第十二話 紫織
目が覚めたら、私の視界いっぱいに、真っ白な空間が広がっていた。
慌てて飛び起きると、真横から、「紫織!」と、お母さんの声が聞こえた。
くるりと横を向くと、そこには、目に涙を浮かべた両親がいた。
「よ、良かった……紫織が目を覚まして、本当に良かった……」
目を覚ます? お母さんは一体、何を言ってるんだろう。
だって、私はこうして……。
普通に起きて、普通に目をこすって、普通にご飯を食べて、普通に学校へ行って……。
学校……?
頭の片隅が、ズキッと痛む。
何だろう、思い出したくない記憶があるような。そんな、感じがする。
それに、何だろう、ここ。病院みたいな、薬品のにおいがする。
っていうか、まんま、病院だ。ひょっとして私、何か重大な病気にでもかかったのだろうか。
「心配したんだぞ、丸一日目覚めないで、ずっとうなされてたみたいで」
お父さんが、ホッとした様子で言う。お父さんは仕事で忙しいから、あんまり一緒にいたことがなかったけれど、どことなく疲れたような表情をしている。
丸一日目覚めないで、ずっとうなされてた?
なるほど、だから病院にいるのか。両親が疲れ切った顔をしている理由が、ようやく分かった。私が小学校で起きた殺人ゲームがトラウマになってから、必要以上に過保護になっちゃった親が、私がうなされてたぐらいで、病院に連れて行っちゃったんだ。
ん?
頭のどこかで、「殺人ゲーム」という言葉が引っ掛かった。
そうだ、私……。
意識を失う前の、全ての記憶が、また、あの時と同じように、蘇ってきた。
暗闇に沈んだ、あの日のこと。
教室で感じ取った不穏な空気。
当たってしまった、私の予感。
学校を探索するという、普段なら絶対できない行動。
私を助けてくれた、色んな人達。
私の目の前で死んでしまった、大切な人達。
木山君、矢橋さん、松永さん、高山君、黒川君、生田さん、上崎さん。
西条君、桜坂さん、冬坂さん。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
私は、叫んだ。叫び続けた。
声が枯れるまで、ただひたすら、絶叫していた。
お父さんがナースコールを連打して、お母さんが「紫織、どうしたの、どうしたの」って、泣き叫んでいる間も、ずっと。
◆◇
まだちょっとばかり肌寒い日が続く、五月のある日のこと。
藤牡丹公園で、私はある人を待っていた。
やがて、そのある人が、公園の出入り口に、姿を現す。
有名なスポーツメーカーのロゴの入ったパーカ。パーカと同じロゴの入った、ハーフパンツ。
顔立ちの整った男子が、一人、ぎこちない様子で、茜色に照らされた公園に入ってくる。
「久しぶりだな、紫織。一週間ぶり、くらいか?」
「久しぶりだね、本田君」
私の好きな人でもあり、私と一緒に殺人ゲームを生き残った、本田一誠君、だった。
「……隣、良いか?」
「どうぞ」
公園のベンチに座る私の横に、遠慮がちに座る本田君。その動作全てがぎこちなくて、心の距離が、届かなくなってしまうぐらい、遠くなったようだった。
「……最近、調子、どう」
「……まぁまぁ、なのかな? いや、どうだろう、分かんない」
「どっちだよ」
本田君に近況を聞かれて、曖昧に受け答えると、彼は少しだけ笑ってくれた。
その笑顔が何だかとっても落ち着いて、暖かくて……私は、本田君の笑顔が大好きだった。
「どう? 学校、決まった?」
「ううん。まだ。私みたいな訳あり、どこに転校させたら良いのか、お父さんもお母さんも、苦労してるみたい」
苦笑して、私は少しだけ、殺人ゲームが起きてからの出来事を遡り始めた。
殺人ゲームが名門校の藤咲中学校で起こったということで、藤咲はしばらく休校になってしまった。噂では、来年度の受験者数が激減してしまったらしく、校長だの教頭だのは相当苦労してしまっているらしかった。
私と本田君、それから片桐君以外の一年一組のメンバーは全員死亡。桜坂さんを守った高山君も、前田に殺された。銃殺か、それかもしくは刺殺が主な死亡原因らしい。
片桐君はトラウマになってしまったらしく、今現在も引きこもっているらしい。片桐君に連絡しても、何も返事が来ないから、恐らく外の世界の情報もシャットアウトしているのだろう。
