇ、色々と質問していい?」
「……なんだ?」
珍しく真面目な雰囲気をまとった美結が聞いてくる。
「アランが言ったその他大勢の殺され方が『なんかひどい方法』って雑すぎない?」
「……全部書いたらキリないし、まとめたらそうなったんだ」
「助けに来た四天王、一行で死んでるんだけどこれが熱い展開?」
「……一人ひとり活躍させるつもりだったけど思いつかなかったんだ」
「最後、彼女が救えるからって父さん殺す決断早すぎない?」
「お前が残り時間をカウントダウンして急かしたからだっ!」
「へぇ、未来の作家さんは締切を言い訳にするんだねぇ」
「……ぐぅ」
ばっさりだ。
こいつはいつだってこうだ。
言い返せずに俯いた俺に、「でもさ」と優しげな声がかけられる。
「ちゃんとお話、書けたじゃん」
その声に顔を上げると、微笑を浮かべた美結と目が合った。
その笑顔からは邪気の欠片も感じられなくて、不覚にも見とれてしまった。
そんな俺に構わず美結は話を続ける。
「そもそもさ、普段こういう話読まないから、勇者とか魔王とかいきなり言われても感動できないんだよね」
「……なんじゃそりゃ」
しょうもないオチに気が抜けてしまった俺は、真面目に聞くのをやめることにした。
「私がよく読む小説って恋愛小説なんだよね」
「ふむ」
「だから泣ける展開っていうと恋が成就した瞬間が思いつくのよ」
「ふむふむ」
「登場人物に自分を重ねて感情移入しちゃうというか」
「なるほど」
「……だからさ」
そこで言葉を区切って、珍しく俺から視線を逸らした美結は、
「私が泣ける話もいつか聞かせてくれるのかな?」
頬を赤く染めて呟くようにそう言った。
その言葉に鼓動が高鳴って、とっさに言葉を返すことが出来なかった。
だけど。
今日みたいに馬鹿やって笑い合って、たまに喧嘩してもすぐに許し合って。
そんな生活がこの先も続くのなら、この妄想を形にするのも悪くない。
そう思ってしまったから、照れを隠すように言ってやった。
「絶賛執筆中だ」