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第四話

 私はとりあえず、椅子に座った。

 そもそもこんな状況、気が滅入る以外の何物でもなかったし、それに何より、疲れた。

 まさか小中と二連続でこんな状況に見舞われるなんて思わなかったし、そもそも新しい環境にまだ慣れ切ってないわで、疲労がたまっていたのだ。


 ここって、誰の席だろうか。

 そう思って、机の中を見やる。そこには教科書やらノートやらが入っている。どうやら置き勉していたようだ。なるほど、あまり真面目な人ではなさそうだ。誰だこの男子。

 ふと教科書の名前の欄を見ると、それは、野球部の伊崎(いざき)先輩だった。

「……!」

 息が詰まりそうになる。


 彼は私の足にボールを直撃させたことがあったからだ。

 あれは仮入部の帰り道だった。ひゅーっという音と同時に私に向かって飛んでくるボール。避けてもいずれ当たってしまう距離。「あー、ボールが飛んでくるー。まいっか」とか思ってた以上に痛かったな。

 そのときその伊崎先輩はひたすら謝ってくれて、何だか怒る気にもなれず、「大丈夫ですよ」とクスッとしたのを覚えている。

 それが決め手なのか分からないが、クイズ研究会を待っている間、ふと、その先輩を見ていた。

 一人で練習しているから、部活に遅れたのか分からないが、素振りしている姿とか、セッティングしている姿とかアップしている姿とかが、何だか格好良く思えていたのだ。本田君に向ける「カッコいい」とはまた違う、「カッコいい」。

 そして目が合って。手を振られた。

 何だか一瞬どきっとなって、私も一応笑い返したのだ。すると何故か伊崎先輩は笑顔になって、また素振り練習を始めていた。


 そして彼は、私に告白していた。

 そのとき、どういうことか分からず、頭が真っ白で。今まで結構告白された経験がある私だけど、たった一回話しただけで告白されるだなんて、夢にも思っていなかった。

 私はあの時、「好きな人がいます」と断ってしまったけれど、それでも彼は笑ってくれている。伊崎先輩、本当に良い人なのだと最近思い始めたところだった。

 あーそっか。彼、二年一組の出席番号三番なんだ。ってことはこのクラス、あ行とか、い行とか、三人いるってことじゃん。


「きゃーはっはっはっはっ! 一誠君何してんの!? めっちゃ慎重に入ってくるじゃん!」


 私の思考は、冬坂さんの高らかな笑い声で、一気に現実に引き戻された。

 見ると、本田君と片桐君が教室の前に立っていた。と言っても、片桐君はすたすたと二年一組の教室に入ってしまったのだけれど。

 本田君は顔を赤らめている。そして途端に真顔になって、すたすたと歩いていく。

 頬を赤らめながら真顔で歩く本田君が何だか可愛くて、私は思わず噴き出しそうになったが、すぐにそれを引っ込めた。

 冬坂さんは愛しの片桐君が来たのが嬉しかったのか、小走りで片桐君のもとへ駆け寄り、「大丈夫だった? さっき、どうしたの? 怒ってたの?」などと確認をしている。


 だが本田君は、二人の方なんか見ずに、私の方を見ていた。

 ……うぅん、正確には、私の座っている椅子を見ているようだった。何か言われるかもしれないと、構えていると、予想通り言われた。

「紫織、なんでそこに座ってんの?」

 ほら来た。予想当たった。

 ……でもどうしよう。予想しただけで、解決策が全く頭に浮かんでこない。

 私は頭の中から言葉を探し出す。


「あ、いや、これは、その」

 切り出してみたのはいいものの、戸惑っているのが明らかに分かる声が出た。情けない。

 冬坂さんと片桐君は会話を中断してこっちを見ている。……見ないで、そのまま、話してて、どうぞ。

「別に深い意味はなくて、だから、ここの席の子がどうとかじゃなくて、えっと、その、いや、あの!」


 ……つくづく私は馬鹿だ。

 こんなの、「深い意味あります。ここの席の子が私に関係があります」って自己申告しているのと同じじゃないのよ! 「別に、座りたかったから座っただけ」って言えば良かったのに!