一年一組の葬式には、約千人以上の人が参加していた。皆が映っている遺影を見て、静かに涙を流していたことを思い出す。あの葬儀の時にも、片桐君は来ていなかった。私は本田君と二人で並んで座り、一言も喋らずに、帰路についた。
葬式には、宮沢や前田は来ていなかった。どうやらあの後、何故か二人とも意識を失ったらしく、そのまま警察に連行されたらしかった。聞いた話だと、死刑になったとか、終身刑になったとか、重い罪に問われたらしい。
かくして、私達は再度世間の目を浴びることになった。殺人ゲームに遭遇した二人が偶然同じ中学にいるっていうだけでも奇跡なのに、更にまた殺人ゲームに遭遇するだなんて、メディアの注目の的だろう。
私としては、ホント、勘弁してよって感じだけど。
それから私は、また新しい中学校を探さなければいけなくなった。
もう聖ハスカには戻りたくないし、だからといって地元の公立中学校に進むのもなぁ、なんて思っている。
本田君はどうなんだろう。自分で「藤咲中で一番学力低いの俺だから」と豪語していたから、公立中学校に戻るのかもしれない。それなら私も、本田君と一緒の中学校に行きたいな、なんて思ったりして。
「俺も訳ありだからさ、正直言って困ってるんだよな。公立中学校って、何て言うか、馬鹿ばっかじゃん」
「え、私、公立中に行こうかなぁなんて思ってたんだけど」
私が冗談でそんなことを言うと、本田君はハッとした様子で、「違う、違うんだって! 紫織が馬鹿って言ったわけじゃないから!」とぶんぶん両手を胸の前で振っている。
「そっかぁ……。私、本田君から馬鹿って思われてたんだ……ふーん」
「だああ! 違う、違うんだって!」
必死に否定している本田君が、何だか急に可愛く見えてきた。
「……なんてね、冗談だよ、冗談。私、公立行くか私立行くか、悩んでるんだもん」
笑いながら言うと、本田君は「紫織らしくねー」と言いながらも、笑ってくれた。
でも正直、公立が良いかなぁなんて思ったりもしている。
聖ハスカの学費は物凄く高かったし、五年生の頃行った林間学校だけで一人当たり五十万ぐらいした……らしい。藤咲中も設備が良いから、私立じゃないとは言え、公立中学校よりかはそれなりにお金がかかった。
だから普通の公立中学校に行こうかな。雰囲気が良くて、いじめとかないし不良もいない、そんな真面目な学校が良い。……って、高望みしすぎかな。
なんて考えていると、本田君が「あのさ」と呼びかけた。
「ん? 何?」
首をかしげると、本田君は何故か顔を赤く染め上げた、ように見えた。五月だって言うのに夕焼けが綺麗だから、空の影響かそれともただ単に顔が赤いのか分からない。
「俺はさ……紫織と同じ学校に行きたい」
息が詰まりそうになった。
それって、それってもしかして。
「紫織と同じ道を歩いて、紫織と同じ教室で、一緒に普通の中学校生活を過ごしたい」
私の頬に、どんどん熱が集まっていくのが分かった。「それって……」と勝手に声が出る。
「好きだ、紫織」
その瞳の中、ゆでダコのように顔が赤くなった私がいた。
「……俺と、付き合ってくれませんか?」
遠慮がちに私の隣に座ったのは、そのせいか。と思ったら、私の動作も急にぎこちなくなった。
本田君の手を握って、こちらこそ、と頷いた。
爽やかな風が吹き、私と本田君の髪を揺らす。
「帰ろっか」
「うん」
まだ赤い顔のままの本田君の誘いに私は応じ、手を繋いだまま、出入り口に歩いていった。
目を合わせるでもなく、俯いたまま、手を絡めながら、公園を出た。
◆◇
家の近くの公立中学校に行くことが決まった。
築何十年もしていそうな歴史ある校舎に、落ち着きのある治安の良い学校。
転校が決まり、来週の月曜日から登校する、ということも決まった。
自室のハンガーに掛けられた、黒ブレザーにチェックスカートの、新しい中学校の制服。
中学一年生なのに三着も制服があることなんてそうそうないだろう。私の箪笥の中には今も、聖ハスカの制服や藤咲の制服が入っている。
制服を着込んでみて、そして脱ぐ。やっぱり慣れない制服を着るのは、どんな時でも緊張する。聖ハスカのときはどうだっただろうか。緊張していたのだろうか。あの時は確かに緊張していたはずなのに、今となってはあんまり覚えていない。
ベッドに倒れこんで、仰向けになる。見慣れた淡い天井が見えて、何だか落ち着いた気分になる。窓の外は雨模様で、屋根にぱらぱらと雨が当たる音が聞こえた。
