エコもほどほどに
『出来ました!!』
某会社のとある部署に一人の男が飛び込んできた。そしてその部屋には座り心地の良さそうな椅子に腰かけた別の男が、いきなり入ってきた男に慌てもせずに告げる。
「━━何が出来たのかね?」
「はい!世の中はとにかくエコ!省エネが叫ばれる世の中です」
「で?」
「そして結婚もしないで一人寂しくアパートに帰る独身男性に贈る画期的なお部屋です!」
「部屋?家ではなく部屋かね」
「はい、それはもう、冷暖房は言うに及ばず家電もエコの素晴らしいユニットハウスです。そして極めつけは『ただいま』と帰れば『お帰り』と挨拶が返ってくる、寂しい男性には嬉しい装備が━━」
「?━━それはオール家電やAIでも搭載したコンピュータでも付いているのか?」
「いいえ、それではエコになりません。私が搭載したのは━━『幽霊』です!」
「は?」
「ですから『幽霊』です」
椅子の男は吸いかけの煙草を揉み消すと、その椅子に深く腰掛けた。
「……続けたまえ」
「分かりました!何しろ幽霊憑きの部屋ですから全ての家電がポルターガイストにより制御されており、正しく究極のエコ!そして夏には帰っただけで背筋がゾッと涼しくなるおまけ機能付きです」
「それは冬には要らん機能だな……。しかし、幽霊が居るだけでそれだけの機能が付けられるものなのかね?」
『幽霊』の存在を否定しない辺りは彼も慣れたものである。何しろ『この』男の開発なのだから。
「あ、えーとそこはですね、実はそれを賄うエネルギーの代償としてそこに住んでいる人間の生気を幽霊が少々吸い取るようになっていまして……」
この男にしてはめずらしく、言葉を濁す。それを見逃す彼ではなかった。
「要するに何だね?」
「その部屋に住む限り、若干寿命が縮むという━━」
「成る程。ついでに寿命もエコにしてしまえと」
「まあ、そういう事でございまして」
「そうかそうか、ハッハッハ!これは一本取られたな」
「ははははっそうです━━」
「ボツだ阿呆」
「……残念です」
本当に残念そうなのがこの男の恐ろしい所だな、と彼は思った……。
さらに明くる日。
『出来ました!今度こそ素晴らしいエコ製品になりましたよ!』
再びその部署の扉が突然開かれるが、中の男は今さら動じない。
「ほう。どんな物かね?」
「これです!」
と、男がテーブルに置いた物はやや小さめな、端子のような物が付いたやや横長の箱である。
「これは……バッテリーか何かに見えるのだが」
「はい!私が開発した新型バッテリー、その名も『逐電池』です!」
「蓄電池?」
「いいえ違います。『逐』電池です」
「説明を頼む……」
椅子の男はプルプルとこめかみに青筋を立てながらも極めて静かに言った。
「はいそれでは!━━これはですね、こうして充電器やケーブル等を近付けますと……」
と、途端にその箱に「ニュッ」と足が生えたではないか。そしてその箱は━━正しく逐電━━逃げ出した!
それを男は充電器を抱えたまま妙に楽しそうに追い掛ける。
「こ……これは、このように、充電しようとすると、ひたすら、逃げ回りまして」
男は運動不足なのかすでにヨレヨレになりながら逐電池を追いかけ回して切れ切れの説明を続ける。
「それに、より、充電され、満充電に、なると、止まり、ます━━」
「ふむ。ちなみに満充電までどの位掛かるのかね」
「こ……このペース……ならば……8時間……ほどで…………」
「ボツ」
男はとうとう倒れてしまった。
さらに明くる日。
『出来ました!』
そう。この男の辞書に『懲りる』という文字は無い。
今日は部屋に飛び込んではこなかったな━━と、椅子の男が訝しんだのもその筈で、彼は一抱えほどの『ある物』を抱えていたのである。
「━━よっこいせ」
妙にオッサンぽい声を上げながらテーブルに乗せたのは━━。
「……扇風機、かね?」
「はい!そうです!新型の扇風機です!」
この男が開発したにしては何の捻りも怪しさも無い外観と名称である。
椅子の男は首を傾げながらも彼に聞いてみた。
「それで、この製品の特徴は何かね?」
「はい。今回は純粋にエコを目指し、消費電力を抑える事を念頭に入れて開発しました」
と、言いながらも勝手にコンセントを探して差すが、今さらそんな事には文句を言っても埒が明かないので先を促す。
「どれ、どんな物か試してみてくれ」
「はい!では、一番弱い『微風』からです」
そう言って男は停止ボタンの隣から順に押していくが……これといって普通の扇風機にしか見えなかった。
「『強』はなかなか強い風が送れるのだな」
「はい。しかし、これでも従来の扇風機の1/10程の消費電力に抑えています」
「それは凄い━━ん?」
椅子の男は『強』の隣にまだ押されていないボタンがあるのを見つけたが、そこのボタンには何故か何の表示も無かった。
「その端のボタンは何かね?」
と、うっかり指を差したのが間違いであった。
「ああ、これはですね、この扇風機のセーブ機能を外した所謂ハイパワーモード(仮称)でして。いやあ、開発室で固定して回した時には素晴らしい風量を叩き出しましたよ!」
「何!?いや待て!ここは━━」
「それではポチッとな」
ゴウッ━━━━。
途端に部屋の中を何かが駆け抜け━━。
『どごぉぉぉん❗❗️』
そして部屋の壁には嘗て扇風機だったモノが突き刺さっていた。
「あ…………」
指を一本突き出したまま、男の首が「ギギギギ」と椅子の男に向けられた。
「えーと…………ボツ……でしょうか?」
「……………………」
結果から言うと、その『扇風機』はもちろんボツに━━━━はならなかったのである。但し、その姿と用途を大幅に変えられて。
その凶悪な回転を誇るモーター部分は、燃料を使用しない環境に優しい動力として小型~中型の航空機に採用され、結局大ヒット商品になってしまったのである。
ちなみに。
ボツを食らった筈の『逐電池』であるが、これが後に改良を加えられて運動不足解消のアイテムや子供・ペット用のオモチャとして中々のヒットを飛ばしたらしい……。