家に帰ったらパンダがいた
地球にエアコンを取り付ける事は可能だろうか?
笹岡美代はうだるような暑さの中、重い足取りでアパートの階段を登りながらそんなことを考えていた。おそらく暑さで脳細胞がやられたのだろう。だが、もうそんな心配はいらない。なぜなら今部屋のドアを開け放ったからだ。ビバエアコン生活! 今日はもう一歩も外に出ない――
そこにパンダがいた。
いや、ぬいぐるみのパンダだ。暑さでまだ頭がやられているのかな? あまりにいい出来だったので本物かと思ってしまった。
しかしパンダのぬいぐるみ? そんなものをゲーセンで取った覚えは無い。まさか部屋を間違えたかと思い一度外へ出て番号を確認。201号室。確かにわたしの部屋だ。
誰か友達が置いていったのか? と思い再び部屋に入ると、パンダのぬいぐるみがが笹をむしゃむしゃと食べていた。
「いやぬいぐるみが笹食うわけないわ! なんでパンダがいるのよ!」
「なぜ僕という存在が存在しているのか? なかなかに難しい質問だ。その質問に答える前に、まず存在とは何かという点について考察しなければなるまい。かの有名なハイデガーは「パンダがシャベッタアアアーーーーーー!」
みーんみんみんみんみん……
あー、うるさいなあ。起きちゃったじゃないか。しかし変な夢だった。なんでパンダなんかの夢を――
「起きたかね?」
「きゃあああああ! 夢じゃない! 夢じゃなかった!」
「大丈夫かい? 突然倒れたから驚いたよ」
「どういうことなの。なんでパンダがうちにいるのよ。どうやって入り込んだの?」
「僕の数ある特技の内の一つでね。針金ひとつあれば僕は世界中の扉をくぐれるのさ」
「いや不法侵入をかっこいい風にいうな!」
いやおかしい。まてまて、なぜ今私は普通にパンダと会話しているんだ。そもそも、これ本当にパンダなのか? そんなはずは無い。なぜならパンダはしゃべらない。じゃあこいつは?
つぶらな瞳に、黒と白の体毛に覆われたまんまるの体。手には笹の葉。もふもふの手でしっかりと掴んでいる。
「……チャックはどこかな」
後ろに廻りこみ毛の中を探る。無い。チャックがない。
「失礼だな君は。いきなり人の毛をわさわさするものではない」
「いや、いきなり不法侵入するパンダのほうが失礼だろ」
はっ。そうだ。不法侵入。こいつは犯罪者――もとい犯罪パンダだ。
「警察に電話だ」
「ほう。なぜ?」
「当たり前だ! 住居侵入罪だぞ!」
「これは知らなかった。刑法130条住居侵入罪はパンダにも適応されるのか」
「え」
「警察がここに来たとしよう。彼らはどう思うだろうか? 不審者に侵入されて困っているいたけな女性かな? それともパンダを不正に密輸してアパートに隠している犯罪者かな?」
「くっ。……間違いなく後者ね」
「聡明な女性は嫌いじゃない。ところで喉が渇いた。麦茶でいいから持ってきてくれたまえ」
パンダは両手で器用にコップを持つと、ちょびちょびと麦茶を飲んでいる。バケツで用意してやったほうがよかったかもしれない。
「それで、あんたいったいなんなのよ」
「パンダだ」
「おかしいでしょ! パンダがしゃべるはずが無いじゃない!」
「おかしい? それは何を基準に捉えているのかね?」
「そんなの常識でしょ! 当たり前だから!」
「たかだか20年そこらの『当たり前』がどれほどの信憑性があるのか。君はたまたましゃべるパンダに出会わなかっただけだ。君が知らなかっただけで、パンダがしゃべるのがこの世界の常識だよ」
「はあ? 何を見え透いた嘘を! そんな話聞いたこと無い! じゃあ何、今日の天気は午後からパンダが降るでしょうなんて天気もありえるってわけ? ばかばかしい!」
「良く知ってるね。そう、今日は午後からパンダが降る」
「はあ? 何言って――」
パンダの奥にある窓、その先にある空へ思わず視線がいった。
そこには当然のように、黒と白のもふもふで覆われたパンダがゆっくりとふってくる光景が広がっていた。
「今日まであった常識が明日には崩れている。当然のことだ。常識は過去のもので、明日は未来だからだ。さて、儚い常識の通じなくなった世界で、君はどう生きる?」
私は外に出た。道に落ちたパンダ達が、のそのそと歩き出している。手に持っているのは針金だ。これから家に侵入するのだろう。
いったい世界はどうなっていくのか、私にはまったく分からない。
だけどひとつだけ確かなことがある。
それは、今日から笹の葉が高騰するということだ。
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