来週からは私、どうなっているんだろう。
ふと、そんなことを思った。
これから先、私はうまくやっていけるのだろうか。両想いになった本田君と一緒なのは心強いけれど、本田君は格好良いから当然モテるだろう。そうしたら、私は嫉妬とかされちゃったりするのだろうか。
なんて、自分で思ってみても恥ずかしい。不安に思うのは、そうなってからでいいじゃないか。
……それに、誰に嫉妬されようとも、本田君の彼女は、私なんだし。
突然、ぶわぁっと顔が熱くなった。
何やってんだ、自分で再確認なんて、何やってんだ。
ぺし、と自分の頬を叩いてから、机の上に置いてあるスマホを、ベッドの上から手繰り寄せる。
ホームボタンを押して、画面を開いてから、LINEをタップ。そして、本田君のトーク画面を開く。
スライドして、本田君との話を見返すだけでこんなに幸せな気分になれるのだから、多分私は相当キちゃってるんだろうなぁ。それでもいいけれど。
と、その時。
しゅぽん、という音がして、本田君の吹き出しが画面に表示された。
『今日、会える?』
何たる偶然、と思いながらも、私は十秒ほど時間を開けて返信する。
『うん、会えるよ』
『絵糸の家に、行こうと思ってるんだ』
片桐君。
久しぶりにその名前を聞いた。彼は引きこもってるって言うから、てっきりもう接点はなくなったのかと思ってしまった。
まぁでも、一緒に生き残ったんだもの。会わなきゃ友達として最低だもんね。
『オッケー。いつ行く?』
『できれば、今?』
本田君の返事を聞いて、条件反射で時計を見やる。
「二時、か……」
ご飯を食べ終わって一時間ぐらい経ったらしい。朝から降っている雨は、今もなお、止んではくれない。
行ける……よね。
ベッドから立ち上がり、クローゼットを開けて、服を引っ張り出す。
目的があるとはいえ、目的地に着くまでの間は、本田君と二人っきり、だ。せめて失礼のないように、可愛らしい服装で行かなきゃ駄目だなと考えて、膝丈のスカートを選んでみた。
「お母さーん」
私は、台所で洗い物をしているお母さんを呼んだ。
「はーい」
「ちょっと出かけてくるね」
私がそう言うと、お母さんは心配そうな顔をした。
「今から? 雨降ってるよ」
「平気平気。傘差していけば大丈夫だよ」
「大丈夫だって言われても……マスコミの人とかに、見付からないようにしなさいよね」
分かってるよ、そんなこと。だから、雨の日に出かけた方が良いんだよ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
玄関のドアを閉めて、歩道へ出る。
雨はまだ止んでくれそうにない。仕方なく傘立てから傘を取り出して、広げる。
去年の冬、まだ傷が癒えてない頃に買ってもらった水色のシンプルな傘。これを使うのは、実際初めてかもしれない。
それにしても。
今から、本田君に会えるのか。楽しみだな。
そう思うと、憂鬱に思えた雨の日も、少しばかり嬉しく思えた。
◆◇
「本田くーん」
「おぅ、紫織」
待ち合わせの、藤牡丹公園の出入り口に着く。見ると本田君は、スマホを手に持ったままだ。
「どうしたの、そのスマホ」
「あぁ、ちょっと、絵糸の家が合っているかどうか確認していたんだ。絵糸に連絡も取ってある」
本田君はちょっと自信ありげにスマホを向けてくる。その画面には、LINEのやり取りが映っている。
「そう、なら安心ね」
「安心って……紫織、一体何するって思ったんだよ」
本田君がちょっとムッとした感じで尋ねてきたので、私は少し意地悪して返すことにした。
「んー……不法侵入するのかと思って」
「ちげぇしー」
二人して、クスクス笑う。
こんな日々が、ずっと続いてくれたらな。そう願うばかりだった。
◆◇
「ここが、絵糸の家……?」
「みたいだね……」
私と本田君は、手を繋いだまま、茫然と立ち尽くしていた。
目の前に広がるのは、小さなアパートだった。
え……こんな感じだったんだ、片桐君の家って。もっとこう、豪邸みたいな、豪邸とまではいかなくても、普通の一軒家とか……そんな感じをイメージしていた。
それに、冬坂さんとは家が隣同士だと話していたはずだ。だとしたら、冬坂さんもアパートに住んでいるのだろうか。いや、そんなことはないだろう、冬坂さんは一軒家だったはずだ。
だったら、一体……。