「僕は知らないよ、机に置いてあったクッキーがいつの間にかなくなってたなんて知らないよ!」とか言う子供をつい先ほどまで馬鹿にしてましたよ。えぇ。今思うよ、馬鹿にしてごめんなさい。


 本田君はきょとんとした顔、というより、まじまじと私を見つめていた。

 ……うわーっ、やらかした。


「あ、あのね、ここの席の子、野球部に入ってる人なんだけど、前私がクイズ研究会で人が集まるのを待ってた時、この野球部の人、一人でセッティングっていうの? なんかやったり、素振りしたりしてて、その、なんか、気になって、見てたの。そしたらその野球部の人も私の方見たの。目があって。そのとき、その子、私に向かって思いっきり手を振ってくれて。しかもとても笑顔で。ね。ちょっと気になって。で、でも、好きっていう感情とは違うよ? だから誤解はしないでね!」


 ……よし、言ってやった。

 私が告白されたって事実を包んで言ってやった。誰か私を褒めてほしいよ。めっちゃ詰まったけど。噛んだけど。


「あっそ。そんで惚れたの?」


 本田君の、ぶっきらぼうな声。

 見ると本田君は、私を少し睨んで……呆れているようだった。


 正直、すごいショックだった。

 彼は私を、呆れと言う感情を持つ目で見たことがないから。これから、呆れの混じった目などすることはないだろうと、心のどこかで期待していた。

 その期待は今、ことごとく外されてしまった。

 彼は、私と出会った瞬間から、「宜しくお願いします」などと、礼儀正しい雰囲気を出していた。それが表面上のものだと気付いた時には、私と彼はもうすっかり仲良くなっていた。


「だ、だから違うってば! どうしてそうなるの!?」


 思わず私も感極まって、ヒステリックに叫んでしまう。

 こういう女が、ぶりっ子よりも、ぶりっ子を疎む女よりも一番嫌われるんだって、私は知っている。



「そうとしか見えねぇだろ。ってか、惚れたからって勝手に席座るとか、それ、ストーカーみてぇ。気持ち悪い。女って皆そんなことすんの?」



 ショッキング過ぎて、私は数秒声を出せなかった。

 ……今まで本田君から、「気持ち悪い」と言われた経験は、一度だってなかったから。

 ほらやっぱり、嫌われた。

 本田君もきっと、私のことをウザいと思っていたのだろう。こんな優等生ぶった女なんて。本当は嫌いなんだなって。

 私が本田君のことを好きでも、本田君が私のことを好きじゃなかったら、意味がない。

 冬坂さんと片桐君が、この状況を見守っている。

 でも私は、冷静に対処することが出来なかった。

 別に伊崎先輩のことを好きなわけでもない。告白してきた人を好きになるようなタイプじゃないし、そもそも私の本命の恋は叶ったことがないのだから。


 私の初恋の人は、楓で。正直、楓が喩菜ちゃんと付き合っているときも、私は楓が好きだったんじゃないかって思う。

 私の恋は成功しなかった。

 今回だって一緒だ。何たって恋した相手は、今でも死んでしまった人を想い続ける、芯の強い人だから。

 恋が叶わないことも知っている。私が本田君と付き合えないってことも知っている。


 でもそれを本田君に指摘されるのは……どうしても嫌だった。

 せめて、同じ境遇を体験した人からは、自分のする行動を気持ち悪いとか言われたくなかったのかもしれない。

 でもしょうがない。本田君は男の子なんだもの。女子の私とは違う。今更それに気付いた。

 性別を超えた本当の分かりあいなんて、ないって、今、初めて知った。


 本田君は私と一緒じゃない。性別も、小学校も、好きな食べ物も、教科も、違う。

 それなのに私は本田君と一緒だなんて思い込んで。自分は本田君と一緒なんだと勘違いして。


 馬鹿みたいだった。


 責めるべきは私だ。誰かに問い詰められるとしたら、それは間違いなく私だ。

 だけど、冷静な判断を失った私には、今、「ごめんね」と謝ることが出来なくて。



「ふざけんな!」



 叫んでいた。

 三人ともびっくりしたような驚きの目で私を見ている。

 当然だよね。今まで普通に大人しかった人が、こんな暴言を吐くんだもの。これがもし、いっつも教室で騒いでいる生田杏奈(いだあんな)さんや上崎華(うえざきはな)さん達とかだったら、まだ可愛げがあったのかもしれない。彼女達は可愛くて、いつも男子に「ふざけんな」などと言っているが、それも可愛らしくて、男子に「生田可愛くね?」と人気を博していたからだ。