「と、とりあえず、中入ってみるか。絵糸に許可もらってるし、不法侵入ではないよな……」
「え、えぇ、そうね」
恐る恐る、アパートの中に足を踏み入れる。
通路に設置してある蛍光灯が、まばらな光を放っている。時々不規則に消えたりしているので、何とも不安な気持ちになる。
「そういえば……、許可もらってるし、不法侵入ではない……って、片桐君、家にいないの?」
「ん? あぁ。二人を家に呼ぶからって、お菓子を買いに行ったって」
あの片桐君に、そんな一面があるんだ。そう思うと何だか不安な気持ちまで吹き飛んで、ちょっと笑ってしまう。
「……紫織、何笑ってんだ?」
「何でもないよ、本田君」
私は少しだけ口角を上げる。本田君は一瞬顔を赤らめたが、「そ、そうだな」と言って、ドアを開けた。
きぃ~、という間の抜けた音がして、ドアが開く。
視界に、狭い室内が広がる。
「……狭いな」
「うん」
玄関から全貌を見渡せるその室内は、何だか居心地悪く感じた。
「うわ……っ、何だこれ」
本田君は、すぐそばにあった靴箱を開ける。見るとそこには、かなりの量の靴が収納されていた。
私の履いているサイズより五センチぐらい大きい革靴、片桐君がいっつも履いているスニーカー、そして更には、女物のハイヒールまで。
「どうして、ハイヒールなんかが?」
「……冬坂の物じゃない? こういうの持ってそう」
本田君の言葉に、私は納得する。確かに、お洒落な冬坂さんならハイヒールぐらい持っていたっておかしくはない。
「にしても……これ、片桐君の靴のサイズより大きいんじゃないかしら?」
革靴を覗き込み、疑問に思っていたことを口に出す。この革靴のサイズは二十八.五センチ。私の靴のサイズより五センチも大きい。それに片桐君の履いているスニーカーより、サイズが大きい。片桐君が自分の靴のサイズよりも大きい革靴を買うなんて、ちょっとにわかには信じがたいような気もする。
「将来のためじゃん? 分からないけど」
本田君の言葉に、私は納得する。だけど、本田君は「あー、違うわ」とぼやいた。
「ヒールのサイズが二十六センチ。冬坂の足、こんなデカくねぇだろ」
ならそのハイヒールは、冬坂さんのものではないのだ。
じゃあ、だったら誰の?
ひょっとして、この家には、片桐君以外に誰か住んでいるの?
「なぁ、この家ってひょっとして……」
本田君も思っていることは一緒らしい。私達は顔を見合わせ、頷いた。
この家はかなり危険かもしれない。そのことを重々承知して、靴を脱いで、片桐君宅に上がった。
小さなリビングがあった。
古そうなアパートとは対照的に、小奇麗に片付けられている。私の膝ぐらいの机の上に、片桐君の使っている筆箱が置いてある。その机の横にはキッチンがあり、食器が戸棚に綺麗に山積みされていた。
片桐君の家の人は、片桐君と同じように、真面目なんだな。
綺麗好きで、ちゃんと片付けている。そういうところが、好感度が高くて、女子にモテるんだろうなぁ。
「このノート……」
気がつくと、本田君は、片桐君の物らしき勉強机の方へ向かっていた。そして、本田君の手には、何の変哲もない普通のノートがあった。
「あ、ちょっと……」
いくら無人だからと言って、調べて良いところと調べては悪いところがある。さっきの靴箱は……正直言ってかなりブラックよりのグレーだと思うけれど、人のプライベートが詰まっているノートは完璧にブラックだ。
「それは見ちゃまずいんじゃない? いくらなんでも……」
見たところ、普通のノートだけれど、それがもし、日記だったりしたら!
片桐君に私達が日記を見たことを知られたら、大激怒されて、絶交されるかもしれない。
「そのノート、日記かもしれないし。流石に、片桐君のプライベートだし……」
「別にこれが日記だとしてもどうでもよくない? だって、人が来るって分かってて、ほったらかしている方が悪いんじゃん」
本田君の、お調子者の顔が出る。あーあ。知らないからね、私、知らんぷりするからね。
意気揚々とノートを開こうとする本田君。私は呆れて目を逸らす。もう、本当に知らないからね。全く……せっかくカレカノになったんだから、もうちょっと彼女に格好良いところ見せようよ。……まぁ、届かぬ願いかもしれないけれど。
バサッ!
ふと、何かが落ちたような音が室内に響いた。
……もしかして、本田君?
「ちょっと、本田君? 人の日記勝手に見て、挙句の果て落とすなんて、もう……」
ノートを拾って、本田君の表情を見やる。
本田君の瞳は、見開かれていた。
「ほ、本田……君……? どうしたの……?」
本田君に尋ねても、返事がない。ただ、目の中の光がせわしなく動いていることから、驚いていることは分かった。
「し、紫織……そのノート、見てみろ……」
本田君の動揺っぷりがおかしくて、私は少しだけ笑う。
「どうしたの? まさか、悪口が書いてあった、とか?」
メンタルが強いと思っていたけれども、まさか、こんなことでそんなにびっくりするなんて。
そう思いながらも、私は心のどこかで、不安に思っていた。
ひょっとしたら、何かとんでもないことが書かれているんじゃないかって。
だから、その不安から逃れるために、わざと、今明るくふるまっているのだ。
「ち、違う……。そんなんじゃない……」
「本当に? じゃあ一体、何が……」
そう言ってそのノートに目を向けた途端、私は本田君と同じように動揺していた。
「殺人ゲームは大成功!! 皆お疲れさま」
殺人ゲーム? 大成功? 皆……?
一体、どういうこと、なの?
「ほ、本田君、これって……」
「わ、分かんない。一ページ目しか見てない……」
辺りに、沈黙が訪れる。
私は、頭に浮かんだ一つの希望にしがみつく。
「……か、片桐君、じょ、冗談キツいよね、あはは……」
「そう、だよな、冗談だよな、ったく、ハハッ、あいつ、俺達を、お、驚かせたかったんじゃないのか? どっかでドッキリ大成功とか、言っちゃってんだよ……あは、あははは……」
「そうだよね、大体、殺人ゲームの時、あんなに必死だったし……じょ、冗談キツすぎるよ、こういうの、過激すぎるよね、ははは……」
「え、絵糸は……人殺す奴じゃないしな、幼馴染みの冬坂を殺すほど、さ、サイコパスなわけないよな。そんなわけないよな、はは、あははは……」
「冗談じゃないよ」
背後から、重く冷たい声が聞こえた。
背筋が凍る。振り返る動作が、やけにぎこちない。
「え、絵糸……」
片桐君が、そこに立っていた。
いつの間にか、帰ってきていたらしい。何かを買ってくると言っていたはずなのに、ビニール袋はおろか、何かを持っている痕跡さえない。
ポケットの中は膨らんでいるから、きっとその中にお菓子などが入っているのだろうか。なるほど、エコだなぁ。
そう現実逃避しなければ、今の状況が飲み込めそうになかった。
だけど、そんな私を置いて、訳の分からない状況は、どんどん加速していく。
「こ、このノートのこと、言ってんのか? この、「殺人ゲームは大成功!! 皆お疲れさま」って、冗談、だよな……?」
本田君がノートの文字を指差して、震えながら尋ねる。片桐君は今まで見せたことのない冷酷な瞳で私達を見つめて、口を開いた。
「うん。そのノートに書いてあることは、全部本当だよ」
嘘。嘘だ。
「え、嘘でしょ……?」
「嘘じゃないよ。試しに、ページをめくってごらんよ」
私と本田君は、顔を寄せ合いながら、ページをめくっていく。今、好きな人と顔を寄せ合っているというドキドキした感情は全く現れてこなかった。むしろ、今から何が起こるのかと、不安な気持ちで胸がドキドキしていた。
「聖ハスカの殺人ゲームの計画」
そんな題名を見付けた時、目まいがした。
その下を見ていくと、やはり事細かに日時や詳細が書かれていた。
「それは俺の計画書だ。見てみなよ、殺人ゲームの日時とぴったり一致しているはずだよ」
「おい……何だこれ、本当なのかよ、お前が、殺人ゲームを……」
本田君の怒声を遮って、片桐君は「そろそろさぁ」と声を張り上げた。
「俺の過去を話さなきゃいけないみたいだね」
本田君は今にも掴みかかりそうになるのを押さえているらしく、片桐君を睨みつけている。
私も、睨まなければやっていけなかった。
だって、このノートに書いてあることがもし本当だとしたら。
片桐君は、直接的じゃなくても間接的に、殺人ゲームに関わった人を全員殺したことになる。
西条君、桜坂さん、冬坂さん、喩菜ちゃん、楓。
皐。
皐も、私の大親友の皐も殺したのだ、こいつは。
ただの、ただの悪魔だ。
私達が信頼していた天才カルテットの片桐君は、ただの人殺しだったのだ。
「話してあげるよ、俺が何で殺人ゲームを計画したのかを」