 それなのに私は。

 好きな男子にちょっと的の外れた質問をされたからって、こんな風に言ってしまうなんて。

 情けなかった。好きな人にこんなことしか言えない自分。

 本当はこんな暴言、今すぐやめたかった。だけどやめることが出来なかった。


「気持ち悪い? 人に恋するのが? そんな、そんな酷いことっ……!」


 違う。違う。

 本当は、こんなことを言いたかったんじゃない。

 本田君、違うよって言いたかった。

 誤解だって言いたかった。なのに、言えなかった。

 きっと私は、とんでもない臆病者だ。自分の本当のことを言えない。それに、好きな人を傷付ける言い方でしか、好きな人に何かを伝えることができない。

 何で、何で私はこんなに酷い人なんだろう。「酷いこと」をしているのは私の方だ。

「なんでよ……」

 緊迫した重い空気に、私の呟きが漏れる。


「紫織、そう言う性格やめた方がいいよ。少なくとも俺は好きじゃない。その野球部のやつにも嫌われんぞ」


 小さな、けれどもはっきりとした拒絶の声が本田君の口から発せられたかと思うと、途端に二年一組が真っ白な教室になった気がした。

 声が出ない。足が震えて。不思議と吐き気が押し寄せてきた。

 そんな、何も、そんなに拒絶しなくてもいいのに。


 ……何で、そんな風に言われなきゃいけないのだ。

 目元に何かがこみあげてくる。それを拭おうとしても、体が動かない。


「絵糸。俺場所移動する」


 本田君は片桐君にそう言って、二年一組を後にした。

 残された私達は、本田君を見送ることしか出来なくて。誰かが何かをしたような気がするけど、私は構わなかった。

 外は明るかった。太陽がキラキラ光り輝いていて、二年一組の教室にも光が差し込んでいる。

 伊崎先輩の机が、私の目の錯覚なのか、一際キラキラ輝いていた。



「えっと……シオリン、大丈夫?」


 しばらくして、冬坂さんの柔らかい声が頭上から降ってきた。

 どうやら私は泣いていたらしく、さっきまで座っていたはずの伊崎先輩の椅子の上は、涙で濡れていた。

 あーあ。酷いこと、しちゃった。ごめんね、伊崎先輩。

 そう思ってポケットからハンカチを出そうとすると、すぐ横から細く白い手がすっと伸びてきた。

 その細く白い手にはハンカチが握り締められていて、私の代わりに椅子を拭いてくれた。


「……片桐、君」

「いいよいいよ。今のはマジで一誠が悪いの。ったく、あいつ、調子乗りやがって」


 片桐君は私に笑みを向けてから、すぐその笑みを引っ込めてぶつぶつと本田君に文句を言い始めた。

「全く……あいつは、小学校の頃からああだったのかよ? ……もうちょっとまともな奴だと思ったんだけどな……。まぁ、紫織、あんまり、気を落とすなよ?」

 片桐君は「じゃっ」と手を上げて、二年一組の教室を出ていってしまった。

「あ」

 ありがとう、と言おうと思ったのに、片桐君はそのまま出ていってしまった。私はハンカチをギュッと握りしめる。白色のレースのハンカチ。聖ハスカにいたときの男子が、「誕プレだ!」と言ってくれたものだ。初めはいらなかったのだが、今では結構使っていて、愛着がわいている。それに、その男子が見守ってくれているような気がして、大事に持っているのだ。

 ちなみにその男子とは楓だ。楓は喩菜ちゃんと付き合った後だったが、「紫織にはいつも助けてもらってるから」とくれたのだ。


 私はまた、冬坂さんと二人っきりになった。

 泣かれた場面を見られたのが気まずくて、私は俯いて下を向いた。冬坂さんは私を見つめているようで、長いこと沈黙が続いた。


「シオリン、大丈夫?」


 その沈黙を破ったのは冬坂さんだ。

 私は冬坂さんの方を見る。どんな顔をしているのか、怖くて仕方がなかったが、当の冬坂さんは柔らかな顔をしていた。

「……え、えぇ、大丈夫。心配しなくても」

「あ、ううん、そうじゃなくて」


 冬坂さんは私のいる場所に向かってきて、ポケットに手を突っ込んだ。


「これ」


 冬坂さんがポケットから取り出したものは、コグマのストラップだった。

 確か、冬坂さんがリュックサックにつけていたものだったような。

「これ……?」


「うん。ウチ、シオリンと仲良くなった頃から、これあげようかなって思ってたの。だけど、中学校って忙しいものなんだね。あまりに忙しすぎて、それ、渡すことすっかり忘れてて。で。気付いたら、こんなことになってたの」

 冬坂さんはえへへっと笑って、私のハンカチを持っていない左手にストラップを握らせた。


「これ、ウチだと思って、大事に持っていてくれる?」


 冬坂さんの可愛らしい笑顔。その笑顔が私に向けられて、私は頷くしかなかった。


 冬坂さん、やっぱり、優しいんだ。

 女の子のことをいじめたのも、それは、遠い昔の話だよね。今は、性格が良くなっているのかもしれないし。

 ……うーん、やっぱり冬坂さんは、可愛くて明るくて、そして、こんなフォローも欠かさない優しい人なんだな。

 敵わない、なぁ。

 本田君がさっき見つめていたのも分かる気がする。

 彼女には、人をホッとさせる魅力があるんだもの。


「そんじゃ、絵糸君と一誠君に、連絡する?」

「えぇ」


 冬坂さんはスマホを取り出し、私はポケットの中にコグマのキーホルダーを入れた。

 絶対に落とさないように、ポケットにくっついている、チャックを閉めて。

「じゃ、ウチ、『二人ともどこ?』って送るから」

「えぇ。お願い」


 冬坂さんがLINEを開き、『二人ともどこ?』の「ふ」を押した瞬間だった。



「キャ、キャァァァァァァ!!」



 すぐ近くで、甲高い叫び声が聞こえた。

「えっ?」

「ひゃっ! ウソ、何、何!? 何なの、シオリン、怖いよ!」

 冬坂さんはスマホを床に落とした。カタン、という小さな音がする。幸い、スマホカバーをしていたから、画面は割れなかったらしい。

 ……というか、今の叫び声は。



 間違いない。犠牲者が出た。



 私は冬坂さんに聞こえるぐらいの声を出す。

「冬坂さん、今すぐスマホを拾って。二年一組から出るわよ!」

「えーっ、でももし、鬼が近くにいたら!」

 冬坂さんはそう言いながらスマホを拾っている。そしてスマホをポケットの中にしまい、チャックを閉めた。そんなことしてる暇じゃないというのに。

「そんなこと言ってる場合じゃないわよ! 私は今から外を見に行くわ。先生がいなかったら合図を出すから、そしたら出てきて。一歩でも間違ったら、死ぬわよ! いいの!?」

 私がそう言うと、冬坂さんはぐっと黙ってしゃがみこんだ。


 私は二年一組の教室から顔を出す。

 どうやら鬼は近くにいないらしい。辺りにはさほど人影がなかった。だが、遠くの方で「今叫び声したぞ」だの「誰か死んだのかよ」などとざわざわした声が聞こえてきた。ざっと十人ぐらいの声だ。お前らどんだけ集団行動してんだよ。

「……いないわ。出てきても大丈夫よ」

「よ、よかったぁ」

 冬坂さんはよろよろと立ちあがり、私のすぐ後ろに立った。

「出ましょう。今のは女子の声だから、本田君と片桐君ではないはずよ」

「うん、うん、なら、良かったよぉ」

 冬坂さんは涙目になっている。よっぽど怖いのだろう。私は冬坂さんの手を握り締めて、「大丈夫」と言う。


「絶対、『天才カルテット』の四人全員、生き残りましょう」

「うん、分かった、シオリン!」


 私と冬坂さんは顔を見合わせて、二年一組を後にした。


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